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敢えて言葉を選ばず言うのなら、“みんな揃ってグルだった”とでも言うのだろうか。いや、カツキくんのことを考えるとグルと言うよりは先刻彼が叫んだとおりに、“ショート様に巻き込まれた”という方がより正確かもしれない。

別に正しさなんて今は要らないんだろうけど、ただ話を一通り聞き終えた後、去ってしまったエイジロウくんやカツキくんの心中を思うと、何となく申し訳無さが滲んだ訳で。またありがとう、と感謝を唱えたくなってしまったのだ。


「じゃあ、私が麓の市場でショート様の行方を休まず探ってる間、貴方様は逆に私に会いに行く為の口実を探していたと………。」

「あぁ、」

「はぁ………」


やはり苦笑いは止まらない。流石に、無理もないと思うけれど。笑ってしまったことに対してショート様は気付いたようだが特に何も言ってくることは無かった。
こんな、何も無い冷たい場所で私たちは抱き合って何をしているのだろう。我に返ってなんだか面白くなってしまったとしても、最早私たちを諌めてくれる人はどこにもいない。弱々しく回された腕に身を預け、その背中へと手を回す。

「………軽蔑したか?」

「そんなこと、」

あるはずないでしょうと言い切るより前に、ぎゅうとまるで縋るように一層強く抱きしめられた。思わず色気のない声を上げそうになるが、切なげに吐き出される「ナマエ…」という呼び声を聞いた瞬間、何もかもがどうでも良くなった。


話を要約するならば、ショート様に巻き込まれたカツキくんやエイジロウくん等は、どうやら私が丁度市場に到達したその日から既に私の来訪を言伝で聞いていたらしい。
“麓の村にあの大公付きの魔法使いが来ている”と噂が立ったのは私が到着してから僅か数時間後の出来事だったそうで。そしてひょんなことから行動を共にすることになっていた二人組に、よりにもよって私との面識があったものだから、ショート様が私に気付くのも最早時間の問題だったという訳だ。

そして気付いてからは直ぐに会いに行くつもりが今までのことがあって、何となく顔を合わせるのが気まずくなってしまったんだとか。本当、今更何を仰っているんだか、って感じだけどね。

いや。だとしても、だ。自分の顔の知られ具合を把握していたとはいえ、そこまでドラゴン族の面々に警戒されていたとはちょっと思っていなかった。それが結果として今この現状を招くことになるとは。


「カツキくんが言ってた協力っていうのは、」

「どうしたらもう1回ナマエと話せるか、あいつらに相談したんだ。」

「あぁ、それで……」


そして彼らはショート様にほぼ巻き込まれる形で私を集落まで招き、私を襲撃することで再び巡り会うための口実作りに協力せざるを得なかったと。

うん、想像に堅くない。なんならリアルに脳内でカツキくんとショート様が明後日の方向に飛んだ口論をしている場面まで再生出来る。無論それを苦笑いで宥めていそうなエイジロウくんのことも。


なんなら主はカツキくんのことを協力者だとでも思っていそうだ。自分の出自もあるし、同年代で対等に話せる同性というのがもしかするととても新鮮に写ったのかもしれない。


まあ、たとえどんな手段であれ、それが結果として今この束の間の平穏を生み出しているのなら、それは良かったと言えることなんだろう。乱暴なやり口だったけど。……だったけど!ともあれこうして無傷でショート様と再会することが出来たわけだし、カツキくんもなんだかんだ言って主が飛び出してきてから直ぐに身を引いてくれたわけだし。
カツキくんには申し訳無いことをしたような気もするが、とりあえずは結果オーライだ。

全てを話し終わった後。
ショート様が果たして何を思ったのかは知る由もないが、不意にその美しい瞳が何か言いたげな眼差しで私を見つめてくる。「どうかしましたか?」と問いかければ、途端に返ってくるのは「なんで、」という一言で。なんで?なんでって、なんですかショート様。次の言葉を聞くべく無言で耳を傾ける。

「なんで来たんだ。」

「なんで……って、」

「こんなとこまで来ちゃ駄目だろ……。」

少しして、主はようやっと心に秘めていたであろう一言を吐き出した。

もう随分と長い間呈し続けている気がするが、本日何度目かの今更?がまたもや浮かぶ。最早危うくショート様に今更?を突き刺してしまう寸前まで来ていたのだが、それでも耐えた私は偉いと思う。

この方は、本当に手のかかる方だ。なんで来たんだも何も、来ない理由なんてある訳ないだろうに。きっとこういう時ばかり意固地な主のことだから、分かってて信じていたとして、それでも私の口から言葉として聞かないとどうしようもないような感情があったのだろう。多分そうに決まってる。

貴方様が諦めずにいてくれたからこそ、やっと気付くことが出来たというのに。

今度こそ堪えていた思いが吹き出しそうになった。こっちがどんな気持ちでここまでやって来たと思ってらっしゃるのか。ショート様にも言い分はあるだろうが、自分のことは棚に上げた上で言わせてもらうとするならば、

「貴方という方は……!」

「うお、」


私は女だし、こうみえて自分でも自負してるようなバリバリの頭脳派だ。自分で言うのもあれだけど。

だから、こうやって勢いよく主の胸ぐらを掴んで自分の方へ引き寄せようと思っても、割と体幹がしっかりしていたショート様の所為で上手くいかなかったりすることもままある。でも、今回だけは譲りたくない理由があった。
不敬だなんだと言われても知ったこっちゃない。それくらいの覚悟をもって胸ぐらを掴み揺らいだ瞳の奥へと目を向ける。

「こういう時ばかり鈍感な上に意固地なんですから……!」

「……っ、」

「なんで素直に“来てくれて嬉しい“くらい、言えないんでしょう!」


優しいのに、私の前ではわがままで、あれだけ求婚しておきながら、肝心な時に私のことを心から信じられないなんて。
お互い様なんだろうけど、私も人のこと言えないけど、ぶっちゃけ私達ってやっぱり阿呆なのかも。今に始まったことじゃないとはいえ、こうやってあまりにも面食らったような顔をしているショート様を見ると、そう思わずにはいられないのだ。


「言いたいことはまだたくさんありますけど……、」

「まだあんのか……」

「当たり前ですよ、全く!」

すっかりしょぼくれた我が主の胸元から手を離し、今一度キツく睨み返す。
まさかここまで色々言われて怒られるとは思っていなかったのだろう。呆気にとられたまま、ショート様は固まっていた。

使用人にもご両親にも(エンデヴァー公は例外だが)ほとんど怒られたことが無いショート様にとって、私からガチ切れされるというのはまさに未知の領域だったのか。叱られた瞬間の子供よろしく身体を強ばらせて、主はそのまま微動だにしない。その癖右腕がしっかりと私のローブの袖を握って離さないのだからそういうところがショート様らしいなぁ、なんて。

「まあ、お説教は屋敷に帰ってからです。」

「ナマエ……、俺は、」

「とりあえず、今ショート様に最も必要なことを一つ申し上げます。」


一度しか申し上げませんからよくよくお聞きくださいませ、と言葉を遮って頬へと手を添えた。

もう、私の中に迷いは無かった。今度こそ、今度こそお伝えしなければと、そう思ったから。一瞬肩を震わせて何か言いたげな目をしたショート様の手を取り、口付ける。いつぞやの私がそうしたように。

主が心から求めているものは、きっとこれなのだろう。分かっていて、今までずっと言えなかった。向き合ってはいけないとずっと蓋をしていた。

確信をもって自然と紡がれていく一言。その言葉は心からの言葉だ。だからかもしれないが、いざそれを口にするとほんの少しだけ擽ったい。けれど主があれだけ伝えてくれていたのだから私もそれに応えて差し上げなければ、なんて。何故かそんな風に思ったんだ。

……本当に、本当に今更なんだけど。
ああ、恋愛って何が起こるか最後まで分からない。




「お慕いしておりますショート様。主としての貴方ではなく、等身大の貴方様を……私は愛してしまいました。」

「ーー!」

「たとえ何があっても、私が良いと貴方様が仰って下さるなら………、」



「必ず、またショート様の傍に戻ってまいります。何年かかっても必ず戻りますから。だからその時が来たら、また私にプロポーズして下さいますか……?」


私たちに必要だったのは、嘘偽りのない愛だったんだってきっと今なら自信をもって言える。

これが、私が返せるショート様への最大限の愛と覚悟だ。今までに貰ったものが大き過ぎて、こんなちっぽけな言葉だけじゃショート様の想いは少しも満たせないかもしれないが、それでも今は、今だけはこれでいいのだと自分に言い聞かせる。

主の何とも形容しがたい眼差しに見つめられたまま、どちらともなく口を開く。

やがて互いの名前が無意識に唇から零れた瞬間、私達の間にあったもの全て、何もかもが正真正銘のゼロになった。


「お前は馬鹿だな。」

「それはショート様も、ですよ。」

「…………は、そうかもしれねぇ。」


恋は盲目であると聡明な誰かは言ったけれど、そこまで秀逸な喩えを私は未だかつて聞いたことがない。私を引き寄せた主の腕がキツく背中に回される。負けないようにとしがみついて、その肩口に顔を埋めると何だかとても安心した。

「なるべく早く帰ってきてくれ。」

「が、がんばります。」

「お前と離れたら、辛くて死んじまう。」

「そんな馬鹿なことを……っ、てショート様くるし、……っ、苦しいんですが!」

どうやら私達は文字通り盲目になっているのかもしれない。視界のほとんどをショート様で埋められることが、こんなにも嬉しいとは。やっぱりこういう状況になってみないと分からないことも結構あるみたい。

ただでさえ強い力だというのに、一層強く腕に閉じ込められてまともに身動きが取れなくなる。力加減は絶対知ってるはず、それでもここまで折れそうな程に抱き締めてくるのは多分、そういうことなんだろう。

「ショートさま、……離し、」

「嫌だ」

何度もした会話だ。最早懐かしさすら覚えるくらい。こうやって胸板を押し返すのも、近付いてくるお顔から逃げようとするのも。全てにおいてデジャブが止まらなくて。だからこそ、これからはこうやって戯れることすら出来ないのだと頭の片隅で理解してしまって無性に寂しくなる。思ったより私はショート様が自身の全てになりかけていたようだ。

こつんと額を不意に合わせられた。寂しげに閉じられた瞼と長いまつ毛だけが視界を覆う。相変わらず綺麗すぎる花瞼。

「離れたく、ねぇ。」

「ショート様」

「やっとお前が手に入ったのに………」


同じ気持ちなのはきっとお互い様で。こうやってようやく通じあったとしても別れる時が来てしまう。分かってたんだ、本当は、最初から。ただ応えるのが遅すぎただけ。

ひたすらに眼前の花瞼を見つめ、そしてようやく掛ける言葉を見つけた私は唇を開く。ショート様も丁度同じくして目を開けた。それはまるで夜道に転がる明星のようだった。



「ショートさま、大丈夫です。」

「……何が、」

「離れ離れにはなりません。」

やらなきゃ行けない事がまだ残っている以上は、今はまだ悲しめるタイミングではない。離れかけた額に、もう一度だけ自らの額を合わせる。せめてもの安心を差し上げられるよう普段通りの笑みを浮かべて大丈夫だと告げれば、ショート様は眉根を寄せて幾度かの瞬きを落とした。

「最期までお傍におりますよ。」

「ナマエ………、」

「だから、信じて待っていて。」


今までずっと隠していた人間がいざ信じてなんて言ったところで、傍から見れば戯言のように捉えられるかもしれないが。
でもそれは他人に見せる為のものではなく、自分たちがどう在りたいかという答えに過ぎないのだと、貴方様がその生き方をもって私に教えてくれたから、それで別にいいんだと思う。


背中へと優しく手を回そうとしたその刹那生温い風が吹き抜けた。山の天候が今にも変わるというような、そんな雰囲気の風だった。
そう言えば場所も場所だったな、と考えて咄嗟に回し掛けた手を止めて主から視線を離す。そしてそのまま一歩後ろへと下がった、その時だ。


「あぁ、こんなところに居たのか。」

背後から声が響く。とても聞き覚えのある、男性の声。こんな寂れた広場で聞こえる幻聴にしてははっきりとし過ぎているような気がして振り返る。主の方は振り返らなくとも声がした方向が見えているようで、小さく驚いたような声を上げ、そして私から離れた。


「急に居なくなるから探したよ。」

「た、大公様………?」

「ん?あぁ、君も来たんだね。」


随分遅い登場じゃないか。なんて冗談っぽく目尻に皺を寄せて笑うのは、先程同様私たちに声を掛けてきた初老の男性。場の無機質な雰囲気にまったくそぐわないきらびやかな刺繍が施された上品なコートに身を包み、ステッキを片手に携えて如何にも貴族といった風貌で佇んでいる。

驚きのあまり、私は声を失った。だって、まさか迎えに来られるとは夢にも思ってなかったんだもの。しかも、“随分遅い登場じゃないか“なんて来ることが分かってたような言い回しまでされた日には、今日なんかとてつもないことがこの後起きるんじゃない?って疑ってしまうのも無理はないと思う。

隣国の大公、私の元主がそこにいる。それは間違いなく、どこまでも透き通った事実で。


「申し訳ありません、彼女を探しに行っていたもので。」

「いや、いいよ。気にすることは無い。」

「ありがとうございます。」

呆気に取られる私を尻目にショート様と大公様が不意に話を続ける。珍しく敬語で気を使って喋るショート様。そう言えば忘れていたけれど、ショート様はああみえて名家の跡取りだった。スマートに大公様と並び立つその姿は、流石貴族の御子息といったところか。
話を続ける2人の間で視線をうろつかせることしか出来ない私だったが、ふと大公様がこちらを一瞥し「さて」と呟いたところでその沈黙は破られることになる。

「久しぶりだね、ナマエ。」

「………え、ぇ。ご無沙汰しております、大公様。」

「息災で何よりだ。」


温厚な眼。賢人と名高い我が元主は、数年ぶりにお会いした今もお変わりがないようで、私もつられて安心した。ローブを掴み屈んでお辞儀をすると「よしてくれ」なんて照れくさそうに頬を掻くところなんか、本当に変わらない。ああ、でも少しだけお歳を取られたかな?ほんの少し、あの頃より皺が増えたかも。


言われるままに体勢を戻し大公様の様子を伺う。その間もショート様はただ黙ったまま、私の傍らにずっと寄り添っていた。

やがて大公様がにわかに口を開き、「それで、私に話があるんだろう?」と呟く。その表情は崩れを知らずどこまでも柔和な笑みを湛えている。微笑んだ口元に衰えを感じさせながら、大公様はゆったりと微笑んだ。大公様が何を考えていらっしゃるのかなんて、私があと何十年歳を重ねたとしても理解出来る気がしない。

だとして、まだやるべきことがまだ残っている以上は……ショート様と同じように、また抱えた自身の問題に向き合うしかないのだろう。
一つだけ深呼吸をした。先程と同じように、心の中は決まっていた。「はい、大事なお話が……ございます。」意を決して切り出す。

不思議と声が震えずに済んだ。それはきっと今この瞬間、私の隣に世界で一番大切な方が居てくれたから、に他ならない。

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