Peak



目の前に、あれほど恋焦がれた人がいる。

「うそ………、」

鈍い金属音。そして重なるように続くのは刃を弾く氷の炸裂音。冷たい冷気が一瞬頬を掠め、そしてそれらの欠片は瞬く間に消えていった。

見覚えのある後ろ姿から、目を離すことが出来ない。その人物は、丁度私を庇うように立っている。半身を氷で覆い白い息を吐き出した彼の主は、私の方を一瞥するなり複雑そうな表情をしてから再度前方を仰いだ。


「……やり過ぎだ。」

不意に双方の狭間に投げかけられる言葉。低く怒りを感じさせるその声は、普段の柔らかな雰囲気とは全く異なる声色をしている。強いて言うなら私が主を怒らせた時に度々聞いたあの声だ。

「ようやくお出ましか半分野郎。」

「………。」

「手間取らせやがって……舐めプ共は逃げんのが早ぇ。」

次いで投げかけられたカツキくんの方から間髪入れず怒声が飛ぶ。ショート様の方はといえば、厳しい顔をしたまま何も言わず、ただカツキくんを睨みつけていた。

そして、今再びの沈黙。

何がどうしてこうなったのか、最早私には皆目見当がつかない。というか良くこのタイミングでショート様が助けに来てくれたことも信じられなくて、頭が状況に追いついていないというのが正直なところだ。

ただこの事態に何もせずただ黙って傍観者に徹しようものならば、あっという間に収拾がつかなくなるであろうことは火を見るより明らか。だから最適解は頭を必死で回すこと、それ以外に道はないようで。

とりあえず状況を整理しよう。現状、ショート様とカツキくんが握る剣はどちらも本物に見える。ショート様が何処から現れたのかは分からないが、その様子にお変わりは無さそうだった。とりあえずは一安心みたい。

対するカツキくんに関しては、まあ振り返らなくともいいんじゃないかなんて思ったけれど、元気も血の気も溢れ出んばかりになっているようだ。
私に喧嘩を吹っ掛けて来たあたりから何となく想像は付いていたけど、目がギラギラに光っている。如何にも不機嫌です。というような表情でショート様に携えた剣を突き出している。

「今日こそテメェも鳥女もまとめてブッ倒してやるよ。」

それは一触即発というに相応しい状況で。ようやく主を見つけたとしても今は息付く暇もなく、引き続きまずい事態であることに何も変わりはないようだった。

(マジかぁ……)

動くべきか、動くまいか。考えても答えは一向に出せず、焦燥だけが積み上がっていく。口を挟んで余計にカツキくんの怒りを助長させる可能性がある以上は下手に動くことすら出来ない。一触即発の膠着状態、丁度この山と同じじゃない。なんて全く関係ないことを考えてしまった自分の能天気具合には、思わず呆れる。

しかしあれこれ悩んでいた私の考えを察したのか、主から無言に見つめられていることにふと気付く。
動くな、と暗に告げているオッドアイを見つめ返したその瞬間、合わせてショート様が首を横に振った。


「バクゴー。お前本気でナマエに怪我させるつもりだったのか?」

「………ア?」

「さっきのはどう考えてもやり過ぎだろ。」

立て続けにそう言い放ったショート様が、私の腕を掴み自身の方へ引き寄せる。突然肩を抱かれ、そして守るように抱き締められた。予期していなかった抱擁は頬を赤く染めあげるのに、十分すぎる程の理由を有している。氷魔法を使ったあとだと言うのに主の身体は何故かとても暖かい。

そのままぐいと引き寄せられて胸元に飛び込む。ふわりと香るのは、懐かしい主の匂い。たかだか数日振りというだけなのに、もう長らく会っていないような気がして、危うくカツキくんが見てる目の前で主の背中に手を回しそうになった。無論、余韻に浸ってる場合ではない。


「その鳥女が普通に殺して死ぬようなタマかよ。」

「ナマエは召喚獣すら出して無かったんだぞ。」

「ごちゃごちゃうるせェ、協力してやってんだから感謝しろや!」


言うなりカツキくんは得意の爆発魔法を起こしてキレ散らかす。その爆風がここまで飛んできて、私とショート様の前髪を激しく揺らした。
果たして彼は一日に何度キレるのだろうか。数えるなんて命知らずな真似はしようとすら思わないけど、でも何となく気になりはするもので。

尚も頭上で繰り広げられる言い争い。
ショート様もカツキくんも段々白熱してきたからなのかは分からないが、何故か携えていた剣を下ろしてただ叫びあっているというような状況である。

いや、そもそもなんで急に口喧嘩に移行したのですかお二方。本格的に事態が飲み込めなくなってきたんですけど。

「だからって本気で怪我させたら合わせる顔ねェだろ」だの「だったらテメェで何とかしろ、俺を巻き込むんじゃねェ!」だのと先程から不思議な言葉が双方間に飛び交っている。その様は傍から見れば友人のように見えなくもない。本当に物凄く遠くから見ればの話だけど。

耳を傾けてみると、どうやら私が想定していたよりもおかしな単語が混じっていることにふと気付いた。なんというか、この騒動の発端から考えたとすると、あり得ないような言葉が混じっているのだ。

そう言えばさっき、カツキくんも何か変なこと言ってなかった?協力が何とか……そんなことを口走っていたような気がするんだけど、それって一体どういうことなんだろう。

「あの、さっきから……」


何の話をしてるんですか?と思わず疑問を投げてしまったのも無理はない、はず。
問いかけに際し、二人の言い合いが止まる。一瞬だけ、ショート様の顔色が濁ったと感じたのは果たして気のせいだろうか。

カツキくんは私の方へと視線を向けて「あ?」と低く呟く。ショート様の方はその間も無言を貫いていて、私を抱きしめる腕に、ふと力を込めた。

「テメェそれ本気で言ってんのかよ。」

「えっ、本気って……どういう……」

「ハッ、とんだアホだな」


揃って頭ン中花畑か、と嘲笑を零すカツキくん。え、どういうこと?いよいよ意味が分からない。というか、私とショート様の頭の中のお花畑具合を一緒にしないで欲しいんだけど。抗議しようかな。

訝しむ目に気付いたのか、ショート様が小さく「ナマエ、」と呟く。なんですか、と応答しようとしたところで、カツキくんの方が遂に限界を迎えたのか「あーー、ウゼェ。付き合ってられるか」と吐き捨てた。剣をくるりと翻し、腰に下げた鞘へと収めた彼は「後はテメェらで何とかしろ。俺は帰る。」と続ける。相変わらず唐突が過ぎるよカツキくん。でも、彼の性格からして恐らく噴火寸前まで来ていたのかもしれない。これだけの時間長く過ごしたことがないから分からないが。


引き止める暇もなく、爆風を起こし瞬く間にカツキくんが飛び去っていく。派手な爆発音が広間の奥まで響き、そしてやがては空洞に吸い込まれて消えていった。


「なん、だったの一体……」

……とりあえず、本日二度目の波はよく分からないうちに去ったようだ。なお、理由は本当に分からなかった。まあとりあえずショート様にお怪我ひとつ無くて良かったとだけ思うようにしよう。なぜなら話を聞くことの方が最優先だからだ。

もしかしたら私が知り及ぶはずの無い何かしらの真実が二人の間にはあったのかもしれない。そしてカツキくんが結局何をしたかったのかも、真相はショート様しか知らないのだろう。


刹那、私を抱き締めていた腕が緩んだ。
気付いてそちらへと顔向けると、いかにもバツが悪そうな顔をしたショート様が目に入ってきて。

あぁ、なんというお顔をなさっているのですか。

「ショート様、」

「ナマエ………」

声は変わらず柔らかく、優しいまま。うっとりと頬に手を添えて、主が私の名前を呼ぶ。細められた眼の奥には形容し難い感情が宿っている。会えたことによる安堵と、不安。そのどっちも同じだけ包容していそうな、そんな眼差しをしていた。

「久しぶり……だよな。」

「……数日しか経ってないですよ。」

「そうだったか?」

すげえ久しぶりに顔見た気がした、と丁度同じく思っていたことをショート様が言う。苦笑いでようやく笑う素振りを見せてくれたことに、私は少し安堵した。

しかしやるべきことはお互いまだ残っていて。
だから、本当はまだ再会を喜ぶべき時ではない。

そうだ、何のためにここに来たんだ、私は。

当初の目的を忘れかけていたことに対して叱責しつつ、意を決して主を真っ直ぐに見つめ返す。途端ショート様の目が僅かに泳いで、そして逡巡するかのように逸らされた。それがまたなんだか悔しくて、思わず「ショート様」と強めに名前を呼ぶ。

「………。」

返ってくるのは煮え切らない言葉と何か言いたげな視線のみ。それは今までの態度からは想像も出来ないような様子で。前はあれほどグイグイ来ていたというのに。一体どういう風の吹き回しなのだろう。

だとしても、だ。今更逃げようとしてもそうはいきませんよショート様。思いの丈を込めるようにもう一度だけ、名前を呼ぶ。

「ショート様。」

二度目の呼びかけ。それは今度こそ逸らされずに、ただ物言いたげな瞳だけがこちらを振り向いた。きらりと煌めく星のような瞳。その中にもう二度と私が映ることはないのかもしれないと、そう思っていた、はずだったのに。

「ご説明、していただけますか……?」

「………分かった。」


ややあってショート様は頭を振った。どうやら私の勢いといつになく真剣な眼差しを見て、遂に観念したようだった。
私の問いかけに際してようやくといった素振りで主は肩を落とす。そして真剣な表情で私の様子を伺った後、主は事の顛末を語りだした。

内容も去ることながら思ったより大事になってしまっていたらしいこの数日間の出来事に、聞いていて思わず空いた口が塞がらなくなり掛けてしまったのだけれど。まあ、それももう時期過ぎたこととして換算されるのだと思う。最早呆れを通り越して乾いた笑いが飛び出しそうになりながらも、私はただショート様の話に耳を傾けていた。

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