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久しぶりのオフは、前々からウィンドウショッピングに勤しむと決めていた。

早くに起きるのはもちろんのこと、少し離れた場所のモールに行って、気に入った服があれば買おうかな、なんて。普段殆ど自分のためにお金を使っていないから、今回ばかりは家族も許してくれるだろう。そう思ってやってきた、郊外の大型商業施設。今日は世間で言うところの3連休というやつらしく、館内は沢山の人でごった返していた。3連休に自身のオフを重ねるのは、はたしていつぶりだろう。生憎一人で何処か出掛けたりするのは嫌いじゃなかった。元々友人と呼べそうな人もほとんど残っちゃいないので、いつの間にか一人で何処にでも出ていく癖がついていた、という方が正しいのかもしれない。

今現在良くしてもらってる人の殆どがリ・ルージュ関連の人達だなんて、一昔前の私が知ったら大層驚くだろう。……そういえばその中には爆豪さんも入ってるのかな。思い出すと少しだけ胸の奥がざわめいた。

あの日から、ずっとそうだ。私のことを以前から彼が知っているということに気付いた、あの日から。それに見て見ぬふりをしてからは早いもので既に幾日か経過しようとしている。爆豪さんからの予約や連絡は今のところ無い。だから、会うのはこれが実に1週間以上振り、ということになるのだが。



「テメェがなんでこんな所に居んだよ。」
「え……、っと」

開口一番。彼がこれでもかと眉間に皺を寄せて呟く。私は、キョロキョロと視線を動かすことくらいしか、返答らしい返答が出来そうになく。そんな私の様子を見たからなのか、更に爆豪さんの眉間の皺が深まった。
コスチュームに身を包んだ爆豪さんは半分瓦礫と化したエレベーターの扉に手を置いたまま固まっている。私も同じく彼の顔を見つめ返しながら、固まる。お互い一言も発さなかった。否、発せなかったというのが恐らく正直なところだ。

彼の背後には他にもう何名かのヒーローらしき人達がいて、私の無事を確認しようとエレベーター内を覗き込んでいた。一向に動かない爆豪さんを見て不審に思ったのか、ダイナマイトさん?なんて呼びかけている。

それでも彼は動かずただひたすらに私のことを見つめていた。理由は、よく分からない。が、やがて漸く件の“要救護者”が私であることを悟ったのか、聞きなれた舌打ちをひとつ落とした後、私の腕を掴んだ。

ぐい、と引かれた勢いでバランスを崩してしまい、彼に支えられるのも最早お決まりのことで。
「気ィ付けろ 」と耳元で声が聞こえる。爆豪さんの声だ。あんなにも仏頂面してた癖に、と一瞬考えるけれど助けてもらっている事実がある以上は余計なことは言わないでおく。

「マジでこんなんばっかかよ、お前」
「え?」

瓦礫を避けながら外へ出た時、彼がぽつりとこぼした。意味がわからず直ぐに聞き返したけれど、結局彼から返ってきた答えは「なんでもねェわ」という一言だけだった。








折角のオフの日がこうなってしまうと知っていたならばきっと、私は最初から今日は外に出ずゆっくりするという選択肢を取っていたに違いない。


本日、私が向かった大型商業施設でとある事故が起きた。……今どきの個性社会、何も起こらないというのが既に珍しい方ではあるのだろうが、両親と遊びに来ていた男児の個性が暴発し、モール中にあるエレベーターの全てが緊急停止したのは、どうやら14時過ぎのことらしい。幾つもあるエレベーターの中でもとりわけ被害が大きく、遠隔操作で扉の開閉が出来なくなったエレベーターのうちのひとつに、残念ながら私が閉じ込められたというオチである。そしてその事故の救助にやって来たのが何を隠そう、爆豪さんだった。

ちなみに何故爆豪さんがあの場に居合わせたのか、という理由だが一応は偶然だそうで。管轄内にあるモールでエレベーター閉じ込め事故が起きたとの通報があり、中でも幾つかのエレベーターが若干まずい状態になっているから救助をお願いしたいと要請されてやって来た先で、要救護者が閉じ込められているエレベーターの扉を壊してみたら中に見知った顔がいた、という神様もビックリな偶然に見舞われたというのが真相とのことである。

そりゃ、普段通りの少しばかり大規模な事故災害でいざ救助に出向いたら見知った顔があったなんて、そんな事態に遭遇したらあんな顔にもなると思う。
こんなんばっかかよ、というのは多分私が以前事故にあって肩に怪我をしたという話を覚えていて、それを揶揄した言葉だろう。言われてみれば、確かにその通りだ。以前からその気があるとは思っていたけど、もしかして私って洒落にならないくらい運が悪いんじゃなかろうか。言葉にすると虚しくなるから何となく考えないようにしてはいたが、ここまでの大規模な事故に人生で二度も巻き込まれるなんて、本当に中々の不運かもしれない。


爆豪さんは閉じ込められていたエレベーターの扉を破壊してから直ぐにどこかへと行ってしまった。元々忙しい人だし、まだまだ事後処理などもあるのだろう。当たり前のことなのだが、やっぱりヒーローなんだなと改めて爆豪さんのことを再認識させられる。
全くの休日に鉢合わせてしまったこともあり、何となく気まずくなっていた私は救急隊員に保護された後そそくさと逃げるようにモールを後にした。それが、現在までの経緯である。

……うん、間違ってない、はず。

「オイ。」

そのはずだったのだが。しかしその時、私のことを呼び止めたのは居なくなったはずの人物の声で。

「えっ」

刹那思いもよらない声が背後から響く。勢いよく振り向くと、何故か不機嫌そうに顔を顰めた爆豪さんが、そこに立っていた。驚きのあまり口を開けたまま呆然と彼を眺めていたのもつかの間爆豪さんが舌打ち混じりに「なんつー顔しとんだ」と呟く。なんというか、そこは変わらない辛辣ぶりなんだと感心した。……いや、言ってる場合じゃないのは分かってるけど。

「なんで、」
「あ?」

期待したい訳じゃないのに、彼を目の前にするとどうにも上手くいかなかった。どうして来たんですか、と、その一言さえ紡げない。私を送りに来てくれたなんて、そんな夢みたいなこともあるまいし、きっと忘れ物か何かでもしたんだろう。そう言い聞かせながら、何とかして一言を吐き出す。けれど彼から返ってきたのは最早ここまで来ると確かにその返答意外無いだろうなとしか言い様のないことで。

微塵の躊躇いもなく「送る以外にわざわざお前の後追っ掛ける理由があると思ってんのか。」と彼がきっぱり告げたものだから、正真正銘頭が真っ白になる。今度こそ、何も言い返せそうになかった。

ここ最近の私と爆豪さんの関係の変化からして何となくそうなんじゃないかと思っていたとはいえ、爆豪さんが未だ何ひとつ私に話してくれていないから、いつまで経っても確証は得られないまま。確証が得られない以上は想像して、あとは自身で補完するしかないのにどうしてこの人は私をいつも引っ掻き回す様なことばかり言うのか。

いつぞや言われた「来て欲しそうな顔してただろうが」という彼の言葉を不意に思い出す。今日だけは絶対そんな顔してなかったはずなのに、それでもいざ来てくれると心の何処か隠している部分が“嬉しい“と思ってしまう。こういう風に思うことがいけないことだと、分かっているのに。

「でも、忙しいんじゃないんですか。」

表情を崩さないようにしながらそう返す私は、我ながら素直じゃないと思う。まあそれも今に始まったことでもないのだが。帰って欲しい反面、このままでいて欲しいと願うなんて。私は一体、彼とどうなりたいのだろうか。遠回しな言葉選びをしたところで、彼が退くことはないのだと知っていた。それでもそう言わずに居られなかった、理由は。

「あぁ?たりめーだろ。」
「だったら別に送ってくれなくても、」
「テメェはいちいち拒否ってねーと治まんねぇのかよ。」
「そういう訳じゃないけど……!」
「じゃあ別に良いだろうが。これ以上無駄な時間使わせんな。」

そう言って、爆豪さんはさっさと前を歩いて駅に向かってしまう。え、ちょっと待って。叫ぶ暇もなく慌てて後を追うけれど、それでもその背が迷うことはなかった。そして気付けばあっという間にタクシー乗り場。まるで搭乗を待ち望んでいたかのように、私達に向けて扉が開かれる。

「どちらまで?」
「…………。」

今一度爆豪さんの方を振り返っても、彼は何も言わず私に「早く乗れ」と目で訴えるだけだった。なんでこの人は私相手に、そんな“さも当然“とでも言うような顔が出来るのだろう。今更だが本当に、よく分からない。

結局タクシーの奥へと滑り込んだ私を追い込むように、隣に爆豪さんが座る。逃げ道はとっくにない。けれど、それでも。何となくまだ彼との繋がりを最小限にしたがる私は運転手さんに目的地を言うべきか否か迷ってしまう。そんな私に痺れを切らしたのか、爆豪さんがある駅名を私に代わって告げた。彼が口にしたのは正真正銘私の、地元駅だった。

「…………。」
「ウゼェ。」
「まだ何も言ってないけど。」
「目が既にうるせェんだよ。」
「だって、」

彼は忘れていると言ったけれど、こんな一度見たら一生忘れられなさそうな人のことを私は本当に忘れているのだろうか。少なくとも、私の所在地まで知っているような仲の人を、これっぽっちも覚えてないなんていくらなんでも現実味がなさ過ぎる。

「ちなみにまさかストーカーとかじゃないですよね?」
「下んねェ勘違いすんな。」
「私の家まで知ってるってことは一応その、そういうこともあるのかなって……聞いておこうかなと。」
「テメェの家までは知らねぇし興味もねぇわ。」
「ああ、そう……。」

取り留めのない会話を経て、少なくとも地元駅は知られている仲だということは分かった。あとは爆豪さんに限ってそんなことも有り得ないだろうが、私のストーカーでもないらしい。当たり前か。

「学校同じだったとか……あ、もしかしてバイト先の常連さん?」
「それじゃ俺が覚えてんのにテメェが1ミリも覚えてねェっつう辻褄が合わねぇだろうが。」

確かに、それもそうだ。私が忘れていて、彼が一方的に覚えているというこの状況は明らかにおかしい。
残された答えはもう同級生か、過去のバイト先か、はたまた知り合いの知り合いか、くらいしかないと思っていたのだが、私の方が早計過ぎたのだろうか。爆豪さんはそれだけ言って窓の外へと視線を向ける。その姿はこれ以上追求させる気は無いと暗に示しているように見えた。

もういっそ爆豪さんから答え合わせをしてくれればいいのに。しかし彼から答えを言う気は今日も、そして明日も無いようで。

「あんなん忘れる方がどうかしてんだろ。」

ふと、爆豪さんが独り言のように呟く。

「それって、どういう……」

それはとても小さい声だった。今回は聞き逃さずに済んで安堵する傍ら、震えそうになる声を押さえつけながら聞く。けれど彼はこちらに視線を向けることもせず、「少しはテメェの頭使って思い出せ。」と言いながら私の頭を小突いた。痛くはなかった。軽い、じゃれあいの延長線みたいな行為だと思う。小突かれたところが、何故かむず痒くて堪らないけど。

頬杖をついたままの彼の横顔に、デジャヴを覚える。この前、ホテルで朝方目を覚ました時だろうか?そういえばあの日も同じ顔してたような気がする。慈しむような、憐れむような、なんとも形容しがたいあの表情を。でもこのデジャヴは多分それよりもっと前かもしれない。何となくだけど。
感覚的な、到底信用するに値しないことでしか彼のことを思い出せないという事実。それがやけに苦しくて、悔しかった。私は、一体どれほどのことを忘れているのだろう。

しばらくお互い無言で乗っていた。彼の独り言に近いそれが、どういう意味を持つのか考えては、それにも疲れてしまって途中で止めた。そして、やがてタクシーが見慣れた駅の構内へとたどり着く。料金メーターはそれなりの金額を示していたが停車するより少し前から財布を出していた爆豪さんの手によって速攻で支払いは完了。出してもらって悪いなと感じる暇もなく私と爆豪さんは、よくよく見知った駅前の繁華街へと放り出される。

何も言わないまま、彼の隣を歩くのはこれで2度目だ。前回は買取後だった。あの時も結局肝心なことは聞けず終いだったが、それでも得たものは大きかった気がする。今日は、はたしてどうだったのだろう。

「爆豪さん。」
「あ?」
「ここまでで良いです。」

つい先日も言ったような記憶のある一言。その時は帰ることが叶わなかったが、今日は違った。これ以上忙しいこの人を拘束し続けるのも悪いと思った私は続けてあとは一人で帰れますからと口にする。彼は何か言いたげな眼差しをしていたが、やがて納得したのか「そうかよ」と呟いた。

「忙しい人をこれ以上付き合わせる訳にもいきませんしね。」
「良く分かってんじゃねぇか。」
「まあ、それほどでも。」


身体を重ねた回数だけは一丁前に増えていく。関係性の変化はよく分からない。よく分からないけど、分からないなりに悪い方向には進んでいないとも思う。

じゃあな、と踵を返して元来た道を引き返していく後ろ姿に「送ってくれてありがとう。」と叫ぶ。思ったより大きな声が出てしまって、辺りを行くサラリーマンが不意に私の方へと振り向いた。が、そんなことに構っている暇はない。僅かに振り向きこちらを一瞥する爆豪さんに続ける。

「お仕事頑張って。」
「……ン。」

彼はその後振り返ることなく、手を2、3回宙で往復させた。どうやら彼なりの挨拶らしい。
どうしようもない、やり場のない感情を初めて知る瞬間というのは時に残酷なまでに突然やって来るもので。私はその時、彼が振り向かないことを知りながら、それでもずっとその背中を追っていた。そして気付いてしまう。もっと一緒にいたいと、去りゆく後ろ姿を見てそう思ってしまった自分自身に。
気付いたところで何かが大きく変わることはないと思っていたのだけれども。しかし実際は想定していた変化とは異なる感情が芽生えていることに気付いてしまった。……いつからこの感情に気付かないようにと祈っていたんだったか。

思ったより落胆しているのは、多分この恋が叶わないものだと分かっているからだ。そして後悔したところでもう遅いってことも、きっと私が一番分かっている。

愛しくて反吐が出るね
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