Others | ナノ

※オリキャラ(夢主兄)出張ってます! 苦手な方は要注意!







 ――あまりお屋敷に居ないわたしにご不満を持っていらっしゃるのは、ルーク坊っちゃまだけではなかったらしい。

「リノ!! 戻って来ていたのですか!?」

 徐々に大きくなってきた可愛らしい足音に反して、なかなか豪快に開け放たれた部屋の扉。わたしのベッドに広げたお土産の数々を物色中だったルークは、飛び込んできた小柄な人影を見るなりあからさまに「げっ」と声を漏らした。彼女はそんなルークに冷静な一瞥をくれただけで、絡みに行くでもなく大股で一直線にわたしに歩み寄る。
 恐れ多くも姉妹のような関係を築かせて頂いている彼女のそんな様子に、思わず口角が緩むのは仕方ない。いろいろと疑問点はあるけれど、まずは再会の言葉を口にする。

「ナタリア。久しぶり」
「もう、リノったら、戻って来るなら連絡くらい下さいな!」
「……え? ディルに行ってるはずなんだけど」
「ディル!?」

 ……あぁ、この剣幕の原因はこれか。

 事情を察しつつも彼女の護衛を勤める次兄の名を出せば、悲鳴にも近い抗議の声を上げたナタリアが猛然と扉を振り返る。
 主の非難の声にひょこりと顔を出したディルは、悪びれる様子もなくやれやれと軽く肩を竦めた。それからナタリアの御前までするすると足を進め、流れるような動作で跪くと、大仰に彼女の手を取って軽く口付ける。

「……申し訳ありません姫様。ついうっかり」
「うっかり、じゃありません! 知ってて言わなかったでしょう!」
「あ、分かります?」
「当たり前でしょう! あとその中途半端な敬語も止めなさい!」

 にっこり、と一点の曇りも無い爽やかな笑顔を浮かべるディルと、煙が出そうな勢いで彼に食って掛かるナタリア。この二人を見ていると、我が兄ながらよく不敬罪に問われないものだと常々思う。お心の広い陛下に感謝。
 わたしに会いに来たらしい割に、(傍目には生き生きと)ディルとやりあっているナタリアを後目にベッドに腰掛ける。私の脇では、ルークが二人のやり取りに耳を塞ぎつつも、未だせっせと土産選びに精を出している。こっちもこっちで相変わらずだ。
 いつもの微笑ましいじゃれ合いが済んだ頃、漸くナタリアがこちらを向いた。

「そうですわ、ディルの軽口に構っている場合ではありませんでした」
「酷いなーナタリア、俺はいつでも本気なのに」
「……ディル、話進まなくなるから」
「リノまで! 兄ちゃん拗ねるぞ!? なぁルークぅ、二人とも酷くね!?」
「俺に振るなよ……」

 このまま長引かせると厄介だ。楽しげに悪ノリを始めるディルは放っておいて、わたしの手を取るナタリアを見上げる。
 彼女はわたしと眼を合わせると、きらりと瞳の奥を輝かせて、手を握る力をきゅっと強くした。

「リノ、荷解きが終わったらお茶でも飲みに来ませんこと? また旅の話を聞かせて下さいな」

 にこり、と上品に笑んだナタリアはまさに一国の姫様。ルークも公爵子息としてちょっとは見習って欲しいね、なんて呑気な感想を浮かべていたら、そのルークは弾かれたようにお土産の山から顔を上げた。
 ……あぁ、これは、“来る”な。ちらりと顔を上げれば、ディルもわたしと同じような表情を浮かべていた。さすが兄妹。

 そして見事に予想通りに、スイッチの入ったルークは猛然と立ち上がる。

「はぁ!? リノはこれから俺と剣術稽古すんだよ!!」
「まぁルーク、疲れて帰ってきたリノにそんなこと!」
「そのリノが良いっつったんだから良いだろ!」
「どうせ貴方が押し切ったのでしょう!?」
「ちっげーよ! 言い出したのはリノの方だ!!」
「あら、ではそのリノがやはりわたくしと来ると言ったら、貴方は潔く身を引くんですわね?」
「だーっもー、うっせーな! 先に約束してあんだからこっちが先だっつの!」
「剣術稽古ならガイが居るじゃありませんか!」
「ガイとはいつでも出来るけど、リノはほっとんど屋敷に居ねぇだろ!」
「……では、代わりにディルを貸して差し上げますわ。良いですわよね、ディル?」

 仔犬と仔猫のじゃれ合いを兄妹揃ってぼうっと眺めていたら、不意に話の矛先がこちらに向いた。
 ご指名のディルは「俺ぇ!?」と気の抜けた声を上げたあと、がしがしと頭を掻きつつルークに視線をやる。

「や、別に俺は良いけど……な?」
「ディルは嫌だ。団長とかレオとか見に来て視線痛ぇし」
「「………」」

 ……父と長兄の事を言うなら、それはわたしでも余り変わらないんだけど。
 そんな突っ込みをこの場で出しても仕方ないっていうのは、わたしもディルも承知済み。ディルは一度わたしと眼を合わせた後、苦笑を浮かべてナタリアを見た。

「ま、リノはそんくらいで音を上げるタマじゃないけどなぁ」

 やんわりとした仲裁ともとれる彼の言葉。でもそれは逆に、火に油を注いでしまったらしい。
 その一言で眼の奥に火が付いたナタリアは、今度はディルの方に向き直って拳を握る。

「まぁ、ディル! 貴方はどちらの味方なんですか!」
「え、いや、別にどっちってワケでも……」
「なんですのその曖昧な態度は! だいたい貴方は……」
「おい! 俺を無視すんなー!!」
「わーった分かった、無視してねぇって」
「じゃあディルはどっちの味方なんだ!?」
「えぇー……!?」

 ルークも巻き込んでわあわあと飛び交う三人の言葉。いつの間にかわたしは蚊帳の外。ある意味いつもの光景だし、帰ってきたなぁ、って実感できる瞬間でもある。
 こうなったらもう止めればとばっちりしか飛んでこない三人を眺めつつ、ベッドに深く腰を下ろす。

 こつん、と窓枠に頭を凭せ掛ければ、窓の外に一つの慣れた気配が現れた。

「なんだなんだ、賑やかだな」
「あ」
「「「ガイ!」」」

 外から降ってきた聞きなれた声。鶴の一声とでも言えそうなそれに、言い争いが綺麗に止まる。一斉に名前を呼ばれた金髪の幼馴染は、ひょいっと窓枠を越えて軽々と部屋に飛び込んだ。
 賑やか、と形容するには少々喧しい三人に笑いかけたあと、ガイはわたしの方に向き直る。

「やぁ、久しぶりだな。おかえり、リノ」

 ――ふわり、部屋を吹きぬけた微風のように爽やかに、ガイはさらりとその言葉を口にした。

「……ふふっ、ただいま」
「「「!」」」

 バチカルに戻って来てから初めて掛けられたその言葉に、思わず柔らかい笑みが零れる。自然に緩んだ頬もそのままにガイに笑いかければ、視界の端で三人がぴたりと動きを止めていた。
 急に静かになった三人を振り向けば、彼等は揃ってわたしを見つめる。

「「「リノ!」」」
「は、はい?」

 ふっと柔和な笑みを湛えたディル、若干耳を赤くして目を逸らすルーク、はにかんだように微笑するナタリア。
 三者三様の反応を浮かべながらも、出てきた言葉はほとんど一緒だった。

「おかえり、リノ」
「お、おかえり……」
「おかえりなさい、リノ。長旅、お疲れ様でした」

「……ただいま」

 わたしが返事と一緒に笑えば、ゆるりと緩む三人の頬。
 ――あぁ、たった一つの優しい単語で、場の空気は、こんなにも和らぐんだね。










仔猫のアリア


(ディルはともかく……可愛いなぁこの子達)
(おーいリノ、お兄様がそこで分かりやすく拗ねてるぞー)




あとがき
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