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私の家は都心から遠く離れた谷底の集落の中にある。雄英からは二度電車を乗り継いで行かなければならない様な場所で、二度目の乗り継ぎ線は最終19時とかいう超がつくほどローカル線。ワンマン運転2両編成である。


いつもいつもえっちらおっちら荷物をかかえ片道2時間の通学をしていた。
勿論今日もその例に漏れない日である。

今の時刻は午後18時40分。
現在地点は降りる予定だった駅より三つ先の駅。

大変なことになったなぁ。と独り言を呟いてとりあえず現実逃避を図ろうとするものの。

乗り換え路線最終列車の時間が刻一刻と迫る中降りたこともない駅名表示がされた大きな看板が私をいつまで経っても現実に縛り付けるのだ。



「あー、受け入れられない。」

さてどうしよう。
帰れなくなりました。
理由は至って単純明快なロジックです。寝過ごしました。それにより乗り換え路線の最終電車に間に合わなくなった。それだけの話なんです。しかも頼みの綱の両親はよりにもよって今日日この日単発の休みになったらしく旅行に旅立っている。

早い話が完全に万事休す。なにをどうすればこの状況を打開出来るのかさえ、わからない。そしてそのまま、そしらぬ駅のプラットフォームに私は立ち尽くしていた。



「駅前で野宿かなぁ…、虫もいっぱい居るし危ない人もいっぱい居るよなぁ…公園で野宿の方がいいかなぁ。」

仕方なく絶望しながら野宿の覚悟を決めて、ブツブツ呟くそんな私の様子が明らかに変に見えたのか、一緒の電車に隣同士乗って、一緒にこの駅で降りた少年が声をかけてきたのは今しがたの出来事である。

「お前、確かいつもは少し前の駅で降りるよな?今日は降りなくて良かったのか?」

その人は毎朝通学途中にたまに顔を見る人で、体育祭準優勝。華の出世街道…というより覇道を突き進む学校ではそれなりに名の知れた生徒の轟焦凍くんという。

あまりにもフレンドリーすぎるその問い掛けに、私は不審者でも見るような目つきで視線を向けて固まった。へっ?…あ、はい。まあ…とコミュ障丸出しで返答すると轟くんは訝しげに首をこてんとかしげる。いや、かしげたいのはこっちなんですが…。

何を隠そう私は雄英普通科の生徒、そして彼はヒーロー科生徒だ。実は学校内においてこの両者の間にある壁はほぼベルリンの壁に匹敵する、崩壊したけど。

何が言いたいのかというと、要は私が轟くんを一方的に知ってるだけで、お互い一度も会話した事がないのである。



「今日は用事でもあったのか?」

「ひえっ?!ひゃ、いや、用事とかではないんですが…!」



えっ、なんでこの人めちゃくちゃフレンドリーに話しかけてくるの?マジで面識がかけらもないので反応に困るんだけど。
いっそ下心ありありの不審者だったら心置きなくあしらって逃げられるのに、何故かお相手は心の底から心配している、というふうな顔をしていて。むげに出来ない雰囲気が漂っていた。



「…、?じゃあどうしたんだ?」

「いや、えっと……寝過ごしたというか。」



初めて言葉を交わす人に一体私は何を喋っているのだろう。いやでも、あまりにも彼が自然に友達らしく振る舞ってきたからつい反応してしまったというか。


「そうか…大丈夫か?」



挙動不審な私とマイペースな轟くん。どこまで行ってもその路線は交わることなく平行線だ。

駅はもう夕暮れに染められてオレンジ色が鮮やかに彩られている。カラスが遠くでカアとないて帰宅しろと促してきた。


さらりと大丈夫かと聞かれてもこの超絶挙動不審でホームに立ち尽くしている私が大丈夫に見えるのだろうか。


(いや、八つ当たりもいいところだ。やめとこ、私が悪いんだし。)

ため息と同時に俯く。



轟くんが再度「大丈夫か、」と俯く私と目を合わせながら覗き込んできた。ふわり、とふとせっけんの香りが漂って目眩がしそうになった。

う、わ近っ、本当なんなのこの人!
イケメンだけど距離感おかしいよ!

思ったより近かった轟くんの顔に怯み、絶望に染まり蒼白だった私の顔にほのかに紅が差す。


私は自慢ではないが男慣れとは無縁の存在です。理由は聞かないでください、聞かなくても分かるかもしれないけど。

というか轟くんの目って透き通ったセノーテの様な美しいエメラルド色なんだ。近いからはっきり見える…すごい綺麗で圧倒されてしまう。

彼の瞳に自分が映るくらいの近さに
私ははっと我に帰り、慌てふためいた。




「大丈夫かと聞かれたら人生でも類を見ないくらい大丈夫じゃないですね。」

「俺でよければ聞くぞ。」

「へぇ…!?いや、結構です!」

「何でだ、何か助けになれるかもしれねぇだろ。言ってくれ、何があったんだ。」



ええーーー、助けようとしてくれてる…。
上に最早聞き出そうとしてる…。そんなに気にしてもらうほどのことじゃないよ轟くん。いや、私にとっては一大事だけど。


天然というか変わってるというか…。けども轟くんって実はとても優しい人なんだなとも知る。体育祭の時の雰囲気とは180度くらい異なっていて困惑が隠せない

今はその優しさが嬉しいけど。でも世界は残酷だ。そして、悲しきかな青春。君が私の助けになることは絶対になくて。


「話してもなんにもならないんですって」

「聞かなきゃわかんねえだろ。」


想像の斜め上をいくそうじゃない感。残念なイケメンってヤツだろうか。てかしつけェーーー。



「いや、あの……だから…いや、もういいや。乗り換え路線最終が19時なんで降りたはいいけど、帰れなくなって途方にくれてました。」



観念して私は話した。
降り立ったこの辺りから自宅まではそもそも電車で1時間かかる。歩ける距離ですらないということをわからせるためにも必要な諸行動だったのだと割り切ることにする。なんか、疲れたな…何もしてないのに。



「そうか、……いや、思った以上にそれは大丈夫じゃねえな」

「分かってくれます?この絶望。」

「あぁ、思ったより深刻でかける言葉が見つかんねえ。」

「酷い、私に無理やり喋らせた癖に!」

「悪い。」



不意にプラットフォームに降り立って、初めて後続の電車が再びホームに入ってきた。結構喋っちゃったな…ここまで少しの間だが初めて会話した轟くんのことについて、不慮の事故で少し詳しくなってしまった。なんでこうなったんだろう、本当人生って何が起きるかわからない。


「まあいいや。話聞いてくれてありがとうございました。」


ほんの少しだけ気が紛れました。と自然に笑うことが出来た私はその笑みを轟くんに向ける。なんか、家に帰れないことがくだらなく思えてきた。

人通りの多い駅周辺ならどうにでもなるかと思えたのは、他の誰でもないマイペース過ぎる轟くんのお陰だとまでは思いたくないけども。


「あ、」

不意に轟くんが声を上げて再度此方を向く。はた、と些か間抜け面…失礼。思いついた、と言うようなそんな表情で「みょうじ、」と私の名前を呼んだ。

え、なんで私の名前知ってんの??
本日二度目くらいの不審者を見る目付きが炸裂する。何度も言うが彼とは面識ありません。


「良かったら今晩うち来るか?」

「え?」

「良かったら今晩ーー、」

「あ、ごめんね。聞こえてます大丈夫。そうじゃなくて……何言ってるのかが分かりません。」

「お前、大丈夫か?」


今言われたくない台詞ナンバーワンの台詞を吐いたこの少年の将来が心配だ。さも問題なし、と言わんばかりに当然と提案されましても。意味が分からなさすぎて思わず思考が停止した。

いくら何でもお人好し過ぎるのでは?将来変な壺とか買わされそうで私は怖いよ。



「あの、お気持ちは嬉しいですけど流石に甘えるわけには行かないので結構です。」

「気にすんな、部屋なら余ってる。」

「そういう事じゃなくてだね!!ってちょ、何!なんですか!」

「困ってる奴放っとく訳にもいかねぇだろ。とりあえず行くぞ。」



拒否は聞いてくれないらしい、腕を掴まれて引っ張られ彼の後ろをついて行かされる羽目になる。貴方ありがた迷惑って知ってるかな?!振りほどこうと抵抗しようにも、え、何この人力強っ…。ビクともしなかった。流石ヒーロー科。

そんな彼の半袖から伸びた逞しい腕に少しだけキュンときたのは勘違いだと思いたい。

とりあえず助けておまわりさーん!


ローズオブメイ

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