Encounter



快活な人々の声が聞こえる。それから賑わいの中を割り入って飛んでくるような豪快な市場の掛け声も。それは絶えず四方八方から飛んできては、耳に無尽蔵に飛び込んできていた。

数多の川を超え山を跨ぎ幾千里。
常人ならばきっと何日もかかるであろう道のりを幾重にもショートカットしてたどり着いたここは、目的地付近の山麓にある小さな市場。ドラゴン族と獣人族が多く集まる拠点だった。

統治された領土とは異なった雰囲気をもつこの場所にたどり着いてからは、早いもので既に3日が経とうとしている。依然として主の行方ははっきりとは分からないままではあったが、それでも流石ショート様と言うべきか、いくつか有用な噂話を耳にすることが出来たのは不幸中の幸いとも言うべきなのだろう。


「じゃあ本当にカツキくんに喧嘩売られて村に連れていかれた人がいるんですね!?」

「そうそう、可哀想なことにねぇ……ちょうど同い年くらいの男の子だったよ。」


今日も今日とて情報収集に勤しんでいた時のことだ。イマイチ確証が得られない噂話ばかりが集まる中で、次の行動について考えあぐねている最中、いかにも話好きといった風貌の婦人と話に花を咲かせ始めた矢先、出来れば出てきて欲しくなかった人物の名前と、主に繋がりそうな話題が飛び出したのは。

「市場の外れに野盗が出てきてね……」

そんな語り口から始まった一見何の関係もなさそうな話が、急激に方向転換をしたきっかけは、カツキくんという知った人物の名前が上がったことである。





実はこの集落近辺、余所者が知らない暗黙の掟が二つほどあるのをご存知だろうか。ひとつはそこまで大したことじゃ無いから忘れてしまったが、……じゃあもうひとつは何かといえば、答えは至ってシンプルなもので。

族長候補と俗に呼ばれる界隈の実力者達の視界に、余所者が無闇に入ってはいけない。
というものがあるわけなのだが。


「じゃあ、その旅人がよりによって彼の戦闘に割って入っちゃったと……」

「そうなんだよ、その所為でカツキ坊ちゃんが大暴れし始めて……。」

「あぁ……」

カツキくんに会っちゃったら、そりゃそうなるだろうなぁ、なんて。思わず苦笑いが零れてしまう。それを見た婦人もなにか思う節があったのか、釣られて目線を下に落とした。

彼の過去の言動を一つ一つ思い出しては脳裏に浮かぶ想像。仮に本当に連れていかれたのが我が主なら、状況はあまり好転していると言えないだろう。

婦人の話の全容をまだ把握していないにも関わらず、現場を見て居なくとも想像が着いてしまった理由はただ一つ、今話題に上がったカツキという人物と私がそれなりに面識があるからだ。

大公様に仕えた時代、和平交渉に同行した際血気盛んな族長候補の少年に何度か喧嘩を売られた経験が私にはある。その少年こそ先程名前の上がったカツキという人物で、私の顔を見るなり「おいテメェまた来やがったンか鳥女ァ!」と罵倒して来るような、大変凶暴な少年だった。


「旅の人なんだろうけどすごく強くてね。野盗を殆ど先に倒されちゃって、自分の獲物だったのにって坊ちゃん怒鳴り散らしててさぁ、止めるの大変だったみたいだよ。」

「そ、そうですか……」

想像に難くなさ過ぎて寧ろ苦笑いしか出てこない。ただでさえも族長候補に目を付けられると色々と大変なのに、相手がしかもカツキくんと来た。これは一刻も早くショート様を見つけないと大変なことになる予感がする。

「それで、その人はどこに…まだ村に居るんでしょうか?」

「そういえば市場では見てないねぇ、まだ戻ってきてないんじゃない?」

すごく強かったし、気に入られでもしたんじゃないかい?とまるで他人事のように彼女は続ける。馬鹿な、カツキくんに限ってそんなことと思う反面連れていかれたのが族長を筆頭とする喧嘩っ早いドラゴン族の集落である以上は他の脅威も視野に入れなければまずいかもと思う自分もいた。とにかく言えるのは早く山登ろ……ということなのだが。

「お嬢さん、カツキくんの知り合いなの?」

「ん?うーん、顔馴染みではありますが…」

「へぇ、珍しいねぇ同い年くらいの女の子があの子と友達なんて。」

「いや、友達じゃ…」

そう言って笑った婦人のこめかみ付近に目を移す。柔和な笑みをたたえた顔のその横には控えめな角が生えていた。言わずともここはドラゴン族の集落から一番近い市場なので、きっと彼女もドラゴンなのだろう。

ドラゴン族自体が排他的で余所者と交流を持ちたがるタイプじゃないので、ああやってカツキくんのことを坊ちゃんと呼ぶあたり、それなりに近しい間柄なのかもしれない。

「あれ?そうなの?」と特に気にする素振りを見せず返してくる女性に作り笑いを浮かべて小さく頷く。婦人は意外そうな顔で目を丸くしていたが、やがて瞬きをいくつかした後、再びにっこりと微笑んで口を開いた。

「まあでも旅人の安否が気になるなら、運が良かったかもしれないね。」

「え?」

「ほら、ちょうど帰ってきたよ。」

あそこ、とよく分からない振りと共に私の後方を女性は指差した。あそこ?あそこってなんだろう。聞き返す余裕もないまま、釣られるようにそちらへと視線を向けた。数秒後には振り向いたことを後悔することになるとも知らずに。


「カツキ坊ちゃーーん!ちょっといいかい!」





「クソババア気安く呼んでんじゃねェ!!」

「ヒェ、」

「……あ?」


人混みの中でも一段と目を引く存在感が、僅か瞬き一秒の間に凄まじい形相で婦人を睨みつける。あ、まずい、そう思った時には既に彼とバッチリ目が合っていた。

心の中では叫んでいたつもりだったのに、実際は声も出せないくらいに身体が固まってしまったらしい。
みるみるうちに婦人に向けていたものとは異なる、驚きと憤怒に満ちた表情に染まっていく顔。それが何故かやけにスローに感じられる。

一方隣ではそんな私と彼の心境の変化など露知らず、ドラゴン族の婦人がカツキくんの名前を豪快に呼びながら手招きをしていて。その行動を止めようと思っても、止められる余裕なんて私には無い。


「……ンでテメェが此処に居んだ鳥女ァ!!」

「違うんです今日は本当にそういうのじゃないんです見逃してくださいい!!」


なんでいるんだ、はこっちの台詞ではないだろうか。……いや、そんなこともないか。







ーーーーーーーーーーーー

挨拶代わりの爆撃打が飛んでくるのも、息継ぎすら無しに罵倒されることも、最早懐かしささえ感じるほどだった。ようやく会話ができる程度に落ち着いては来たが、それでも二言目には「クソ」「死ね」が出てくるあたり、変わらないなぁと感動する。


「あの、ところでーー、」

「うるせェ話し掛けんじゃねェクソカス」


どうやら今日は普段より更に機嫌が悪いらしい。曰く何故かは分からないが集落に居着くようになってしまった余所者と何処までもウマが合わないんだとか。

「まーまー、バクゴー!良いじゃねぇか、久しぶりに会ったんだし、な!」

その時、凄まじい眼光を向けてくるカツキくんの肩を勢いよく叩きながら隣に赤毛の少年が並んだ。額に未だ鱗を残したその人はエイジロウくんといって、カツキくんとよくつるんでいる半竜の少年だ。

エイジロウくんから輝かしい笑顔を向けられたカツキくんは眉をこれでもかと顰めて舌打ちをした。


「ご、ごめんね……気を遣わせて。」

「気にすんなって!それよりもナマエさん、だいぶ雰囲気変わったな!」

「え?そ、そうかな?」


実に数年ぶりに見る2人の姿は成長期の少年らしく目に見えて逞しくなっている。最後に会ったのって何時だったかな、だとしても変わらない笑顔で出迎えてくれたエイジロウくんに対して自然と笑みが零れた。

彼が居なければ確実に私は今頃炭同然にされていたかと思うとゾッとする。手が付けられない程に暴れ回っていたカツキくんを諌めてくれたのが、他でもないエイジロウくんだからだ。

無論虫の居所が悪いということを教えてくれたのも彼から。その理由がしかも主に直結している内容ときている。まさにエイジロウくん様々である。

話を聞く限りショート様はやっぱり彼らと共に集落へと飛び立ったらしい。そこで幸運にも大公様があと数日後には現れるということを聞いて、現族長の息子であるカツキくんの家に居座り始めたんだとか。

なんかうちの主がご迷惑お掛けしているみたいで、申し訳ないな……。


「それで、ショート様のことなんだけど」

「だァからババアんとこ居座ってるっつっとんだろうが!!」

「うわぁいきなり入ってきたらビックリするじゃないですか!」

「ルセェ、いいからさっさとあのボンボン連れてけや目障りなんだよクソ!」


話をいざ本題に戻そうとしてみたものの。何処の何がスイッチになっているのかまるで分からないカツキくんが急にキレ始めるものだから思わず後ずさってしまった。
本当この人怖いんだよな、ろくに私の名前も覚えてないみたいだし……。

「まあでも確かに早く連れて帰った方が良いと思うぜ。なんたって領主様の息子なんだろ?」

「う、うん……」

「何しに大公に会いに来たのかは知らねえけどよ、なんつぅかーー、」


あれは覚悟決めた男の顔だった。なんてことをエイジロウくんがぽつりと呟く。その場面に遭遇した訳じゃないから、ショート様がどんな面持ちで彼らに相対したのかは分からない。分からないけど、分からないなりに想像が着く部分も多くて。

「うん、」

それしか返せない自分が頼りなくて。

ただ早く会って、あの方と話がしたい。
私の想いを聞いて欲しい。

それだけが今は胸の中を締め付けるんだ。





「じゃあとりあえず行くか!バクゴーもそれでいいよな?」

「ここで逃げたらブッ殺す。」

「なんで!?」

「物騒なこと言うなよバクゴー!」


聞いてみればどうやら2人はもう村に戻る予定だったらしい。たまたまそこに出くわしてしまった私だったが、まあなんやかんやあってエイジロウくんのご厚意もあり、なんと背中に乗せてもらえることになった。

「わぁ……!」

「突っ立ってンじゃねェよはよ乗れや。」


ドラゴン族の背中に乗せてもらうのは初めてだ。きっとアケミより早いんだろうなぁ。
竜化したエイジロウくんは火山の溶岩より赤い翼を持っていた。綺麗という言葉以外が見つからないなぁ、なんて。

まあそんな感動に浸る間も実際はほとんど無く、色々臨界点を超えそうになっているカツキくんに無理やり背中目掛けて投げ飛ばされる羽目になったんだけども。


「しっかり掴まってろよ!」

「うん!ありがとう!」

少し、また少しと地面が遠のいていく。気付けば色とりどりな屋台が指先くらいの大きさまで小さくなっていた。風に揺らされて被ってしまった前髪をたくしあげる。

大公様は既に昨日到着しているんだとか。族長との会談もあるのでショート様とお話しているかまでは分からないけど、突入するなら今日今、この瞬間しかないだろう。

全てを精算しなければ。私にもその覚悟はあるんですよショート様。
それは、貴方様だけじゃないんだから。
私だって、貴方と向き合う覚悟がやっと決まったんだから。ーーーー、だから


少しだけ険しくなった私の横顔。
そんな素振りを見たカツキくんが隣で「ウゼェ」とぽつり呟いた。


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