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「えっ、轟くんって好きな人いるの?」
「…?いちゃ駄目か?」
いや、全然駄目じゃないけどさ。と半笑いでそう返す。駄目じゃないけどそのお相手によっては完全に駄目です、とまでは轟くんに抱いた恋心を隠している都合上どうあがいても言えなかった。
私と轟くんはクラスメイトだ。
普段の仲は悪くない、むしろクラスメイトの中ではかなりいい方に入るのでは?と自信さえある。さて、状況今は教室に二人きり。私は文化祭の買い出しリストの作成を。轟くんは当日の演出に関する提出書を書いている。
互いにやることは少し違っているけれど、同じ演出班に所属している為目指すべき方向は同じところを向いていた。
ところで他の同じところを目指しているはずの演出班メンバーはどうしたのかと言われれば、揃って皆会場下見の真っ最中。空気読めるマンこと切島くんが、わざわざ気を使って他メンバーを連れていってくれたのだ。
よって私と轟くんが二人きりになれたという訳なのだが、まさに文化祭様々である。
冒頭の会話に戻る。ふと好きな人の話に話題が移行したのは本当に突然のことだった。それはもう本当に突然だった。
それは文化祭って男女の距離縮まるよね、と問いかけた際のこと。轟くんが珍しく目の色を変えて「そういうもんなのか」と興味ありげに呟いた。
「うん、多分だけどね。ほら、文化祭準備って青春って感じするし、結構会話もするじゃない?世間話とかになって“ 知らない一面に気付く”とかさ。力仕事とか気になる男子に変わってもらったりなんかしたら、女の子は恋に落ちちゃうものなんじゃないかな?」
「へぇ、そうなのか。」
そうそう、丁度今みたいに二人きりで世間話をしている時なんかはまさに文化祭って感じがするよ。本当に文化祭様々である。文化祭ブランド万歳。ニヤけそうになるのを抑えていたら不意に轟くんが僅かに口角を上げて微笑む。
「少し試してみる。教えてくれてありがとな。」
「………試す?」
「あぁ、好きな奴に試してみる。」
ボキ、勢いよくシャーペンの芯が折れた。今す、好きな奴って言いました?派手な破裂音とともに明後日の方向に折れたシャー芯が飛んでいく。轟くんの口から飛び出すとはまさか想像もしていない言葉に思わず力が入ってしまった。非常にわかりやすい行動、あまりにも分かり易すぎて思わず焦る。
あ、しかも今ので内部の芯がなくなったし。タイミング悪…。何度押しても出てこない先端にまごつきながらとりあえずペンケースをごまかすように漁った。
そして先の会話に至る、のだが。
「へ、へぇー。轟くんに想われる女性って幸せだね。多分相手も満更じゃないんじゃない?」
顔を引き攣らせながらようやく補充し終わったシャーペンをカチカチと鳴らす。私の返答を聞いた瞬間、轟くんも私と同じように手を止めた。提出書類から顔を上げて手にしたペンを机に置く。
「本当か?」
「……え?いや、ごめん本当かどうかはわからない。私轟くんの好きな人じゃないし。」
自分で言っときながら自分の返答に気を落とす。轟くんから想像以上に目を輝かせて聞かれるものだから思った以上にショックを受けてしまった。まだ失恋が確定したわけじゃないけど、自分が好きな人に気になる人がいるって地味にヤバい状態じゃない?失恋寸前じゃない?え、どうしよう。
誰なの?なんで好きになったの?
私とその人って何がどう違う?
ねえ誰が好きなの轟くん…!
「好きな人ってヒーロー科?それとも別?」
不審に思われないギリギリのラインを探りつつ当然の如く聞いてみる。やっぱり気になる心は止められない。だって好きだから知りたいんだ。
再び提出書類に記入を再開していた轟くんは、瞬きを二、三回して目線を上げる。ばちりと視線が噛み合って、世界で一番良すぎる顔と見つめ合ってしまって。こんな風に真っ正面から見つめられることが今まで一度たりともなかった所為でイケメン耐性のない私はあっという間に恥ずかしくなった。
「学校の奴だ。」
「…そう、なんだ。」
学校の人かぁ…よりにもよって美人さん揃いのヒーロー科女子かぁ。本日二度目の自分で聞いておきながら後悔するパターンの再来に、心でため息を吐いた。カチカチとシャーペンのノックを無意識にずっと行っていた所為で机に出しすぎた芯が落下していたが、暫くそんなことにすら気付かなかった。我ながら間抜けだ。
もしかしてヤオモモかなぁ、轟くんヤオモモともかなり仲良いしなぁ。もしそうだったら勝ち目ないじゃん…。思いながら傍に置いていたペットボトルに口をつけてみれば、中身は既に空であった。空ぶった手を空中で泳がせ、その手をゆっくりと下ろす。あぁもう上手くいかない。
「ちなみに誰?」
こうなれば一か八かだ、聞くだけ聞いてみよう。不審に思われても仕方ない、だって一大事だし!恐る恐る聞く。轟くんの走っていたペン先がピタリと止まった。動揺したようだった。無言で書類と見つめ合う轟くん。瞳の色は変わらないが、頭の中で多分色々考えているんだろう、そんな雰囲気だ。
「まだ伝えるつもりじゃねぇ。」
「ちょっと気になっちゃって。イニシャルだけでも教えてくれない?」
「駄目だ。」
「えぇー」
案の定渋られる。しかし私も食い下がっていく。ただちょっとだけ、もうちょっとだけヒントが欲しかった。せめてイニシャルだけでも聞きたかったんだけどやはり駄目らしい。わざとらしくオーバーに抗議の声を挙げてみても答えは変わらなかった。
流石手強い。
「えー、じゃあ…その人の血液型は?血液型教えてよ!」
「なんだそのチョイス。」
「血液型じゃほとんど特定できないかなって…。これなら教えてくれるかなって思いまして…はは。」
「……A型。」
「ほう。」
幸か不幸かまさかの回答を轟くんの口から語られる。え、A型女子…!!というか轟くんお相手の血液型まで把握してるんだ…轟くんに血液型まで把握してもらえてるって地味にすごいな。
返答に即してすぐさま頭の中のA型ヒーロー科女子を振り返る。確かヤオモモはA型のはずだった。あと響香ちゃんと透ちゃん。B組は…分かんないな。今度確認しに行かなきゃ。あれ、というか結構絞れちゃったぞ?
「え、じゃあ右利き?左利き?」
「左じゃねえか?」
「左……!」
響香ちゃんと透ちゃんは確か右だ。……いや、まてよヤオモモも右だった気がする。B組女子は誰がA型か確認してないから分かんないけどにしても候補者がA組からいなくなるって、好きな人って性質から現実的にあまりあり得る話じゃない。
どっかで絞り間違えたか、轟くんの答えが間違っているか。
「…え、本当に左?」
「あぁ左だな。両利きかは分かんねぇけどとりあえず今は左だ。」
「今はって何?前は違かったの?」
「さぁな。」
「所々謎なんだけど。えー、というか候補が居なくなっちゃったよ!轟くんどれか嘘ついてない?!もしくは学校の人じゃないとか。」
全然分からなくなってしまった。私はてっきりヤオモモだろうなと思って聞いていたのに。振り出しに戻っちゃったのかなぁ、それとも、もしかして遊ばれた?轟くん、まさか私で遊んでるなんてこと、ないよね?
「嘘なんかついてねぇ。間違ってる…こともないはずだ、多分。」
「じゃあ最後に質問。B組の人?」
「違ぇ。」
「絶対嘘だー!だってヤオモモA組だし、右利きだもん!」
「言っとくけど八百万じゃねえぞ。」
「……嘘ダァー!あっ…、もしかしてお相手の人って、女の子じゃない…?」
「………。」
「ごめんごめん、睨まないで。」
手詰まりすぎて、あらぬ方向のルートを模索したところで流石に睨まれた。親しい仲にも礼儀は必要だったなと反省する。
A組の女子なんて片手で数えられる程度なのに、A型って言ったら本当数名しかいないのになんで導けないんだろう。懸命に記憶を振り返っても候補者は依然0である。どこで間違えたかな。唸りながら両手を組んで自身に振られた作業そっちのけで推理するけど答えは出てこない。
悲しい通り越して悔しくなってきた。
「お前、一人忘れてるだろ。」
「え、いや流石にそんな失礼なことはないはずだけど。お茶子ちゃんB型、梅雨ちゃんB型、三奈ちゃんAB…透ちゃんと響香ちゃんヤオモモはA…ほら全員いる。」
「いや、居ねぇぞやっぱ。」
これ絶対弄られてるよ。だって確かに私含めてA組女子7名だもの。その中で更にA型女子っていったらさっきの3名、
「……あれ?」
刹那、先程の推測の中で確かにある人物を忘れていることに気がついた。ぽかんと停止した顔。裏腹に頭は猛スピードでフル回転していく。今は左、と言った時に私の手元を見ていたことと、それから伝えるなんて少し違和感のある言い回しをしたことに対してパズルのピースがしっかりと嵌り合うように合点がいった。まだ伝える気はないって…そういう意味?驚くくらい顔に熱が集まっていく。
その人物は確かに轟くんの挙げたA組A型、“今現在”左利きに当てはまった。いや、当てはまるんだけどさ。
それって。
私の様子が急変したことを察して轟くんは徐に立ち上がった。「もういいだろ」と少しだけぶっきらぼうに告げられる。
「まって」引き留めようとしたけれど、「出してくる」と提出書類を持って教室の外へ出て行く彼の耳が、ほんの少しだけ赤かったことが、引き留めるための言葉を阻んだ。
教室にぽつんと残される私。ややあって机に突っ伏して大きすぎるため息をつく。誰かに聞かれたらもの凄い心配されそうな大きなため息だったけど今だけは多めに見て欲しい。だって条件に合致する超絶羨まラッキーガールが、まさか自分だなんて夢にも思ってなかったのだから。
遠回しロマンチカ