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私の名前はみょうじ なまえ。
雄英高校ヒーロー科の一年A組。
誕生日は7月6日、得意科目は家庭科。
個性は髪の毛を自在に操る操髪です。
家族構成も友人関係も良好。
ヒーローを目指すどこにでもいる普通の女子高生……だったんだけど。
ひとつだけ、皆には言えない秘密があるの。
「キャーーー!!キングリアーー!!」
「えっ、本物?!」
ビルの屋上でゆったりと手を振り先程捕まえたばかりのヴィランを警察に明け渡す。鮮烈な赤のマントが風に揺らめいていた。
キングリアと呼ばれたその少女は眼下に広がる野次馬の波を一瞥し、ビルから軽やかに飛び降りる。空中で一回転、二回転。まるでダンスでも踊っているかのように、ふわりと静かに着地した少女はにっこり笑って聴衆へとアピールする。
響き渡る歓声とカメラのシャッター音。その中心に佇むピエロ姿の謎多きヒーロー。明日の新聞にもまた載るのだろう、見出しはきっと「キングリア激写!謎多きミステリアスヒーロー出現!」とかそんな感じだろうか。
笑顔はけして絶やさずに。自身のフォロワーへと見せつけるようにマントを翻し再び街の喧騒へと素早く駆け、そして紛れていった。
キングリアとは最近世間を騒がすスーパーヒーローだ。ヒーロー自体世間を騒がす存在ではあるけれど、その中でも今一番アツいヒーローと言っても過言ではない。そこまで言われる理由はいくつかあるけれども、なんと言っても 彼女 のミステリアス性とド派手な強さ、そして日本全国をまたにかける常軌を逸した神出鬼没さに収束するだろう。
初めての出没は約2ヶ月前。
デカくて強いヴィランが某都市郊外に出現した時のこと。現場にすぐ向かえるヒーローがおらず被害の拡大が懸念された緊急事態の折に、彼女は現れた。
コミックやアニメで描かれるようなデフォルメされた王様の王冠と真っ赤な赤いマントを羽織り、顔にはピエロのマスクをした、さながら昔流行った魔法少女の様な出で立ちの少女がどこからともなく現れ、清々しい程の暴れっぷりでヴィランを殴り倒したのだ。
彼女の名前はキングリア。シェイクスピア作品の、悲劇王の名を冠した少女は名前こそ悲劇的だったがその圧倒的な強さは悲劇的というよりは喜劇そのもので超絶パワーで殴り倒す、超スピードで天地無用に駆け回る等コミックヒーロー並のスーパーパワーを持っていた。
どれだけ遠い場所だろうが瞬時に駆けつけてあっという間に解決し、瞬く間に退散するスーパーヒーロー。
当初よりこれ程の逸材はいないだろうとマスコミが群がり、正体や事務所を探ったが、今に至るまで素性は愚か個性も出自も一切が不明なままとなっている。
…………というのが一般のキングリアに対する認識なのだけれど。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだと思う。
降り立った路地裏で、人の気配を探る。
野次馬のバリケードを突破し人気のない所まで走ってきた 私 は息をすこし切らせながらようやく立ち止まり、後ろを振り返った。良かった、誰もついてきていないみたいだ。
「よし、変身解除。」
唱えると同時に眩い閃光が螺旋を描き私の周りを旋回する。光のカーテンが下りて、きらびやかなドレスが光とともに消えていく。
光が収まり目を開けた時には、謎のヒーロー・キングリアからしがない女子高生のなまえへと戻っていた。
そう、みんなにも言えない特別な秘密とは
私がキングリアの正体であるということである。
私はある日キングリアとかいう謎の美少女ヒーローに変身するようになった。
そして突然現れた異世界の妖精の協力を経て、日夜通常のヴィランとは異なる更に大きなヴィランと戦わさせられている。それがキングリアの正体だ。
色々個性はなんだ、とかどこから現れた、とか正体は、とか騒がれているが……答えには誰もたどりつけない気がする。だって異世界の妖精の力を借りてスーパーパワーが発現した女子高生ヒーローなんて、本当誰が信じてくれるだろう。
誰にも言い出せないままにキングリアに変身し、求められるたび戦って。しまいにはここまで来てしまっている。最近実は少しキングリアを引退したいな、なんて考えていた。
「バレないように帰ろ…」
さて、今日も急な呼び出しだったが人助けのお勤めも完了したので本日はキングリア終業します。家まで県一つ跨いだ所に今はいるが電車を乗り継げば帰れるだろう。
気を取り直してふらりと踵を返し大通りへと歩きだそうとした刹那、大通り方面から人影が歩いて来ているのが見えた。
目を凝らして見ると、デジャブ感のあるフォルムが少しずつ見えてくる。やっぱり見たことある気がする、と記憶と照合すればするほど予想の人物と影が統合されていった。
足音軽やかに近づく人影。もうすっかり誰だか判別できるくらい近いのに、まさかそんなはず…と信じることができずにいる。
……あれって…もしかして。うーん、見間違いじゃなければ多分そうだと思うんだけど…。待って、そもそもなんでこんなところに彼がいるの?
「みょうじ……?」
「え、轟くん?」
クラスメイトの轟くんが、そこにいた。
制服のまま立ち尽くしている彼は些か息が上がっていて、急いでここまで来たのかと疑問に思いながら尋ねる。
「轟くん、こんなところでどうしたの?」
「キングリアが、こっちに走ってくんのが見えたから…来てみたんだが、みょうじもいるなんてな。お前こそ、こんなところで何してんだ?」
「えっ………、あ、そうなんだ!私もリアが見えたからつい追って来ちゃった。」
「へえ、みょうじもキングリア好きなのか」
「へぁ?!」
キングリア好きなの?!と声に出しそうになって思わずおさめる。どうやら彼はキングリア…もとい私を追ってここまでやってきたようだ。へえー、轟くんがキングリア好きなんて意外。
いや、キングリアは今や学校でも話題だけど何となく彼はそんなミーハーな感じに見えないかったから。予期せぬ嬉しさに思わずにやけそうになる頬を張り詰めた。
いつも人知れず熱い視線を向けていた人から好きだなんて言われたら舞い上がっちゃうよね。まあ、この場合の好きって正確には私じゃないんだけど。
人知れず路地裏で邂逅した私と轟くん。学校以外の彼の姿にドキドキしつつついつい接点を持ちたくて、話を合わせる。
「うん、私もキングリア好きなの!強くてかっこいいよね!でも轟くんがリア好きだなんて意外だなぁ。」
「嫌いな奴なんて少ないんじゃねえか?」
「そ、そうだね。」
なんか手放しに大絶賛されると物凄く照れるなぁ。正体がバレてるわけでもないのに自分に直接言われてる気分だ…いや、まさに自分のことなんだけど。
ふとどうしても邪な気持ちが優ってしまって。き、聞きたい…どんなところが好きなのか聞きたい。あわよくば中の人も好きになって欲しいとさえ思う。
いやいや、姿を偽ってそんなこと聞いちゃダメでしょうと私の中の天使が諌めるものの、結局欲望に勝てず「キングリアのどんなところが好きなの?」と聞いてしまった。
「俺はリアの顔が好きだ。あと戦ってるところも凛々しくてカッコいいと思う。…みょうじと似たような理由かもな。」
「か、顔……?顔なの?え、なんで顔?」
「…そんなに気になることか?」
顔…?顔が好き、だって?はっ、いけないいけない…!顔が好きとか言われて我を忘れてしまった。だって顔だよ!?変身してピエロのドミノマスク着けてるけどそれ以外はほぼ私なんだよ!?どうしよう、やばい。…もう学校でもずっとマスク着けてようかな。
これではキングリアというより一人の恋する女子丸出しだ。完全にオフになってたよ…。本当好きな人のことになると私は駄目だ。
「ほ、ほかには?」
「他?」
「そう、例えばリアの顔以外にもどこが好きになったのかなって。」
「顔以外…。」
欲が出てしまってから、ずっと私の中の悪魔が囁いてきている。聞けるとこまで聞いちゃえよ!と悪の方へ道を示してくる。対する天使も頑張ってそれを止めようとしてくれていたが、今の私は完全に悪魔の味方をしてしまっていた。
轟くんが顎に手を当てて考え込む。悩ましげなお顔もそれはそれはたいそう美しかった。絵画のモデルのような憂いを帯びた表情。大して時間は経っていないというのに、長いこと眺めているような。そんな気分になる。
あ、と小さく声を上げて轟くんが私の顔を見た。
心なしか輝いているようにみえたその視線。あどけなさすら残る少年のような瞳をにわかに細めたかと思ったら、その後続けて「みょうじに似てるんだ。」と言った。
「ん?私に似てる?」
「ああ。」
しばしまた考え込んで押し黙る。つられて私もそれ以上言葉を紡ぐことが出来なくなった。私に似てるからリアが好きなの?…うん?どういうこと。
まるで意味が分からない。轟くんのその言葉に面白いように惑わされる。私はキングリアの好きなところを聞いたんだよね?それで、顔と強いところが好きだって一度目の返答が帰ってきて、二度目聞いたら次は私に似てるところが好きって言われた。
それは返答になってない気がするのですが。
「ごめん、確認してもいい?」
「何をだ?」
「轟くんはリアの顔と強さと、あと私に似てるところが好きなんだよね?」
「そうだな。」
「最後おかしくない?」
「そうか?」
……え、おかしくないの?
いや、どう考えてもおかしいと思うよ轟くん。だってそれじゃまるで、私を好きだって言ってるようなものじゃない?それはさすがにないと思う。
目に見えて狼狽する私。自分から聞いておいて返す言葉に困り沈黙した。これは告白ですか?と聞いてしまえればすぐ楽になれるけれど、間に流れる微妙な空気がそれを阻む。何故か外は寒いはずなのに少しだけ体温が熱く感じられた。
私が真意を語るのを、轟くんは引き続き待ってくれているようだった。待ってもらってる所ありがたいけど返す言葉が見つからないんだ。
「俺は、」
「……うん?」
結局黙りこくる私を見て痺れを切らしたのか、それともただ沈黙に耐えきれなくなったのか。次いで語りだしたのは轟くんで。
びくりと私は肩を跳ねさせながら轟くんの言葉に耳を傾ける。なにを言われるのだろう、聞くのが少しだけ怖いような……。
「どっちかといえば、みょうじが好きだから、みょうじに似てるリアも好きだって方が正しいと思う。」
そう告げた顔は先程とは異なり僅かに赤らんでいる。そしてゆっくりと頬に手をあてて視線を逸らす。ばつが悪そうに頬をかいて、形のいい唇をすっと、真一文字に結んだ。
私は知っている。
轟くんは、照れくさい時とかいたたまれない時とかにああやって頬に手を当てて、伏し目がちになるんだよ。
ずっと憧れていたから、知ってるんだ。
「そっ……かぁ。」
「あぁ。」
「……照れるなぁ。」
どうしよう。やっぱりとんでもないことを言われてしまった。もう、完全に彼のフィールドに引き込まれてる。こんなとき、なんて言えばいい?これってそもそも告白?ちょっと訳が分からない。
突然好きな人から告白紛いの暴露をされた場合の対処法はなんだろう。黙ること?イエスということ?でもこれ告白なの?友人として好きで、志を共にする仲間やライバルとしてもカッコいいと思ってるという「好き」である可能性はない?
轟くんなら有り得るでしょ。だって轟くんだよ、こんなにかっこいい人が私を好きになるかなぁ。リアの方ならまだしも中の人の方は至って平凡。私のどこを好きになってくれるのさ。そうだ、そうに違いないよ。
「そんな風に言ってもらっちゃったら……もっと頑張らなきゃいけないね!」
現実から逃げるのはいつだって私の十八番。ヒーローとして逃げちゃいけない時からは流石に目を逸らさないけど、こういうどうしようもない時は逃げるに限ると思う。だってそんなわけない、と本能が告げているから。
無理やり笑顔を取り繕って現実から逃げ出した途端、心の中で別の私が悲鳴を上げた。
真っ直ぐ射抜かれていた瞳同士を違わせて、彼の目から逃げる。多分普通に会話していたら生まれないようなおかしな空気が漂っているのに、それでも轟くんは何故かここから立ち去らない。
私はもう帰りたくて仕方がないんだけどなぁ。しょうがない、強引に帰るか…!明日からまた普通に接していけばいいよ。今日のことはきれいさっぱり忘れてしまおう。
そう思うのに、
「みょうじ。」
「っ……、何?」
私を依然真っ直ぐ貫く両の瞳が、私を現実に押し戻す。強めの語句で問いかけられればそれに反応せざるを得なくなって。あ、しまった、つい反応してしまった。と思った時には轟くんが既に口を開いていた。
「返事はくれねぇのか。」
「へん、じ??」
「好きだ。」
「……リアが、だよね?」
「ちげぇよ、まだ誤魔化すのか?」
どうやら現実と轟くんから逃げようとしていたことがバレていたらしい。はっきりと言葉で好き、だと言われれば否が応でもやっぱりあれが告白で間違いなかった事実を突きつけられる。
「あ、え……え?」
「返事は、今じゃなくてもいい。」
考えといてくれ、そう言い放って僅かに頬を染めた轟くんに頭を撫でられる。優しくて大きな手のひらだ。この手に触れられるときが来るなんて、思いもしなかった…。
つられて私も彼以上に頬を染める。めちゃくちゃに熱をもってしまった顔が恨めしくて仕方ない。この真っ赤な顔だけで既に返事として完成してるような気がするのだけども。恐る恐る顔を上げれば、案の定私の顔を見て轟くんはゆったり微笑んだ。
「可愛いな、なまえ。」
ねえ、その言葉ってリアに向けた言葉じゃないよね?始まりはリアだったけど。中身の私を好きになってくれたんだよね?今度こそ逃げないからさ、お願い。また明日ぜったいに返事するから、だから。そしたら私を好きだっていう証明をしてもらってもいいですか。
美しく化ける恋心