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“大爆殺神ダイナマイトは、過去に一度想像を絶する程のバッシングを受けている。“


3年ほど前、大型ショッピングモールで起きた巨大ヴィラン襲撃事件。その被災者の救出時に誤って個性を被災者の女性に当ててしまったのだという。

女性は被災から2日経過してからの救出となったが、搬送された時には既に著しく衰弱していた為、一命を取り留めたものの心や身体に深い傷を負ったとして、今も尚何処かの施設に入院を余儀なくされているようだ。
なお現在は当時の大爆殺神ダイナマイトの個性使用の判断は概ね正しかったとされ、彼が瓦礫を爆破していなければ被災者の女性はそのまま亡くなっていた可能性が高いと見られている。
今となってはヴィラン検挙率、現着スピード共にトップクラスのプロヒーローとして名高い大爆殺神ダイナマイトだが、彼にもこのような時期があったということは、意外と知られていない。



調べてみれば、殆どのサイトがそんな風に大爆殺神ダイナマイトというヒーローのことを紹介していた。

一通りめぼしいサイトを全て読み終えて、深くため息を吐きながらスマホを閉じる。どれも拡大解釈、もしくは独自理論のオンパレードで、なんなら被災者女性は今も入院を余儀なくされているとか書かれている始末で、何件ものサイトを巡る度にため息がとめどなく溢れた。

当の本人は、事故から数週間の入院生活の末元気に出勤を果たしており現在も入院中という訳ではない。あと一応肩に負った火傷が後々後遺症を併発するかもと言われていただけで、命そのものに別状はなく、さほど重症という程でも無かったように思う。けれどそう考えたところで、それを伝えられる人などどこにも居ない。記事の執筆者に連絡を入れる?当時の記者に申し入れをする?馬鹿馬鹿しい。私にとってこの事故は既に終わった出来事なのだ。だから今更このことでとやかく騒ぐつもりはなかった。

そう、既に終わった事件なのだ。なのに何故。
今になってこんなことになるのだろう。

閉じる直前に見ていたサイトでは、大爆殺神ダイナマイトが被害者女性の入院している病院まで謝罪に来ていた時のことが写真付きで載っていた。都内の大病院に赴いて謝罪をするダイナマイトとの紹介文で、3年前の爆豪さんがそこに写っている。画質も荒いし、スーツまで着ているからか、勇猛そうな瞳は写真からは感じ取れない。それでも誰が見てもそれが大爆殺神ダイナマイトであると言えるような、いつになく真剣な眼差しの爆豪さんが写っていた。
とはいえ問題はそこではない。担ぎ込まれて入院生活を送っていた、忘れるはずもない病院が、彼の背後に写っていることの方がよっぽど問題なのだ。


確かに終わったはずの事故ではある。しかしそこに爆豪さんが関わっているとなると話は別だった。
以前爆豪さんは私の肩の傷を見て「この傷なんだ」と聞いてきた、思えばあの時の彼は、一体何を考えていたのだろうか。

彼のことを深く知るより前だったなら、きっと深く考えず私は逃げているのだろう。けれど今となってはそういう訳にもいかない。





「どういう風の吹き回しだ。」
「とは言いつつきちんと出てくれるんですね。」
「………用がねえんなら切るぞ。」
「あ、ごめんなさい、切らないで。」

電話口から聞こえてくる声は、いかにもぶっきらぼうで、まるであの日のいざこざなんて何も無かったかのような何も変わらない対応ぶりだった。
電話する直前まで、正直指が震えて中々踏ん切りがつかなかったのだけれど、いざ彼が電話に出てくれるとその震えも嘘のように無くなり今は以前と同じように軽口を叩くことが出来ている。幸か不幸か、離別前の態度から何も変わらない態度で接してもらえたことに、私は安堵した。

「今って忙しいですか?」
「あぁ?忙しいに決まってんだろーが。」
「忙しいのに出たんですか。」
「……文句あんのか。」
「いえ、有難いなと思って。」
「いきなり電話しといて世間話たァ、ナメてんな。」
「すみません、本当切らないでください。」

とりあえず勇気を出して掛けてみた、そこまでは良かった。何も知らせてくれないくせに!と一方的にキレた私が今更どの面下げてアクションを起こしているんだと我ながら思うが、それでも直接伝えなければ気が済まないことがあったから、これはこれで良い幸先だ。

ただ、問題は切り出し方を考えていなかったことである。切らないでくださいと懇願したからなのか、爆豪さんは電話を切らず私から要件を言い出すのをただ黙って待ってくれている。にも関わらず、私の方はと言えば何を伝えるでもなく、ただ黙ることしか現在アクションが出来ていない。

突然言い出しづらくなってしまったのは、ひとえに爆豪さんの態度があまりにも元通り過ぎて、覚悟が揺らいでしまったからだった。
やっぱり何も言わず前みたいな曖昧な関係で終わらせるべきだったのかもしれない。そんな考えが今更ながら脳裏を過ぎる。しかし事態は最早爆豪さんが電話に出るというところまで進行しているので、ここで下手に誤魔化そうとしても、彼が納得するはずもなくて。

「お前はどうなんだよ。」
「え?」
「忙しいんじゃねェのか。」

それでも電話しといてダンマリかよ、等と突き放さない辺りが本当に彼らしいと思う。ナメてんのかとは先刻私に向けて爆豪さんが言った言葉だ。それなのに、次の瞬間爆豪さんの方から世間話を切り出されるとは思わなかった。流石と言うべきかなんと言うべきか、である。

「忙しいですよ、お陰様で大盛況です。」
「だろうな。」
「最後にって常連さんがいっぱい来てくれてて」

辞めることを常連の人達に連絡したからか、あれからの私のスケジュールは最終日までギッチギチに詰まっていた。3年という短い期間ではあったが、私はきっと良い人達に囲まれていたのだと思う。

爆豪さんは何も言わず私の話に耳を傾けてくれていて、時折挟まれる相槌からは迷惑がられているような気配は無い。とりあえず良かった。安堵しながら他愛もない近況報告を続ける。その時ふとあることに気づいた。

……そういえば、彼には辞めるということを伝えていなかったような。

「あ、そういえば私辞めるんですけど。」
「そうかよ。」
「その感じだともしかして知ってたんですか?」
「今初めて聞いたわ。」
「連絡しなくて怒ってます?」
「別に。」

やっぱり私は爆豪さんに辞めることを伝えていなかったらしい。あまりにも落ち着き払って聞いてくれているから知っていたのかもなんて一緒考えたけれど、どうやらそういう訳でもないようだった。

お前にとって俺がさほど重要な客じゃなかったっつーだけのことだろ。顔が見えないからどんな感情を伴ってその言葉を彼が吐き出しているのかは分からないが何の気無しに呟いたこちらの言葉に対して爆豪さんがそう続ける。
そんなことないです、と返せるような立場では最早無い。何も言えなくてそのまま黙った。何か言わなきゃと思っても頭には何も浮かばない。自分から連絡しておいてこの体たらくとは、本当情けないな。

「俺があん時向いてねぇっつったからか。」
「……違います、根には持ってるけど。」
「根に持ってんのかよ。」
「持ってますよ。何も知らない癖に偉そうに、って何度も思ったくらい。」

目の前に居たならば掴みかかっていた、と私は笑い混じりに返す。爆豪さんの正体を知り、今までの行いやあの態度の意味を理解した今となってはそこまでの怒りでもないけれど、あの時は兎に角彼に対してムカついていたのである。

でも、そういえばどうしてあそこまでの怒りが沸いたのだろうか。

仕事に対してはプライドもあった。借金を返さねばならないという自覚だってあった。だから何も知らない癖に言ってくれない癖に私の何を知ってるんだ、まだ辞められない理由があることだって知らないくせに、そんな思いが込み上げたのも確かだった。でも、以前の私なら精々その程度で済んでいたはずなのに、どうしてそれで収まらなかったのか。

いや、本当は分かっていた。最初から全て。
私はただ、彼に認められたかっただけ。ただ彼を求め、そして求められたかっただけだったのだ。

「でも、全部どうでも良くなりました。」
「……なにが」
「辞めたのは単純に辞めても問題無いくらいお金が貯まったからです。」

貴方に言われてって訳じゃないから、自惚れないでくださいね。そう呟けば爆豪さんは「ウゼェ」と一言いつも通りの雰囲気で返してくる。私も私でいつになく素直じゃなくて、でも変なところで驚くほど素直だった。まさかこんな話を爆豪さんとすることになる日が来るとは。出会いが出会いじゃなければこんな風にならず済んだのかな、なんて考えては幾度も自身で否定してきた。けれどそれも、もうすぐ終わる。

「次はもう決まってんのか。」
「次は知り合いのところで働く予定です。」
「そりゃ良かったな。」
「……ありがとうございます。」

それもこれも全部あなたのお陰なのだと、一瞬でも考えただけで泣きそうになった。彼は私を罪滅ぼしの一環で買ってくれていたに過ぎないという真実を思い知っては、泣きそうになった。最早言い出すことさえどうしようもなく怖い。でも、言わなくては。

「ねえ、爆豪さん……」
「ンだよ」
「爆豪さんなんですよね?3年前の事故の時、私を救けてくれたのって。」

私は本当はこんなにも弱い女だったのか。言うや否や最後の方の語尾が震えかける。それを何とか誤魔化しながら「忘れててごめんなさい」と呟けば、爆豪さんの方からは僅かに息を飲んだような音がした。

恐らく彼も私の様子が明らかに変なのを察している。それでも敢えて言わずにいてくれていたことに対しては感謝しかない。その話が出てくることもある程度想定済だったのか、爆豪さんが動揺した素振りもさほど見られなかった。


つかの間の沈黙。彼との会話で沈黙が苦痛になったのは久しぶりだ。以前は何かと怖い人だと思っていたのに。どうしていつの間にかこんなにも失恋するのが恐ろしくなってしまったのだろう。

「あんだけの目に遭っといてフツー忘れねぇだろ。」
「救出された直後なんて記憶無いでしょ。」
「すげー騒がれてただろうが。」
「それどころじゃなかったんです。」
「……そういやテメェは筋金入りのアホだったな。」

ハッと吐き出すようにして彼が笑う。小馬鹿にしたような笑い声でさえ、寂しく感じてしまうのだから重傷である。

その時背後からダイナマイトさーん!と彼を呼ぶ声が電話越しに聞こえてきた。そういえば電話に出てすぐ忙しいって言ってたけど、まさか今も現在進行形で現場にいるのだろうか。

「ごめんなさい、忙しいって言ってたのに。」
「こんなん大した事ねぇわ、ナメんな。」
「いや、そんな喧嘩腰にならなくても。」

忙しなく響くサイレンの音。それから人のざわめき。彼が電話に出たことによってすっかり意識を削がれていたけど、今日は大晦日だ。そりゃあもう吐くほど忙しいにきまっている。タイミングをもう少し考えるべきだったかもしれない。……今さらだけど。

何らかの事後処理に追われているらしき爆豪さんの雰囲気にいよいよ時間切れを悟った私は、覚悟を決めて口を開く。

「爆豪さん。」
「あぁ?」
「威嚇しなくてももう切るから……でもその前に、最後に一つだけ。」

一呼吸置いて、言おうと思っていた言葉を頭に浮かべる。さあ、これを言って、もう最後にしなければ。
もう二度と会うことは無いと思っていた。けれどそれでもこうやって最後に話が出来たということは、最上の幸運だ。

「貴方のお陰です。ありがとう。」


好きだと伝えることはしなかった。このまま隠し通して忘れるつもりだった。何故そう考えたのかと言えば、爆豪さんの性格を考慮した末の対処である。

彼にとって、私はただの負い目がある被害者の一人にすぎなかった。そんな人間が想いを告げたところで、どうせ彼の足枷にしか成れないのならば、言わない方がきっといい。それが短い間ながらもソープ嬢の源氏名として、大爆殺神ダイナマイトというストイックなヒーローに恋をした、私なりの答えだ。

不思議と失恋しても涙は出なかった。心なしか晴れ渡った青空の様な清々しさを感じ、ふと笑みが零れる。ごく短い間だったけど決して悪くない恋だった。だからなのだろうか、思ったよりも悲しくない。

「じゃあ、これからもお身体気をつけて。」

そう言って、私は電話を切った。





通話終了のボタンが点滅している。爆豪さんとの奇妙な関係が、虚しい電子音と共に終わりを告げていた。
はぁ、と一つため息を吐いて画面に落としていた視線を元に戻す。大晦日だからか、電話を掛ける直前に見ていたバラエティ番組は相変わらず騒がしい。

今年ももう終わりだなぁなんて独り言のように吐き出して、特にやることも無くなった私は何をするでも無くソファから立ち上がる。テレビも丁度CMになったのでタイミングとしてはいい頃合いだろう。

部屋の外へと向かった辺りで、不意に机に置きっぱなしにしていたスマホが鳴った。短い振動ではなく、大きな音だった。どうやら電話が鳴っているらしい。

「………は?」

時間的にはあともう数時間程で年越しである。そんな時に、一体誰が。踵を返してスマホへと手を伸ばす。そして、画面を見るなり私は酷く抜けた声を上げることになる。


「……はい?」
「言うだけ言って切りやがってよォ……。」

自分だけ気持ちよくなってんじゃねえぞ、と電話口からドスの効いた声がした。突然の事態に、頭が理解することを拒み始めたのを感じる。しかし電話に出てしまった以上は何もかもが手遅れなようで。

「ばく、え、なに」
「だァから、言うだけ言って切るなっつっとんだ。」
「へ?……え?」
「どうせテメェのことだから調べただけで、俺のこと分かった気になってんだろ。」
「分かった気って、何の話を……」
「甘ェんだよ全部。」

あまりにも理解が追いつかなさ過ぎて普通の言葉すら話せない。私は今、一体誰と、何を話している?

言わずもがな、電話は爆豪さんからで、その内容は勝手に電話を切るんじゃねぇよという申し出だった。無論、私に勝手に切ったつもりはなく自然な流れで終話していたように思う。何か言いたげなのを遮ったということもしていなかったはずだ、多分。

「本気で最後にしてェなんて1ミリも思ってねーんだろうが。」
「……何を根拠にそんなこと言うの。」
「前も言ったろ、本気で思ってる奴の態度じゃねえってよ。」

盛大な舌打ちとため息。先刻まで片思いをしていた相手から取られていい態度ではない。とはいえ今はそれよりもっと重要なことがある。だから、生憎舌打ちごときに気を取られている場合ではなくて。

声しか聞こえないのに、まるでその光景が目の前に浮かんでくる様だ。明らかにイラつきながら頭を掻きむしってそうな声色で彼が唸る。対する私はどんな態度をとるのがはたして正解なのか、よく分かっていない。何なら会話を続けながらも「何なのホント」と可愛くもないことを宣ってしまう始末だった。我ながら本当に、可愛くない。

直後爆豪さんが不意に「あー、クッソ」と吐き出した後、一際大きな舌打ちを零す。

「おい。」
「な、なんですか。」
「お前、いつまであの店居んだ。」
「……来月の15日まで。」
「ならどっか1日くらい空いてんだろ。」
「空いてます、けど」
「いつ」
「……10日」

そこまで聞いたら誰だって嫌な予感を覚えるものだろう。聞けば彼からはごく当然だと言わんばかりの「じゃ、そこだ」が返ってきて、何となく察していた通りの展開になったなぁと独りごちた。

「今さらもう私に構う必要ないのにどうして?」
「一々面倒くせェ女だな。」

どうしてそこまで。以前も同じことを聞いたような気がする。とはいえ、聞いたところで望む答えが返ってこないということを、私はもうわかっていた。そして望まれてしまえば抗えないということも。私は、分かっているのだ。

全てわかった上で聞いたけれど、やっぱり返ってきた言葉は「良いから大人しくお前の一日俺に寄越せ。」という一言だけだった。そして拒否権はどうやらない模様。

なんて横暴。なんて身勝手。けれどそんな人に惹かれて、勝手に逃げようとして、そして見抜かれたにも関わらずそれを心のどこかで喜んでしまった私もまた、大層身勝手な女に違いない。

ファースト・エイク

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