Others | ナノ

※ジェシカ姉さん猛烈に捏造注意!










――ずっと抱えていた確信にも似た疑問を、こんな形で、解決する日がくるなんてね。


「ジェ、シカ……?」
「ええ。久しぶりね、リノ」


窓ガラスにも鏡にも、綺麗に片付けられた室内のあらゆるものに映らない私を穴が開きそうなほど真っ直ぐに見つめるリノ。至って普通に微笑んで見せれば、彼女はその長い睫毛を大きく二度瞬かせた。
ぽろり、頬に流れる一筋の涙。膝から崩れ落ちた彼女に向かって伸ばした腕は、するりと虚空を切った。


「……ごめんなさい。今の私じゃ、支えてあげられないんだったわね」
「ジェシカ……ジェシカ、本当に……?」


うわ言のように私の名前を呟きながら両手を伸ばす記憶よりやつれた姿に、ちくりと胸が痛む。
……ごめんねの言葉を飲み込んで、代わりにくすりと笑ってみせる。

ぺたりと床に腰を下ろしたままで、リノは上から下まで私を眺め回す。幼子のような表情を浮かべてぽかんと口を半開きにした彼女なんて、そうそう拝めるものじゃない。
彷徨っていた視線がようやく私のそれとかち合ったとき、リノは再びぱちぱちと瞼を瞬いた。


「……本当、なんだね」
「あら、貴女が一番分かっているんでしょう?」
「う、ん……まぁ、そう、なんだけど……って、え?」
「むしろ、驚いてるのは私の方よ。どうして教えてくれなかったの?」
「……ジェ、ジェシカ、気付いてたの!?」
「ふふっ、貴女に霊感があるってこと?」
「え、えぇぇええぇえ!? いつから!!!?」
「あら、スナイパーの眼を舐めて貰っちゃ困るわね」


眼を白黒させて驚くリノの瞳には、漸く普段のものに近い光が戻る。奇跡にも近い再会だからこそ、普段通りに話したい。そんな想いが通じたのか、リノはやがて私をまっすぐに見つめた。
――あぁ、相変わらず、強い意思の篭った澄み切った瞳ね。


「ごめんね、ずっと黙ってて」
「本当よ。友達甲斐がないったらないわ」


ちょっと意地悪な言葉を拗ね気味に吐いてみれば、申し訳無さそうに視線を逸らす年下の親友。
逡巡した様子を見せた後に再びこちらを向いた私と良く似た色の双眸には、綯い交ぜになったあらゆる感情が浮かんでいる。


「言い訳……なんだけど、ね。こんな職場だからさ……言わない方が、良いと思ってたの」
「どういうこと?」

「……いつ、誰が……“そう”なっちゃうか、分からない、から……」


言葉尻を小さくすると共に徐々に俯くリノの細い肩が、小刻みに震えている。
彼女にこんな顔をさせたのは私。分かっていてもずきりと胸が痛む。……やっぱり止めよう。彼女に逢えたら言おうと思っていたことを喉の奥に飲み込む。最期の再会くらい、笑顔で締めくくりたい。


「そう。そうね。でも、私は気付いた。お陰で会えた。それでいいじゃない」
「そりゃ、私も、会えて良かったとは思ってる!」
「じゃあ、ほら、今日はその霊感に感謝、ね?」
「……逢えたのが私だけ、っていうのが、アレだけどね」


――ミシェル。

おそらく同時に私たちの頭に浮かんだ、未だ幼さを残した男の子。私の弟。目の前で困ったように苦笑するリノの表情と、記憶の中のミシェルの笑顔が何故だか重なって見える。目と鼻の奥の方に、感じるはずも無いつんとした痛みが走った。


「……ミシェルは、もうだいぶ落ち着いてるよ。安心して、ジェシカ」
「そう、良かった……。姉としては、少し寂しいものがあるけどね」
「ま、またそんな事言って!」
「それもリノの存在あってよ。だから私も安心して逝ける」
「ジェシカ!」
「ふふ、ごめんなさい。つい、いつもの癖で、ね?」
「もう……相変わらずなんだから……!」
「そ、貴女の記憶に、若々しいままのいつもの私を焼き付けておいて?」
「ジェシカってば……なんだかんだ言ってミシェルとそっくりだよね……」


わざわざ意識した訳じゃない。強がってる訳でもない。自分でも驚くほどすんなり出てきた普段通りの語り口のお陰で、リノの表情はころころと百面相のように変化する。対する私は、頬の筋肉が穏やかに弛緩する感覚を感じたような気がした。
そんな中、ふっと微笑と共に息を漏らしたときに、気付いたことが一つ。


「……リノ、これから先も、また一人で抱えていくつもり?」
「……うん、そのつもり」


返って来たのは迷いの無い答えひとつ。気配に敏い彼女にしては珍しく、背後の柱に隠れる小さな影には気が付いていないらしい。悲しい決意の篭った彼女の言葉にも、身を潜め何かを感じ考えている彼に対しても、想いはこの半透明な身体に収まらないほど溢れているのに、口から出てくるのは小さな溜息だけ。
ねぇ、あなたたちに伝えたい事は、山ほどあるのよ。

足りないものは、時間でも勇気でも霊的な力でもなくて。


「リノ……ミシェル……」


どちらに向けるでもなく伸ばした両腕が、金色の朝日を浴びてきらきらと瞬く。
先程より透明度の上がったそれを見て、心は逆にすっと落ち着いた。

そろそろ、終幕の時間ね。


「……ありがとう、リノ。最期に貴女に会えて良かった」
「ジェシカ……」
「貴女の笑顔のお陰で、迷える魂も無事成仏できそうよ」
「もう! 最後までそういうこと言う!」
「あら、最期くらい、自分らしくありたいじゃない?」
「……まぁ、それでこそジェシカ、とも、言えるけどさ……」


半ば呆れられているのかもしれないけれど、リノは最後に極上の微笑みを見せてくれた。
霊が見えるからって魂の浄化まで出来る訳じゃないでしょうけど、私にはそれで十分。

可愛い弟に何も言葉を残せないのは残念だけど、リノに言伝を押し付けるのは酷過ぎる。私だけが知る真実と一緒に、胸の奥に仕舞い込んでおく。
代わりといっては何だけど、このくらいなら許されるかしら。


「……ねぇリノ」
「?」

「ミシェルを……見てて、あげて」

「うん……任せといて、ジェシカ」


……力強く頷いてみせるリノと、柱の影からそっと身を引くミシェルと。
二人を空から見守ることを心の中で一方的に約束しつつ、徐々に薄れていく意識を、ゆっくりと手放す事にしよう。













(またいつか、ね)




<end>
不完全燃焼気味ですが、三部作はこれにて完結です!
最後まで読んで下さってありがとうございました^^


あとがき
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