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※リリカル・バイオレンス続き
クラスメイトに告白されました。理由はよくわかってない。それ以来私は彼の顔が真っ直ぐ見れなくなってしまった。なんで好きになってくれたの?どこがよかったの?と聞きたいことは山ほどあるのに。いざ轟くんの姿を見ると、それだけで息が上がって目の前がチカチカクラクラしてしまうのだ。
どこぞの少女漫画みたいな擬音だけど、まさしくその通りだから仕方ないよね。
飽きもせずなんとやら。なんとまあ私は乙女思考甚だはしい自分勝手な理由で、かれこれ一ヶ月轟くんを避け続けていた。
そろそろ明らかに私を見てます、といった轟くんの視線が痛くて痛くて。限界だなあと正直最近思う。諦めて私も好きですって言っちゃえば楽になれるのかなぁと思う心は確かにあるのに。それでもくだらないプライドとチキンすぎる心根が邪魔して、今日も私は轟くんからの熱い視線に応えることが出来ないのだ。
さて、今日も今日とて訓練である。訓練演習として大規模な訓練が半日かけて実施される運びとなった。
内容も大規模で、どうやら各グループに分かれてグループ内で個人戦を行うらしい。しかも驚くべきことに自分の戦うべき相手は演習開始後に施設内で索敵して初めて解るようになっているんだとか。
道理で一人一人呼び出されて演習場に向かわせられたわけだよ。
簡潔に言えば、今から演習場内にいる4名か5名のメンバー同士戦って、行動不能にされた人から脱落する。行動不能は奇襲をしかけて拘束するでも良し、正面戦闘で打ち負かしても良し。
そして今全員が身に付けている無線機は同じ演習場にいる他のメンバーの半径10メートルに入ると音が鳴る、とのことだった。距離が近付けば近づく程音が大きくなる仕組みらしい。
各々索敵とスニーキングを切り替えて判断するように、とのお達しだった。
「よし、頑張らなきゃ」
ストレッチを程々に、コスチュームのポケットやらサポートアイテムやらの最終調整を完了させる。今日の私は少し違う、ちょっとだけ調子がいい。この分なら案外良さげな結果を残せるかも。
「時間は有限だ、さっさと始めるぞ。」と、相澤先生の低い宣言と同時に訓練開始のブザーが施設に鳴り響く。
乱戦必須の個人戦。火蓋は切って落とされた。普段とは毛色の違う訓練だから、折角だしグループ一番になってやる!と息巻いて私は揚々と演習場に繰り出す。ヒールを高らかに鳴らせば嫌な予感とか分からないということの恐怖とかがほんの少しだけ薄れていくような気がしていた。
しかし、そんな気合いも長くは続かないもので。頭の片隅で(そう言えば今日星座占い最下位だった……)と思い出す。時間にして僅か数分後の出来事だ。
オフィスビルを模した大きな建物型の演習場の1階から3階までを覆う巨大な氷塊を目撃した瞬間、私の気合いは尽く消え去ったのである。
「2名脱落、残り2名だ。」
「はい?」
なんで轟くんが同じグループにいるの。考えるより先に足が動いて氷塊と真逆の方向へと走り出す。あ、終わった。と同時に目の前が真っ白になった。
2名脱落、残り2名。
それが指すのはこの施設に残っているのは私と轟くんだけという事実。
なんでこんな時に限ってほかのメンバーは同時に脱落するのかなぁ、勘弁してよ!と最早半べそ状態で物陰に身を潜めるまでにかかった時間はスタートから数えて凡そ5分後のことであった。
ヒーローならヒーローらしく戦うべきなのだろうが、残念ながら私の個性と彼の個性の相性は驚く程に最悪なのだ。だって私の個性蜘蛛の糸だから威力低いしミドルレンジなんだもん。攻撃が届く前にやられちゃうよ。
息を殺して自分の運の悪さを呪った。そうこうしている間にも無線機から知らされる通知音を頼りに轟くんは私と同じフロアを歩いている。まだ最後の相手が私であることはバレていないだろう。今の私にはそれだけが救いだった。
もし最後の一人が私だってバレていたら……え、怖い、何されるかわかったもんじゃない。考えることすら恐ろしい。だって私彼と最後にまともに喋った時に、もし返答をはぐらかしたらそれ相応の覚悟をしろって言われてるもの。無理だ、絶対無理。
頭を抱えて震えている私の無線機が、無情にも半径10メートル以内の接近を告げる通知音を鳴らした。ビクリと面白いくらいに身体が跳ねる。付近からは足音はおろか気配すら感じ取れなかった。
(ひっ、来てる…!どこ?!)
通知音だけがどんどん音量を上げていく。確実に近付いてきてるのに動けない。
音が轟くんの方にも鳴っている以上、動かなければこの付近をずっと探され続けると分かっているのに。逃げないといつかは絶対捕まると分かっているのに。
まるで捕まることを夢見てるかのように、その足はどう足掻いても頑なに動いてはくれなかった。
私のいる小ホールの入口付近で静かな足音が遂に近づいてくる。ホール内は音が響きやすい造りのようで、少しでも物音を立てれば見つかってしまいそうだ。
どうしよう、奇襲仕掛けて彼を戦闘不能にする、ということに一縷の望みをかけてみようか。ゆっくりと立ち上がり個性の糸を自分の周りに纏わせる。
机の下からその糸を伸ばし、轟くんの方へと向かわせた。まだ彼は私の場所までは気付いていないようだ。訓練だからかわからないけど轟くんは入るなり部屋丸ごと凍結させるという蛮行には出なかった。不幸中の幸いである。
もうじき彼の靴に糸が届く。
あれ?もしかしたら勝てるかも…?なんて淡い期待を心に灯した瞬間、轟くんがゆっくりと口を開いた。
「みょうじか?いるんだろ。」
「ーーーーッ!」
時と心臓が過ちをおかして危うく止まりかける。なんでバレて…、今までの行動を振り返ってもバレた理由が見当たらない。
もしかしたらはったりを言ってるのかもしれない。ならここで行動を起こすのは多分良くないはず。お、落ち着け私。
「……。」
あくまでここにいるのはみょうじなまえではないと無言を貫いて慎重にいこう。伸ばしかけた糸を少しずつバレないように引き戻した。
どうか気付かないで、お願いします神様…。
自分の今日の星座占いの順位などすっかり忘れて神に祈る。
「ハッタリ言ってる、とか思ってんのかもしんねぇけど無駄だぞみょうじ。最初に足音出さない為に天井に糸貼り付けて飛んだだろ。」
「………ぇ、」
「………そこか?」
「ーーーーぅ!!」
思わず漏れた悲鳴に慌てて口を押さえる。しかし小さな音でも反響させるこの開けたホール内では意味の無い行為だった。今の僅かな声を拾った轟くんが途端に私の隠れている方向を向く。
(ひえええバレた…!!)
もう状況は手詰まり。すなわちどうすることも出来ない、のに頭では抵抗をやめない自分がいる。窓から飛び出してなんとか逃げられないかな、と無駄な想像を膨らませながら轟くんの様子を即座に伺う。
轟くんの表情は変わらないままだったが、一向に投降も意思表示もしない私に遂に痺れを切らしたのか、目を閉じ仕方ないかというような顔をして
「あんま手荒な真似はしたくねェけど、これでもまだ出てくる気がねェんなら……部屋ごと凍らせるからな。」
そう言い放った。
あっ、これ本気で怒ってるやつだ。
「待っ、」
「待たねェ。」
焦って飛び出した私を待っていたのは直進してくる氷結の壁で。身体すれすれの所へと着弾し、両サイドを壁に挟まれた。あっ、出口……、と気付こうとも、もう遅い。
「今まで避け続けてたのは謝る!謝る…っから!怒らないで!」
「別に怒ってねぇ。」
「嘘だぁ!」
嘘に決まってる。だってちょっと轟くん不機嫌だし!あの顔も声色も覚えがあるから分かるんだ、私が轟くんにずっとネクタイ結んでくれって言われて、渋った時に見せたあの顔を今してるもの!
迷わず早足で近寄ってくる轟くんの足取りはやっぱりちょっとキレ気味で、ドスドスって効果音が似合いそうと能天気に思う。そしてああ、遂に目の前まで来られてしまった。ここまで追い詰めたならいっそ一思いに脱落させてくれと願うのに。
「ちょ、」
「そう言えば、なまえって呼んでもいいか聞いて以来、返事聞いてなかったな。」
「轟く、や、待って…お願い…!」
「待たねェ」
狼狽えても懇願しても轟くんは止まらない。顔同士の距離が僅か十数センチ程度しかなくなったところでようやく彼の歩みが止まった。……いや、ここで止まられても!と心で叫ぶ。当たり前だ、そんなに熱烈に至近距離で見つめられたらまた私の心臓が危うくなりかねない。
私より高い彼の影が身体をすっぽりと覆い、壁に背中がついた。許容限界をとうに超えて破裂しそうなくらいの脈動を続ける心臓を嘲笑うかのように、轟くんが眼前に迫り、その手を壁につく。もう文字通り逃げ場は無かった。
「答え、聞いてなかったよな。」
「ほんと、あの…それ以上は許して…」
「駄目だ。」
「そんな酷い!」
「酷いのはどっちだよ。」
確かにその通りだ。まったくの図星である、やだ凄く耳が痛い。
「今仮に返事を保留でって言ったら流石に怒る?」
「いや、怒…りはしねぇ、けど何されても文句言うなよ。」
「え、」
いうや否や落ち着いていたアイスブルーとスティールのオッドアイが途端に伏し目になり色気を帯びた。艶やかな睫毛がふわりと帳を下ろしたその奥の瞳孔から、欲情にも似た感情が見え隠れしている。
あまりにも彼の顔は蠱惑的だった。顔が良いどころじゃない、こんな高校生がいてたまるか。
直視出来なくなり咄嗟に顔を逸らし俯くが、轟くんの顔も同じようについてくるものだから最接近してきた顔に慄いて、思わず後頭部を壁に強打した。
(痛い)
それどころじゃない。なおも下から私の視線を掬い上げるように目を合わせてきた轟くんの滑らかな手が、私の顎をゆるく持ち上げてくる。
息が、出来ない。
これから何をされるのか、理解してしまった頭がこんなにも恨めしいとは。
「待っ…、」
不意に重なる唇と唇。
さっきまでちょっと怒ってた人から贈られたはじめてのキスは想像に反してとても優しくて、そして少しだけ意地悪だった。
「き、キスは流石に聞いてない…!」
「碌に返事もしねぇで俺の事避けてたのはなまえの方だろ。」
「あ、ぅ」
「で、返事は聞かせてもらえねぇのか。そろそろ俺も…限界だ。」
力強く腰を引かれ、ぱちりと瞬きが終わる頃には轟くんの胸の中に招かれていた。今日は本当に色々理解が追いつかないことばかりだ。それだけ彼を追い詰めていただけなのかもしれないけど。
冷たい室内とは相反して私も轟くんも体温は驚くほどに高く、抱き寄せられて初めて分かったのは意外と轟くんの鼓動も私に負けないくらい早いんだなということ。どうやら涼しい顔して意外とドキドキしてくれているらしい。
向き合おうとしなかった報いがこんな形で帰ってくるとは。
「……すき、」
「ん?」
「私もすきです。……はぁ。も、むり!」
轟くんの限界より私の方が早く限界を迎えていたと思うのよね。でもそれは言わないでおこう。背中に手を回して到底見せられない赤面を隠す。心臓は今回もとうに限界を超えていた。
「好きだよ!轟くんのことが好き!」
最早ヤケクソ気味にそうだよ好きだよ、告白された時からもうずっと君しか見えてない!と訓練中だということも忘れて叫ぶ。
恥ずかしさと言ってしまった後悔でどうにかなってしまいそうだ。でももうしょうがなくない?だってキスまでされちゃってるし、
拒絶する理由なんて私にはないんだから。
「だから顔、見るだけでドキドキしちゃうので…なるべくゆっくり歩み寄ってもらえると助かります…。」
そう言って恐る恐る身体を離し轟くんにようやく向き合うと、轟くんの涼しげだったお顔がほんの少しだけ赤らんでいて。
(え、可愛い…)
単純な思考が招くのは単純なことだけである。その表情にノックアウトされかけた私に彼は「わかった、努力する」と言いながら微笑んで再び唇を合わせてきた。
「おわぁ!」
今後もこの調子で歩み寄られると、奇声を上げて轟くんを控えめに突き飛ばすまでがセットになりそうだなぁ、なんて思う。だからもうちょっとゆっくり二人で進んでいこうよって言ったのに。そういうところ本当ずるい。
スムース・ステップ