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あなたが愛しているのは
こちらの笑顔が素敵な高校からの同級生彼女ですか?それともお仕事でチームアップ活動を開始するミステリアスでグラマラスなプロヒーローの女性ですか?


陶器の肌をした奇怪な女神像が、似つかわない日本風露天風呂の湯船からザバァと湧き出でて、開口一番そう言った。

特別に用意された個室露天風呂を背景に、微妙な空気が両者の間に流れる。


「…………あ?」


沈黙と、デケェ像と、半裸の俺。
月明かりに照らされるままリラックスしかけた雰囲気をブチ壊す存在の出現に、訝しげに俺は目を見開いた。





「ンだ、テメェ。」


意味分かんねェ、いきなり出てきたコイツはなんだ。呆気にとられ、女神像の顔と手元に浮かんだ顔写真とを交互に確認する。

一枚はクリスマスん時に連れてってやったショッピングモールの巨大ツリーをバックに、はにかんだ笑顔のなまえの顔写真、もう一枚は……知らねぇ。誰だコイツ。

意図が全く汲み取れず無言のまま見上げる。
女神像は女神と呼ぶに等しい造形をしていて、美しかった。こんな場所に生えてきたりしてねェで、然るべきところにありゃ良いのによと、取るに足らない感想が浮かぶ。

あたりは夜一面、帳が下りて月明かりのみという風情ある状況だ。何故かその女神像には後光が差し込んでいてうっすらと発光していた。マジで何なんだコイツは…。

閉じられた唇も瞼も微動だにすることはなく、変わらない慈愛の笑みを浮かべている。

思わず額に青筋が浮かんだ。


「何とか言えや!」

「あなたが愛しているのはこちらの笑顔が素敵な高校からの同級生彼女ですか?それともお仕事ーーー」

「それしか言えねェのか!!」



像だからか、唇の部分は全く動かない。それにも関わらず耳に直接こだまする煩わしい声で先程の第一声と同じセリフを女神像は吐く。聞いたことあると思ったら、この像はどうやらきこりが斧を落とした童話をオマージュしているようだった。

確かにここは湖ではなかったが露天風呂。一面の水という部分が一致している。

ヤケに芸が細けェな。

危うく掴みかかりそうになるのを耐え忍び、何故こうなったのかをとりあえず振り返っていくことにする。

十中八九、あの写真でも表示されていた通りなまえが関わってんだろうが、原因を探って行かない限りこの女神像は退きそうにない。



今日はチームアップの打ち合わせの為の前泊日だった。多忙なスケジュールの中で、ロクに顔を合わせることが出来ないまま、今日に至る。なまえから出発前夜、言わば昨日、メッセージが入っていて。「行ってらっしゃい」の一文に可愛くねェと一人面白く感じなかったのを覚えている。

寂しいなら我慢せず言えと、何度か面と向かって言ったものの、強情なアイツから心境を吐露されたことは未だ一度としてない。


そういえばさっきこの像はなんと言っただろうか。どちらを愛しているかと言っていたか。……どちらとは。


「………。」

振り返って像の元まで再び近寄る。相変わらず後光が差していて、眩しく不快だ。

仕方なく光の当たらない真正面まで回って、手元に浮かぶ二名の写真を再確認した。

一枚は確かに恋人の写真。二人で行った去年のクリスマス。一緒に撮ろうよとせがまれたので仕方なく横顔で写った写真。
一緒に写真を撮るという機会自体に恵まれなかったなまえが年甲斐もなく喜んでいるのを見てこちらも危うく頬が緩みそうになったことは、口が裂けても絶対言ってやらねェ。


もう一枚は本当に身に覚えのない女の写真。歳は自分と対して変わらなさそうだ。ヒーローコスチュームを身につけていることからヒーローであろうことが推察される。

写真下部にはこの女のヒーローネームらしき表示があり、名前を確認。ごくありふれた名前だ。だかしかし。

聞いた事あんな……。


湯冷めしそうなほど折角の露天風呂も満足に堪能しないまま、立ち尽くし考える。
さっき途中で黙らせた女神像が、なまえとどっちを選ぶかと言っていた。

どっち、とはこの女のことを差していることは何となく理解している。しかし名前に覚えはあれど見たことも無いコイツは誰だ?

女神像がなんて言っていたか、ちゃんと聞いとくべきだった、クソ……。


「オイ。」

「…………。」


像は無言をあくまで貫いている。心の底から面倒になってきた。何で俺がこんなとこで訳分かんねェモンの相手しなきゃならねェ。
いっそ破壊してやろうか。

しかし苛立ちが募り限界を迎えそうになっていたが、このまま像を放置すれば宿に迷惑がかかる。前泊で最上級部屋を用意してくれた宿の好意を仇で返すマネは流石に無粋だ。

どうせ謎を解かねェと消える気がないんだろう、こうなったらとことん付き合ってやる。


「オイ、クソ女神!」

「………。」

「どっちか、つったよなァ。オラ!お望み通り選んでやっから、何か喋れや!」

「……左様ですか。ではあなたに問いましょう。あなたが愛しているのは、」


こちらの笑顔が素敵な高校からの
同級生彼女ですか?

それともお仕事でチームアップ活動を開始するミステリアスでグラマラスなプロヒーローの女性ですか?



「…………は?」


女神像は動揺も焦燥も愁嘆も感じさせない淡々とした声色でそう言い放った。
ミステリアスで グラマラスな チームアップを交わした プロヒーロー。単語単語を整理し口に出すと答えがやっと明確に現れる。



ミステリアスでグラマラス。なんともなまえが選びそうな言葉だ。チームアップを交わした、という間違った認識、身内目線ではない言葉も。

大方雑誌の影響でも、モロに受けたのか。

ようやく理解し、なまえが起こしたどうしてこうなったと言わんばかりの怪奇現象にため息をつく。結果論としては妬かれたんだろうが、素直に喜べる案件ではない。


正体不明だったこの女の正体は、チームアップを期間限定で組む予定のプロヒーローのサイドキックだ。
すなわちほぼ無関係ということである。


なまえが勘違いして出現させたこの女神像が語った言葉から察するに、どうやら歪曲して認識しているらしい。俺がこの女と組むって思ってやがる。同時にこの像がやはりなまえの個性であることに気付いた。


「そういう事かよ。」

「さあお選びください。もし貴方の答えが正しければ、正直者には貴方が望むほうを差し上げましょう。」


ゆっくりと目が開かれる。翡翠色の無機質な瞳が顕になった。動くんか、コイツ。


「ただし……、あなたがどちらも望むような強欲者ならば。あなたの愛するものは永遠に失われることになります。さあ、答えを。」

あなたはどちらを望むの?

冷たく開かれた瞳は無機物らしい物悲しさと残酷さを物語っている。
答えを間違えれば永遠に失われることになります。さらりと何事も無かったように述べた女神像は気付けば再び目を閉じていた。


「ふざけんな、テメェに決まってんだろなまえ!さっさと個性解除しろやアホ!」


途端焦燥に駆られる。永遠に失われるだと?ふざけんな。それが例え揶揄だとしても俺が許すはずがない。半ば怒りを混じえ像に向かって叫ぶ。なまえの個性が勘違いして出したものならば、多分この声が伝わっているはずだ。

女神像が目を開き、翡翠色と目線が交わった。表情から伺えることは無く、慈愛に充ちた笑みのまま何も変わらない。


「それで、よいのですか?」

「どうせくだらねェ記事でも見て勘違いしたンじゃねぇのか。お前以外の女に興味なんざねェっつってんだろうが!」

「愛してるのはみょうじ なまえ。そちらを選ぶのですね?」

「あァ、良いから早よ消えろカス!」



「………何故、愛していると言い切れるのですか?それほどまでに自分自身の心に自信があるのですか?だれも本心なんて分からないのに?」


一瞬女神像の瞳が濁ったように見えた。どことなく悲しそうな、雰囲気のベールを身に纏っている。なまえの心境が漏れ出ているのではないかと察した。勝手に勘違いして暴走した挙句浮気の疑いを掛けられるとは。

シラフのアイツからは考えられない事態だ、それほどに追い詰めてしまったのかもしれない。暫く会えなかったことがここまでの凶行に走らせたのかと思うと少しだけ罪悪感があるものの。
こっちだって更々譲る気はねェ。


「ハッ、なまえチャンは随分と自意識過剰だなァ?愛されてねえって自信だけは一丁前ってか?良いから黙って俺を信じてろ。俺は一度手に入れたモンを手放す様なマネはしねェ。」

女神像の頬を乱暴に掴む。触り心地は硬くなまえとはまるで違うが見開かれた瞳が不意に困惑に染まるのに気付いて確信した。

この像はなまえ自身だ。


傍から見れば無機物の像を口説いてるようにしか見えない恥を忍んでの決死の行動が功を奏したのか。

言葉に詰まったのかそれ以上言葉を像が紡ぐことはなく。ややあって彼女はまぶたを閉じた。相変わらず聖母のような笑みを浮かべたまま、後光が少しずつ焦点を絞るように細くなり消えはじめる。光が完全に閉じた後に露天風呂に残されたのはーーーー



「ーーーーおわぁ!」

「…………あ?」

バシャーンと像が生えていた場所から何かが落下した。派手に立つ水しぶきが俺の顔面目掛けて吹っ飛んでくる。髪の毛が水の重さで全て重力にしたがってへなりと垂れ下がった

「っテメ、」

張り付いた前髪が煩わしい。

苛立ちが頂点まで達しかけていた俺はそれを隠さずに退かして目の前を確認する。やっと像から解放されたと思ったら次はなんだ。

そこには同じくずぶ濡れの……
ここにいるはずのないあの姿があった。


「あ、え?なに?なに、えっ、お湯?」

「何でお前がここにいんだよ。」


なまえがまるで状況が理解できないといった素振りで辺りを見回していた。濡れた身体を抱きしめ半身を湯に投じていて。シャツ一枚で外気に中途半端にさらされたなまえはにわかに震えている。


「かっ、あ……え!は、裸?!」

おもむろにすぐ様気付いてパッと紅に染まる頬。俺と風呂の間で丸いガラス玉のような目が彷徨く。視線も声も全部がうるせェ。だが目の前には確かに夢ではなくなまえがいた。


個性が暴走して閉じ込められていたらしい。


「あー、うるせェ。わーったから黙れ。」


折角解決したところに騒がしい第二陣。しかも騒動の元凶となった 愛するもの が降ってくるという異常事態を前に、流石に事態を説明してやれる余裕はもう残っていない。

何もかもが億劫だった。
思考はこの際全部後に回す。

とりあえず優先すべきは風呂と、目の前に哀れにも差し出された据え膳のなまえ。

仕事終わりのシャツ一枚でここに落ちた自分の運の悪さを呪うんだな。手間かけさせた礼のひとつやふたつ、貰っちまっても文句はねェだろ。



愛されすぎた祝福の呪い

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