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一人ランチ、一人博物館、一人登山、一人遊園地。巷には一人と名のつくレジャーが溢れている。一人レジャーに手を出すことになる理由は数あるけれど、その多くは気楽だからって理由が多いのではなかろうか。

私は気楽なのが好きだ。一緒に遊ぶ友達が別に一人もいない訳では無いけど、無理して合わせるよりも一人でいた方が基本的には楽でいい。

気になるレジャーは友人と予定を合わせてあれこれ事前準備していざようやく実施に至るより一人で全て済ませてしまいたいと思うタイプ。まあ、私も要は気楽だから一人○○に勤しむ人間な訳なのです。




「ただいま。」

夜も更け、時刻は午後8時を回ったところだ。マンションの鍵を開けて、誰も居ないはずの空間へただいまと投げかける。
今日は、私は完全オフの日で、恋人は出動になってしまったのでまだ帰宅していない。

彼がいないオフの日を、一人寂しく家で缶チューハイ片手にダラダラと無駄にするのが嫌で、そうだ、丁度気になっていたし久しぶりに一人で美術館の特別展でも見に行ってしまおうかと思い立ったのが始まりで、それから随分と長く外を彷徨いてしまった。


まあでも焦凍いないし、と今頃ズタボロのもみくちゃになっていそうな恋人の顔を思い浮かべる。一人だけ気軽に遊びにいってしまってなんだか申し訳なくなりながらも、日々の疲れをすっかりリフレッシュして帰ってこられた喜びを全面に押し出しながら、ヒールを脱ぎ捨てる。

「はー、ずっと見たかった特別展にも行けたし、可愛いアイシャドウも発見したし、満足だー。」

玄関の電気をつけてお土産を床に置いた。


「特別展仕様の焦凍が好きそうなお土産も見つけられたし、帰ってきたら食後のデザートで一緒に出してあげよう。」

焦凍もお休みだったら良かったのに、と独り言が自然と零れた。一人でどこかへ行くのも何かをするのも、何も苦ではないし寂しかったりなんてしないのだけど、恋人だけは別だと思う。

忙しい彼は自他ともに認める最高のヒーロー。それは私にとってもだ。

(でもたまにはゆっくり二人きりで過ごしたいなぁ…。)


居ない彼を思って、ふと晩御飯何作ってあげようかと思索する。ああ、早く帰ってきて。
荷物も一通り全て床に投げ出して、コートも一緒に脱ぐ。
外の匂いがまだ残る全身からは冷たい夜の香りがした。もうすっかり寒い時期だ、早くお風呂も沸かしてしまおう。




「あ、そうだ鴨つけそばにしよう。少し豪華にしてあげようかな、疲れてるだろうし。」

「帰ったのか。」



「…………ひぇっ!」


誰もいないと思ってたから好き放題独り言を言いまくっていたのに。誰も居ないはずだった自宅から望んだ恋人の声がした。

思わず素っ頓狂な叫び声をあげる。
声の主が廊下の先のリビングから扉を開けて顔を出していた。それは紛れもなく焦凍本人で。え?なになんで居るの。幻?



「なん、っ、え…仕事は!?」

「無くなった、メッセージ見てねェのか?」

「メッセージ…?あ、」


どこと無く言葉にトゲのある焦凍の指摘により、私はあることを思い出す。
美術館内でマナーモードついでに一層電源切っちゃえとスマホの電源をオフにしていたのだ。凡そ数時間前に。

それから電源付けるの忘れていたような…。


急ぎスマホを立ち上げる。
時計の針と焦凍の無言の圧力が怖いしうるさい。こんなにスマホが起動することが待ち遠しい時なんて未だかつてあったかな…。

程なくして時間差のメッセージ通知がポップアップで表示された。時刻は今日の昼前、私が丁度美術館に到着した頃合いくらいの時間である。

仕事なくなった、今から帰る。

プラス適当なゆるいスタンプが一つ。
スタンプが送られていたということは、雰囲気からは分かりづらいんだけどもこの時の彼の機嫌が少し良いということを表している。




「…………。うん、今見ました。」

「…………。」

「もしかして…いやもしかしなくとも。」


結構、待ってた?
恐る恐る様子を伺う。表情一つ変わらないが、確実にちょっと怒ってる様子の焦凍。
口がへの字に曲がっている。


「ああ、そうだな。」

「す、すみません…。」

「メッセージにも気付かねェし、こんな時間まで何処で何してたんだ?」


ため息と一緒にほとほと呆れ返った様で、問われた。左右で違う色の美しい瞳は玄関に転がったまま揃えられていない新しく卸したばかりのヒールを捉えている。

美術館に行くからと、気持ち気合を入れたコーディネートでお出かけしてしまったのだが、それが不運にも違う意味で疑われる材料となってしまった模様。やましいことは何もしていないのに法廷に立たされている気分だ。


「美術館とショッピングに行ってました。」

「一人で、か?」

「一人です断じて浮気とかじゃないです。」

「……どうだかな。」

「ちょ、ちょっとまって!」


浮気を疑われたのも心外だけど、ふいと他所を向かれてしまうのは勘弁して欲しかった。途端に焦りが増す。
そのままリビングに引っ込みそうになった焦凍を制止し、慌てて弁解した。

右手に焦凍のトップスの袖を掴み、左手にお土産のそばまんじゅうを抱え引き止める。


「本当なの!これ、喜ぶかなあってお土産も買ってきたし、一人だけど記念写真も顔嵌めパネルの前で撮ってもらったんだよ!」


そばまんじゅうを無理やり手渡し、スマホ画面に顔嵌めパネルとの記念写真を表示して見せつけるように掲げた。

写真の中の私は確かに一人で、特別展の目玉展示物である著名な画家の代表作を模したパネルの穴あき部分に顔を突っ込み、にこやかな笑顔を晒している。
見せる予定がない写真だったからか振り返ると間抜けなことしてるな、とも思うけれど。これで信じて貰えるならば安い犠牲だ。


「ね、一人…でしょ?」

「………。」


変わらず訝しげな目線が向けられている。
パネルと同じ絵のパッケージ土産をちらと視線を落として一瞥し、またため息をひとつ吐いた。

私はと言えばそんな焦凍の様子を見て、後悔がじわじわと襲ってくる。
うぅ、本当のことなのに泣きそう。


「一人で楽しんでごめん、でも……信じてよ。」

「……なまえ?」

「確かに一人でいた方が気楽だし楽しいんだけど、でも寂しくないってことじゃなくてて…。お土産買ったりとか、次は焦凍も連れて一緒に行きたいなとか、そんなことばっか考えてたんだよ、今日も。」


休みがなかなかかぶらないことくらい、理解していたけど。それは寂しくないって理由にはならないし、寂しくない訳じゃない。
いつだって一緒に行きたいのは焦凍だけで。

それが伝わらないのが辛くて。

自分勝手でごめんね、と矢継ぎ早に繰り出し、半ば半泣きで伝えた。自分でも言葉がまとまってくれずにばらばらとよく分からないことを口走った気がする。

酔ってるわけでもないのに支離滅裂なことを吐き出してしまったなぁ。
これじゃ本気で呆れられてしまうかもしれない。まあ、連絡もなしに一人で長時間ほっつき歩いてた女だし、呆れられたとしても何も返す言葉が見つかんないんだけどさ。

焦凍は困った顔をしていた。
私が半泣きだからだ。


「泣くなよ。」

「泣いてはいない。」

「泣きそうだろ。」

「うん、でも泣いてないよ。」


目元の涙袋ギリギリまで涙は溢れているけれど決壊寸前で押し留まっていた。
我ながら何故こんなことに張り合ってるのかも分からない。焦凍はまた小さくため息をついて私を撫でた。


「分かった。」

「何が分かったのよ。」

「泣いてないんだろ、分かったよ。」


冷たい夜の香りと、部屋の中の暖かい匂いが交錯する。すん、と鼻をすすった刹那焦凍が私をその胸中に収めた。神様が指を鳴らしたように途端にスローモーションな視界が広がって、埋め尽くすほどの赤に満たされる。


「うう、なんでよぉ。」

涙袋が決壊して涙が一筋こぼれた。後頭部は依然よしよしと撫でられていて、その温もりがまた涙腺の決壊を加速させる。


「なまえが帰ってきた時の独り言は俺も聞いてた。浮気するような奴じゃねえってのも分かってる。けど仕事無くなって帰ってみればお前はいねぇし、連絡も通じなかったから…つい。」


悪ィ、ちょっとイラついてた。と耳元で囁く。その声色は優しくて、そして少しだけ申し訳なさそうだった。


「焦凍何も悪くないじゃん…。」

「…そうかもな。」


馬鹿みたいに勢い良く鼻をすすって。
鼻水がつくのも構わずに、後頭部を撫でていた大きな手のひらに押されて顔を肩口に押し付けられる。ぐえ、と色気もへったくれもない声が出るのはご愛嬌で。

間近で不意にくすり、と焦凍が笑った。
私もつられて笑う。

ただいま、と静かに告げるとおかえりと帰ってきた。
どちらともなく仲直りをして。

さて、私も一人にしたお詫びに
沢山愛を注いであげなきゃ。


「明日何かしたいことある?」

身体を離して真っ直ぐ見つめ合う。
焦凍は小脇に抱えていたお土産のまんじゅうを靴箱の上に置いて、穏やかな表情のまま続けて「なまえを抱きてぇ。」と言った。

「……そっか。」



ロマンチックって意味をご存知でしょうか?
グーパンで殴ってみてもいいですか?まあ、全部私が悪いんだけどさ。この人は本当にどうしようもないほど愛しくて、そして敵わない。







足しにもならない僕の気持ち

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