Others | ナノ

※オリキャラ(夢主兄)出張ってます! 苦手な方は要注意!
※本編3〜4年前のはなし








 花壇に囲まれた円形の中庭で規則的に生まれる軽い金属音。キムラスカ国内で最も空に近いそこでは、反射した音の大半は天へと飛散していく。思いのほか弱い手応えと全く響かない打撃音に、ルークはその長髪を不機嫌に大きく揺らした。

「だーっ、もう! リノ!!」

 バックステップひとつで距離を取り、剣を握る手をだらりと降ろす。戦意の消えたルークを見て、リノはきょとんと目を丸くした。構えは解かないまでも肩の力を一段抜いて、右手に握る武器をちらりと一瞥。木刀でも竹刀でもなく、彼女が愛用する本物の真剣。
 暇さえあれば手合わせ手合わせと強請るこのお坊ちゃまは、今回は何がお気に召さなかったというのか。思い当たる節が無いわけでは無いが、リノは敢えてさらりと疑問を投げる。

「なに? もうおしまい?」
「ちっげぇよ! 本気出せっつってんだよ!」
「実戦じゃなくて鍛錬、って意味では、ちゃんとやってるけど?」

 鍛錬、をやや強調する彼女に、ルークは大きく舌打ちをひとつ。その言葉が間違ってはいない事は、剣を交えた彼自身が最も理解している。それでも腹に渦巻く不満を収められないルークは、正体不明のもやもやを抱えたままリノに視線を戻した。目に留まったのは、彼女の右腿の後ろに覗く小振りな柄。
 合点がいったとばかりに、ルークはびしりとそれを指差し批判の声をあげた。

「っあー! それだそれ!」
「え?」

 細身ではあるものの存在感のある長剣に隠れるように、密かに右腿の裏に装備された一本の短剣。いざという時の備えだと思い込んでいたそれを、彼女がこまめに手入れしている事に、彼が気付いたのはつい先日の事。
 ――記憶のはじまりから、身近にいたはずなのに。そんな不満も相まって、ルークは鬱憤を晴らすかのように声を荒げる。

「おいリノ! 本気出してるっつんなら短剣も使えよ! 知ってんだぞ、お前二刀流なんだろ本当は!」
「あのねぇ……」

 ぎゃんぎゃんと吠えるルークに、リノは完全に構えを解いて呆れの色を滲ませ溜息を漏らした。
 ――隠していたつもりは無い。気付いたことは知っていた。浮かんだ疑問を自分に直接ぶつけずに、金髪の幼馴染に聞きにいった事も。
 見事に予想通りの反応に、はあ、と一息吐いて眉根を寄せて、彼女は一段トーンの下がった声で答える。

「……それは、長剣一本のわたしを負かせるようになってから言うべきじゃない?」
「関係ねぇだろ! んな中途半端な手加減いらねえっての!」

 リノの変化に気付いているのかいないのか、ルークはなおも不満を露わに要望を述べる。中途半端、の一言に、彼女はぴくりと口角を震わせた。

(……まったく、このお坊ちゃまは……)

 見た目で判断することの恐ろしさ。思い込みによる恐ろしさ。そんな基本中の基本を、ヴァン謡将から教わっていないとでも言うのだろうか。彼は王族で、剣術は教育の一環。とはいえ、王族は存在するだけで命を狙われる理由があるという事実は、いつの時代でも揺らがない。今後の為にも、一度痛い目見ておいた方がいいのでは、と、リノは半ば本気で考える。
 ――相手は王族。自分はファブレ家を守護する白光騎士団の一員。それを内心で改めて確認した後、リノは一度鞘に戻した愛剣の柄を再び握った。右手では長剣を、左手では、指摘を受けた短剣を。
 リノの思惑など知る由もないルークは、彼女の構えを見て目を輝かせる。

「っしゃ! 出し惜しみすんなよな!」
「……やめておけルーク、お前にはまだ早い」
「!」

 突如会話に割って入った第三者の声。弾かれたように声の主を見やった二人の前には、リノのそれより濃い銀髪を持った一人の青年。リノの左手を制しながら、彼はルークをまっすぐに見つめる。

「レオ」
「だ、だってよぉ……」
「……身内贔屓だと思うかもしれないが、こいつを女だと思って舐めない方がいい」
「べっつに、舐めてはねえけど……」

 レオと呼ばれた長身の青年は、リノを示してルークを窘める。途端に大人しくなったルークを見て、自身の長兄を見上げて、リノはゆっくりと柄から手を放した。
 怒られる、というわけではないらしい。内心やや安堵しつつ、リノはまだ話を続ける風な兄を見守る。

「ルーク、剣士の分類は習ったな?」
「なんだよ急に。習ったけど……?」
「じゃあ、自分がどの部類に入るか分かるな?」
「俺は両手剣使うんだから、大剣士だろ?」
「ガイは?」
「片手剣だから剣士だな」
「俺は?」
「え……っと、レオは両手剣使いで、あと第七音素も使えんだろ……聖騎士か」
「じゃあ、リノは」
「二刀流だから双剣士だろ。それがどうしたんだよ」

 普段口数の多い方ではない彼の珍しい饒舌っぷりに、リノとルークは驚きつつそのペースに流される。着地点の見えない話を傍観していたリノは、突然自分のことに向いた流れにぴくりと肩を揺らした。
 焦れてきたルークの返答に、苛つきの色が混ざる。レオはあくまでマイペースに、ぴしゃりと言葉を返した。

「違うな」
「は?」
「いや、半分は正解だが満点じゃない」
「はぁあ?」

 何を言い出すんだ、と言わんばかりに、ルークは目を丸くして疑問の声をあげる。勉強嫌いの彼にしては珍しく、きちんと覚えたはずのこの分野。何か他にあっただろうか、と首を捻って記憶を辿るルークに背を向けて、レオは後ろで聞き役に徹していたリノへと向き直った。
 彼の口から飛び出してきたのは、リノにも、ルークにも、予想だにしなかった言葉。

「……リノ、一勝負付き合え。ルークは下がってよく見てろ」
「え!?」
「は!?」

 後ろ手でルークを花壇側へと誘導しつつ、レオはリノと距離を取る。大剣をすらりと片手で抜いた彼は、真剣な眼差しで実妹を見据えた。左手を添えて本格的に構えたレオを見て、ルークは密かに目を輝かせつつ大人しく外野に退く。

「リノ、“本気”で来い。……分かるな?」
「……!」

 きらり、降り注ぐ日差しに切先が煌めく。かち合った視線とその言葉とで兄の思惑を漸く掴んだリノは、小さく口角を上げつつ二本の剣を抜いた。
 そういうこと。漏らした独り言をかき消すかのように、ぶわり、第五音素が風を引き連れて長剣に纏いつく。

「なっ!!!?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。“本気”で行くよ、レオ兄さん」
「ああ」

 炎を纏った長剣を右手に、何の変哲もない短剣を左手に構え、リノが小さく息を吐いた。


 *


「……すげえ」

 二刀流で戦うリノを初めて見たルークが、瞬きもせず手合わせを見つめながらぽつりと漏らした。口を半開きにしたままランディーニ兄妹を見つめる彼の前で繰り広げられていたのは、鍛錬とは言い難い本気の勝負。
 両手剣を扱っているとは思えない軽やかさで重たい一撃を繰り出すレオと、力では劣るものの、素早い動きと長剣に纏った炎とで、自分のペースを作り出すリノ。まるで激しい舞踊のようなそれに見とれながらも、ルークの頬には冷や汗が伝う。
 一進一退の互角の勝負か、ややレオが優勢か。そうルークが結論付けたちょうどその時、試合を左右する一撃が繰り出された。

「っ!」
「……っ、」

 燃え盛るリノの剣がレオの前髪を掠める。身を屈めて避けた彼に襲い掛かるのは容赦ない膝蹴り。それも寸での所で仰け反って避けた彼が後ろに飛んで距離を取れば、リノは左手に握る短剣を、彼の着地地点へと投げつけた。
 レオの表情がさっと青ざめる。ルークがリノの左手に第三音素の余韻を見たその瞬間、彼女の形良い唇から、歌うように詠唱文句が零れ出た。

「……サンダーブレード!」

 ――直後、地に突き付けられた短剣から迸る稲光。

「!!!!」

 天に向かって走り抜けたそれは、ぎりぎりの所で横っ飛びに逃げたレオを追いかけるかのように、短剣を中心に円を描き、その範囲を広げて降り注ぐ。嵐がやってきたかと錯覚するほどのそれに、屋敷の窓から数人分の顔が覗いた。が、中庭の中心にリノの姿を認めると、彼らはすぐに仕事へと戻っていく。
 その一部始終を口をあんぐりと開けて見つめていたルークの元に、どう逃げ切ったのか、無傷のレオがすたすたと戻ってきた。短剣を回収し、そこに生み出してしまったクレーターを苦い表情で見つめるリノを指差して、彼は先程の答えをさらりと述べる。

「……こいつの本分は譜術剣士だ。しかも、二刀流のな」




 *




 ――あの雷鳴騒ぎから数日後。
 見事な雷を起こしてみせた張本人は、屋敷の庭で柱の影に隠れていた。

「……助け船出してくれたってのは、分かってるんだけどね」
「むしろ渡し船になってるよな」
「………」
「おい、リノー! 屋敷に居るのは分かってんだぞ!! 出てきやがれー!!」

 げんなりした様子で言うリノに笑いながら言葉を返すのは、彼女と同じく物陰に身を潜めるリノの次兄・ディル。的を射た彼の軽口にリノが黙り込んだそのとき、中庭ではルークが大声を張り上げる。その生き生きとした声に、二人は思わず顔を見合わせた。

「……それ、レオには言わないでよね。地味に凹みそうだから」

 盛大に溜息を吐きつつ言う彼女の言葉に被さるように、ルークの大声は未だ止まない。時折誰かとの会話と思しきものを挟みながら、聞こえてくる単語は、手合わせ、雷、炎、譜術。正直、助け舟を出すどころかルークの興味を存分にそそってしまったらしい。長兄の気遣いには感謝しつつも、リノはまたひとつ小さく嘆息した。

「なんだよリノ、レオには甘くないか!? ディル兄さんと扱い違くね!?」
「はいはい、そんなことないって、ディル兄さん」
「……おかしい……久しぶりに兄さんって呼ばれたはずなのに嬉しくない……なんか違和感が……」
「気のせいじゃない?」

 ひそひそと軽口を交わし合いながら、リノはこの面倒な状況からどう逃げようか画策する。真剣な表情でルークの動きを窺うリノを眺めて、ディルはふぅむと一人唸った。なにかに納得した風のそれを聞いて、リノは怪訝な表情で彼を振り返る。

「なに?」
「……いや、リノがおおっぴらに譜術使ったのって、随分久々だよなと思って」
「……そうだね」
「使えばいいのに」
「んー……」
「使えばいいのに」
「なんで二回も言うの」
「いやー?」

 ニヤニヤと楽しげに笑っていたディルの笑顔が、ふと柔らかで温かいものへと変わる。彼の思うところを察したリノは、居心地悪そうにゆるりと視線を外した。
 と、そんな時、楽しげな次兄の横顔を一瞥して、彼女の頭に一つの疑問が浮かんだ。

「……ねぇディル、そういえばなんで……」
「ディル!! ここに居るのは分かっていますのよ!!」
「!!」
「あれ? ナタリア?」
「………」

 ……なんで居るの、その問いかけに対する答えは、質問する前に聞こえてきた。
 護衛対象の王女から名前を連呼されているディルは、ひくひくと顔を引き攣らせて身を固くする。軽いように見えてやる事はきっちりやる兄の珍しい様子に、リノは問いかける代わりに首を傾げた。
 こちらも生き生きと楽しげなナタリアの声をバックに、ディルは大仰に額に手をやりつつ、リノに小さく耳打ちする。

「つまりあれだ、俺も似たり寄ったりってこと」
「仕事じゃない面倒事?」
「お、おう……」
「……観念しよ、今あの二人が遭遇したら余計に厄介でしょ」
「……5分休憩したらな」

 同時に嘆息した兄妹の願いもむなしく、探し人を呼ぶ二つの声がはたりと止んだ。直後、二倍になったそれはつまり、恐れていた状況が今まさに起こってしまったことを示す。

 ――更なる面倒事が生まれる前に、と、二人が観念して物陰から姿を見せたのは、それから3分後のこと。










羊飼いの憂鬱




あとがき
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