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※致してないけど注意
ダメ男にしか惹かれない女っているじゃない?彼は私が幸せにしなくちゃ!って知らずのうちに発生する共依存モンスターとか、彼氏に寄生されてるヒモ男量産マシーンとか、
都合良いだけの自立型ラブドールとか。あ、これは流石に口が悪かったかな。
女というのは求められれば、られるほど綺麗になる生き物なのだと下世話なテレビのバラエティに出ていた不遜なタレントが随分前にそんなことを言っていた。
私は正直その理論に賛同だと今でも思う。
昔はそこまでそんなこと思ってなかったけど。でもちゃんと人の話はそれなりに聞くべきだ。世界はそうやって勝者が敗者を蹴落とすように回っているのだから。
さて
恋愛における勝者とは、して敗者とは。
求められるものと求めるものだと私は思う。しかしそれは所詮私の自論でしかないので数多の有識者からは反論が雨のように降り注ぐことになることも理解してる、わかってる上でそれでもこの論を私は推していきたい。
まあ、ともかくとしてこの論における最重要点とは、彼に振られた挙句バーで管を巻いてとなりに座ってたイケメンに絡み酒をして、仕舞いにはそんなに言うんなら私を抱いてみて下さいよ!と口走るような私が、恋愛勝者である訳はないということなんだけども。
振られたのは私。
理由は性格の不一致、という名目のただの身体の相性が極端に合わないというしょうもない理由だ。「お前マグロだし胸ないし、つまんない」とバッサリ斬られたので「うるさい、アンタにだけは言われたくないわ!」とビンタしたらなんと警察を呼ばれかけた。私としてはお前が下手くそだからだろ!とキレられ粗末なものを引きちぎられてないだけマシだと思って欲しい。
しかし別れた方がお互いの為という総意のもと一昨日連絡先を消去し合って私たちはサヨナラをした。
終局期を迎えかけていた時期の破局である。未練なんかは微塵もなかったものの、最後に言われたその台詞が私を蝕んで離さない。それが一番辛いことで。今でもじくじくと痛んで痛んで仕方ないのです。
「マグロな上に貧乳で悪かったですね!」
そう泣きながら叫ぶ。
割り切れるなら今頃このお洒落なバーで一人で飲んでない。
今日は仕事を死んだ顔で終わらせてからすぐに足早にこのバーへと足を運んだ。ここを選んだのはマスターと仲が良いからである。
私にとって憩いの場所だった。時折、元彼と付き合う前から仕事で忙しくしているときに息抜きで訪れていた馴染みのバー、それがここ。付き合うことになった日も、別れることになった日も。ここのバーで喜怒哀楽全て吐き出してきたなぁとしみじみしながら酒が回って泣いてしまったときに、その出会いは不意に訪れる。
「お姉さん、飲み過ぎだろ。大丈夫か?」
「うぇっ、大丈夫です…。」
「いや、つっても顔真っ青だし放っとけねぇよ。…マスター、水頼む。」
「大丈夫です、…私のことは放っておいていただけると助かります。」
突っ伏して泣いている時に隣のカウンターに座っていたイケメンからあまりにも私が泣き叫ぶのを心配して声がかけられたのだ。
それなりの常連らしい男性は慣れた手つきでマスターから水を受け取り素早く私の口元に運んでくれた。その顔を訝しげに突っ伏した腕の隙間から覗く。え、めっちゃイケメンなんですけど…。心配そうに私の様子を伺う表情に下心などは微塵も感じられなくて、少し申し訳なくなった。暫く突っ伏していたものの結局放置することができずその水を受け取って飲む。
すみません、と少しだけ落ち着いた。
理性を取り戻したところで名前を聞かれたのでみょうじ なまえっていいます。と名乗る。私が名乗ると同時に男性も名を述べた。
轟 焦凍さんというらしい。彼の姿はここで何度か見たことはあるけど話すのは初めてだ
「何か…ごめんなさい、初対面なのに。お手数おかけしました。」
「いや、気にしないでくれ。すげえ泣いてたから思わず声かけちまっただけだ。」
こんなにもみっともない姿を晒しているのに轟さんは控えめに微笑んで私に気に負う必要はないと言った。聖者か…。
ここで踏みとどまっとけば良かったのに、私は謝った選択肢を選んだ。
轟さんが親しげに俺で良ければ話聞くぞ。なんて神様のようなことを言ってくれたので思わずスイッチが入ってしまったのだ。
言わなくてもいい下世話な話まで全て、見ず知らずの人にぶちまけてしまった。
流石にどういう顔をしたらいいのか、という困惑した表情を浮かべていた轟さんには本当に申し訳ないことをしたと思う。
「イけないのはアンタが下手くそだからだろって!反論したかったんですよ本当は!」
「そうか。」
「女性に対して発言していい台詞じゃないと思いませんか!?私だって流石に反論しなかったのに、それなのにあの男……!!」
「酷ェ奴だな、別れて正解だと思う。」
「ですよね!!」
丁寧に私の愚痴を聞いてくれた轟さんにとても好感を抱いたのを覚えてる。この時はまだへべれけでも記憶を留めておけるだけの余力はあったらしい。
問題はその後の記憶が若干曖昧なことだ。
とりあえず覚えているのはイけないことに対するコンプレックスが人知れずあった私はそれをそのままの言葉でガッツリ轟さんに対して吐き出したこと。
不運にも酒が進んでしまってから起きる暴走を止めるものはこの場に誰もいなかった。
そして更にこのどうしようもない雰囲気を加速させたのは、よりにもよって轟さん自身もお酒が回ってしまったのか「俺ならなまえさんをイかせてやれる」とかよくわかんない事を発言するようになったこと。
冷静に振り返るとやばいことを言っているな、私も轟さんも。
それから確か…。
「いや、多分無理です。私マグロなんで。」
「大丈夫だ。」
「無理ですってば、伊達に性の不一致で振られてないですからね。」
「やってみなきゃ分かんねェだろ。」
と言い合いになって……それで…えっと。
確か、思い出したくもないようなみっともないことになって。それからはーーーーー
「悪いのは私だけど、本当にどうしよう。」
シャワーの流れる音が嫌でも耳に入ってきて、心に焦燥を積み上げていく。やばい、完全にやばいことになった。
私、どうしてホテルに来ることになったんだっけ…。いや、本当は覚えてる。これは私が現実から逃げたいだけなんだ。だって「そんなに言うなら私を抱いてみて下さいよ!」って今日初対面の人に啖呵切ったなんてこと。
そんなこと、信じたくないじゃない。
先程私は例のイケメン、介抱を引き受けてくれだ轟さんに部屋に入るなり押し倒されて服を脱がされかけた。
「ちょっ、と待って…ください!お願い!」
「…何でだ。」
誰が聞いても「あ、不貞腐れた」と思わせる声色で轟さんが不服そうにぶつくさ言った。
そりゃそうだ。乗り気にさせられてホテルについてみれば急に抵抗されるんだもん。いい気はしないよね男性だったら。
でも、私も引くに引けない理由がある。
早い、早いよ手が!とは流石に言えなかったものの。なんとか絞り出した「綺麗な身体で抱かれたいんです…」という甘えた言葉でお風呂まで昂った轟さんを誘導することに成功。今に至るというわけだ。
「あぁ〜、どうしようどうしよう。このままじゃ轟さんの親切心につけこんだワンナイトラブになってしまう〜!でも轟さん、さっき綺麗な身体でって言ったら顔赤くして嬉しそうだったな…イケメンすぎて死ぬかと思った。あんな格好いいひとに満更じゃないって思われてるのかなぁ。やだどうしよう嬉しい……ってそうじゃない、そうじゃない。何とかしないと!」
シャワーも佳境の音になってきた。あと5分もせずに出てきてしまうだろう。とりあえず脱がされた服を全て身に纏って、急ぎホテルの精算機へと向かった。
あわよくばシャワーを浴びてもらってる間にまっさらと消えられないだろうか、そんな最低なことを考えながら。
クレジットカードをしっかりと握って支払いに急ぐ。しかしその時無情にもシャワーの音が止まった。
(……!!)
ゴソゴソと、タオルカゴを漁る音と衣擦れの音。扉の目の前で衣服に乱れがなくクレジットカードを握り締めたまま停止して微動だにできない私。
こんなところを発見されれば間違いなく轟さんを傷つけることになる。
私みたいな女にも優しくしてくれた素晴らしく素敵な人なのに、こんな馬鹿げたことで傷つけてしまう…そんなことしたくないと思うのに。
それだけは避けなければならないのに、足が言うことを聞かなくてその場に立ち尽くす。
程なくして轟さんがバスルームから出てきた
「上がったぞ……なまえさん?」
「轟さん。」
「そんなところでどうしたんだ?」
「ごめんなさい。」
やっぱり、出来ません。泣きそうになりながら正直に告げた。見られてしまった以上は正直に謝るしか無いと観念し頭を下げる。
轟さんは眉根を下げて唖然とした表情だ。
「何言ってーーー」
「私に貴方に抱かれる資格なんてなかったんです。こんなところで轟さんの時間を無駄にさせたくない。」
「なまえさん、」
「振り回して本当にごめんなさい……、こんな最低な女にも優しくしてくれて、ありがとうございました。」
バスローブを羽織った轟さんはとても艶やかだ。
部屋の艶やかな暖灯が白と赤の髪の毛を彩っていて、私には勿体ないくらいに格好いい。
そんな呆気に取られる轟さんの前を横切り精算機へ向かう。ああ、やっぱり自分の欲でこんなに素敵な人を傷つける前に思いとどまれて良かった。
と思ったのに、それも束の間の出来事で。
「嫌だ。」
「ーーーわっ!」
刹那抱きしめられ、壁に追いやられた。
まるで離さないと意思表示しているような強い力だ、何故抱きしめられた?と考える暇も与えられることなくぐい、と横抱きにされて再びベッドへと連れ戻される。
「ひゃ、」
「なまえ……」
馬乗りになられたまま両腕を縫い付けられる。両手をとらえる彼の手は、痛くない程の力だけど掴まれた箇所が熱をもって身体へと広がっていった。目の前に整った顔が迫って、無理にでも視線が交わってしまう。左右で違う色の熱を帯びた瞳から目が逸らせない。
なんで、名前を呼ぶの。そんな声で呼ばれたら私は帰れなくなってしまう。
「名前…何で呼ぶんですか。」
「…、ずっと見てたんだ。なまえさんのこと。」
「は。」
ぽたり、水滴が頬に落ちた。重みで垂れ下がった前髪が顔まで伸びて付きそうなくらいに顔が、近くて。
轟さんの瞳には阿呆面の私が映っている。
「一目、あのバーでなまえさんを見た時からずっと。その隣に居るのが何で俺じゃねェんだろうって…思ってた。俺なら泣かせないのに、幸せにしてやれるのにって。」
「うそ……でしょ。」
「嘘じゃねえ。疲れてる時は酒飲まねぇことも。誕生日にあのバーで待ち合わせしたのをあいつにすっぽかされたことも。」
全部知ってる、と切なげに呟く。
瞳が揺れて再び強く抱きしめられた。轟さんが言った私のこと。それは適当に言われたことじゃない真実で。
あの日誕生日をすっぽかされた時から私は彼に必要とされていないのだと悟った。
誕生日のこともそうだが、通いだしたのはもう随分と前の話だ。一体いつから私を見てくれてたのだろう。
「なまえさんのことが好きだ。」
「うぅ、こんな雰囲気で告白するって…」
「なまえさんは、嫌か?」
だから狡いんだよ、轟さん。そんな声で名前を呼ばれてしまったら…知ってしまったらもう戻れない。
私は首を振り、そしてそっと腕を彼の首の後ろに回した。
「不束者ですが、よろしくお願いします。」
バスローブは少し湿っていたけど、体温が伝わってとても暖かい。こうやって誰かに抱きしめられるのも久しぶりで、鼻腔をいっぱいにくすぐるシャンプーとほのかに彼の匂いが私をどこまでも満たしてくれる。
「ああ、絶対幸せにする。」
瞼が細められる。ゆっくりと見えたそのアクションに心の底から見とれてしまった。こんな綺麗な人とこんな始まりを迎えるなんて贅沢過ぎるのではなかろうか。
神様もずいぶん意地悪だと思う。でも轟さんが顔中に愛しいとキスの雨を降らせてくれるなら、こんな始まりも悪くないなって思ったの。
曖昧に描いて境界線