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※致してないけど注意



冷えた空気が浅い眠りの淵に漂う私の意識を不意に目覚めへと呼び戻す。つん、と鼻から冷たい空気が舞い込んでくる、喉の奥に詰まった瞬間危うく噎せそうになった。




寒い。
身体は暖かいのに顔がひどく冷たい。朧気に散らばる記憶の中では頭まで掛け布団を被っていると思っていたのにいったい何処へ行ったのやら。

醒めやらぬ意識としょぼついた目を精一杯稼働させて、上体を起こす。…寒っ。途端震えが全身を襲った。なんでこんなに部屋が冷え切ってるのだろう、そもそも布団以外が全部寒い。不思議に思い部屋の中を見回してから自分の身体へと視線を向ける。



(あ、)

掛け布団からはみ出した私の状態を再認識しああ、それもそのはずだった。と納得した。


(服どこ……)

現状、布団の下はまごうことなき素っ裸である。勿論それには理由があるのだが。


昨日夜、帰宅してきた焦凍くんにおかえりなさいを言う前に玄関先で襲われた。抵抗も何も出来ずに何が何だかよくわからないまま、抱き潰されたのだ。

曰く最近全くなまえに触れてないからムラムラしてた。とのこと。その顔でムラムラとか言うのやめて。冗談はよして欲しい。

そのまま流れ作業でお風呂で身を清めて、いちゃいちゃしようとか普段そんな言葉選びしたことないでしょ、と薄ら寒くなりそうな言葉を言われたからとりあえずいちゃいちゃして。

実はお風呂に連れてかれた辺りから(もしかして酔ってる…?)と思い始めたり。因みにその予想は当たっていたらしい。



焦凍くんは畳組布団派だ。そして私はフローリング組ベッド派だ。寝室を分けているのに未だかつて私用の寝室で一人で眠れた試しがほぼない、それは何故か。

答えは単純明快であると言わざるを得ない。自室に戻る前に焦凍くんのお布団に連れ込まれるからである。




まあそんな形で普段通り焦凍くんの寝室に連れ込まれて抱き枕にされたのが夜中1時の出来事。その後第2ラウンドに持ち込まれるまでがパターンだった。2度目の情事は最早限界をとうに超えて私は意識を飛ばしてしまった模様。意識のない私を哀れに思ったのか、それとも。彼が身体を拭いてくれたのだろう、事後特有の不快感が無い。



しかし衣服は身にまとっていなかった。
服は脱がせたのなら着せてください、と言いたかった。眠ってるから勿論今は言わないけれど。


それが私が現状全裸であることの理由である。傍から見れば惚気話全開すぎて反感を買いそうだな、なんてそんなふうに思う。




もぞもぞと幸せそうな寝顔を曝けて私の腹部にしがみついている焦凍くんをなるべく起こさないようにその辺に転がっているはずのパジャマを探す。記憶が間違っていなければ恐らく昨晩脱がされたままになっているはずだった。


(あれ…?どこ?)

まだ夜も明けきらぬ外。真冬の夜明けまではもう少しかかりそうだ。暗い室内を寝ぼけ眼で探る。

しかし本当にどこにも見当たらない。え、焦凍くん私のパジャマどこにやったの?
起こすわけにもいかないが如何せん寒い。布団の中は暖かいけども、その温もりだけでは心元なかった。


(ん?)

不意に布団の中を探る手のひらに引っかかった、布団とは違う感触に気付く。それは探していたパジャマにしているサテンのロングペチコートらしき感触だった。焦凍くんの身体に絡みついたそのサテンはしっかりと彼に抱き込まれていて、引っ張っても取り戻せそうにない。


(なんで私のパジャマ抱いてんのかな。)

起こさないように注意を払いつつ、それでも焦凍くんの胸の中からパジャマを奪い取るには相応の力が必要そうで。滑らかな素材なのに一向にパジャマは動かずにいる。


んもー、返してよ。と心でごちて引っ張ったと同時に焦凍くんが小さく唸った。
あ、やば…起きる…?と引くのをやめたけれど、それでも遅かったらしい。長い睫毛に覆われたターコイズとスティールグレーのオッドが夜の闇に光を灯し始める。

ややあって半覚醒状態の目と視線が完全に絡み合う。私たちはお互いに一言も発することなく無言の空間に漂っていた。



「……………はよ。」


言葉足らず気味にようやく口を開く焦凍くん、相変わらずえげつない破壊力の寝起き姿だ……。そう言えば失念していたけど彼も一糸まとわぬ姿で眠っていたらしい。見慣れたはずの胸板があまりにも逞しくて、色気が溢れていて。

くらりと目眩に襲われた。

「おはよう」と少し掠れた声で返す。朝が近いからか声の出が悪い。いや、やっぱり違うな。昨日散々喘がされたからだと思う。



「なまえ、……まだ夜中だぞ。」

何してるんだ?と無言で目が物語っている。僅かに首を傾げながらそういう彼はもう一度眠りにつこうとした。お前も寝ろと言わんばかりにパジャマを掴む手を解かれ腕の中に閉じ込められてしまう。


「寒いからパジャマ着たいの。」


胸を押し返し、距離を取ろうと力を込める。狭い布団の上に男女二人。距離を離すと言ったところでたかが知れてるものだが、ゼロ距離ではパジャマを着ることさえ叶わない。

依然押し込もうとする焦凍くんの腕に抵抗していたら、同じく少し掠れた声で再び焦凍くんが問いかける。


「パジャマ…?」

「そう、それ。」


抵抗する腕で胸元に巻き込まれたペチコートを指差す。オッドの瞳から視線がゆっくりと下りて、白くて滑らかなそれへと注がれた。


「あぁ…」

私を捕まえたままの腕を解き、彼の手がするりとパジャマを手に取る。何故パジャマを手に取っただけなのにこんなにも艶やかなんだろう。滑らかな動作に見惚れ、サテンを弄ぶ指先と形を変えた布を交互に見る。


ようやくペチコートが私と焦凍くんの間に差し出され、受け取るために手を伸ばした。



しかし差しだされたペチコートを掴もうとした私の手は、直後予想を裏切って見事に空振りすることになる。

「…えっ」

何故かペチコートが足元へと勢いよく飛んでいった。

放物線を伴い緩やかに乾いた音を発しながら畳に落ちる。ぱさり、と情けない音。
彼の振り下ろした腕をなんとも言えず黙って見つめていたら、そのままゆったりと布団の中に戻されていく。

え、何事?と思う間もなく次の瞬間には視界が反転し、気がつけばまた焦凍くんの腕の中にいて。


「ちょっと?」

「まだ、まだこのままがいい…。」


目覚めた時よりも更にきつく、ぎゅうと抱き竦められていた。外気に晒されていた肩口まで再び布団が被せられて視界いっぱいに焦凍くんが広がる。私の様子を確かめるように、大きな手のひらで頭から肩、胸まで撫で下ろされ、そのくすぐったさに身を捩れば、満足そうに彼は静かに笑った。


「なんか、幸せだな。」


「………そうだね、」


幸せだと笑う焦凍くん。うっすら開かれた唇が、長い長い睫毛が、全てが何故だか酷く愛おしかった。
抗議してやろうと思っていたのに、ぜんぶ君の所為で霧散してしまって。残っているのはほわほわした心地いい何かだけ。



無性に私の中を彼で満たしたくなってしまって。深く深呼吸をすると私と同じシャンプーの香りが、彼からはしていた。それから同じ洗濯物の香りも。

全てが同じ。
ひとつの空間に揃って同じものを食べて同じ匂いをまとって、文字通り夜にはひとつになるまで身体を重ねあって。

これが幸せの形っていうのかな、近すぎてたまに忘れてしまう奇跡の正体はこんな小さなものだけど。それでも愛でるように瞼と唇に羽根みたいな軽いキスをしてくれる焦凍くんとなら、こんな幸せも私には最大級の贈り物だ。

引き続き裸のまま眠ることになっているけど、彼の体温が先程よりも少し高くてとても暖かいから気にしないことにしようか。今日だけだからね、と胸中で釘をさしておこう。


力を込めて身体に抱きつく。お互い何も着ていなかったからダイレクトに心音が伝わってきて、静かな水面に波紋が広がるように幸せが伝播していった。私と焦凍くんを分ける境界ごと取っぱらって細胞ごとにひとつになってしまえば良いのにな、なんて叶いそうで叶わない願望をそっと呟き、私は目を閉じた。



外は真冬、明日は雪が降る予報。そして布団の中は世界でいちばん暖かい場所。


きみでうめてよ、わたしのぜんぶ

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