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(※本編一年前)


 白光騎士団所属、といっても、わたしは毎日ファブレ家の門やエレベータの前に立ちんぼうだったり、いつもいつも鍛錬ばかりに明け暮れていたりするわけじゃない。二十歳を迎えて中堅と呼ばれる立場になれば、回ってくる仕事は外回りという名の視察や偵察、ちょっとしたお伺いや軽い接待なんかの方が断然多い。
 特に、団長子息でしかも女、のわたしはそういった仕事に使いやすいらしく、ここ最近はバチカルを出たり入ったり。一週間出張して、お屋敷に帰って、一日二日お休みを頂いて、それから一ヶ月の出張、なんてしょっちゅうだ。
 マルクトとの緊張状態が続くようになってからは特にそう。お屋敷に一週間以上留まっていた覚えがない。

 だからと言って、わたし自身はこの状況に不満があるわけじゃない。

 お屋敷に引き篭もってるよりバチカルの街に出る方が、バチカルだけに留まっているよりさらに外に出る方が好きなわたしには、今の立場は正直有難いくらいだ。
 外に出て、知らないものを見るのが好き。知らない人に出会うのが好き。知らない土地の食べ物が楽しみ。そんな呑気な事言ってられる仕事ばかりでもないけど、大地を吹き抜ける風の薫りを感じることが出来れば、それだけで外に出た価値はあると思えるから。

 ……そう、わたし自身に不満は無い。
 わたしのこんな状況に不満を持っているのは、バチカルの最上階層に住む、この国一番のお坊ちゃまだった。









「「お疲れ様です!」」
「ただいま。お疲れ様」

 最近漸くサマになってきた敬礼をぴしりと決めた後輩達に、目礼ひとつ残してゲートをくぐる。ぎい、と重厚な音を響かせた扉の向こうでは、わたしも親しくしているメイド達がいつものように綺麗に整列していた。仕事中の彼女達から、ちらちらと遠慮がちに送られる視線に篭るは労いの色。わたしも小さく口角を上げて、控えめにそれに応える。

「白光騎士団第一小隊所属、リノ・ランディーニ、只今戻りました」
「……おぉ、リノ! 戻ったか」

 ここは意外に声が反響する。いつも玄関扉から見える位置に居るラムダスさんが居なかったから、少し大きめに述べた口上。ほわんほわんと響く余韻が収まりきる前にわたしの帰還に気付いた家人は、恐れ多くも旦那様そのひとだった。
 旦那様は敬礼するわたしに相好を崩すと、こちらに向かう歩幅を大きくする。

「此度は、長旅をさせて……」
「リノっ!!!?」

 ――と、旦那様の言葉を遮って、不意にわたしの前に飛び出してきた赤い人影。

「なんだよやーっと帰ってきやがったか! おっせーよ!! 今回はどこ行ってたんだ? 土産あるよな土産!?」
「……、ルーク、」

 彼はばしばしとわたしの肩や腕を叩きつつ、右側に下ろした荷物を興味津々に眺めつつ、頭の先から爪先までわたしを観察する。わたしの腰辺りまでしか身長がなかった時から、目と鼻の先まで迫ってきた現在までずっと、彼のこの賑やかすぎる出迎えは変わらない。

(……そろそろ、教育的指導が必要かなぁ)

 そうは思うけど、金髪の幼馴染とは違って、わたしはあくまで白光騎士団の一団員。一応、彼と共に『ルークを頼む』とは言われているけれど、流石に旦那様の目の前でおもむろに説教を始めるのは憚られる。
 土産土産と連呼するルークに、曖昧に(やや引きつり気味の)微笑を返していたら、きょろきょろと忙しなく動く彼の肩の向こうで、旦那様が小さく笑いを漏らす。
 つられて顔を上げてみれば、そこにあったのは、予想以上に温かい笑顔で。

「……リノ、報告は荷解きが終わって落ち着いてからで良い。ご苦労だったな。まずはゆっくり休むがよい」
「旦那様……」
「お、さっすが父上、話が分かる!」

 ……まったく、旦那様も甘いんだから。

 調子よくひゅうっと口笛を吹くルークをひと睨みすれば、彼はにやりと笑って肩を竦めた。
 そんなわたしたちの無言のやりとりを見て、旦那様は更に笑みを深くする。

「最近塞ぎ込みがちだったルークが、ここまで生き生きしておるのだ。リノ、疲れているところ悪いが、ルークを頼むぞ」
「………」
「なっ! 父上!?」
「……承知致しました」

(なるほどね……)

 ふ、と少しだけ表情を崩して敬礼。返事代わりに軽く上げられた右手が、終わりの合図。
 旦那様がくるりと背中を向ければ、ルークは上がっていた肩をすとんと落としてわたしに向き直った。機嫌が悪い事を主張すべくぷっくり頬を膨らませる様も、昔から――いや、五、六年前から変わらない。
 彼の口から終わりの無い文句が飛び出す前に、先手を打つべく口を開く。

「最近、ヴァン様もガイも忙しかったの?」
「は? なんで知ってんだ?」

 確認のための質問を投げ掛ければ、途端にきょとんとした表情を浮かべるルーク。わたしの意図は分かっていないらしい。
 そこがルークなんだよね、と思いつつ、喉まで出掛かっていた言葉を飲み込んで、床に置いた鞄を手に取った。

「……さて。荷物置いてくるわ」
「おいリノ! 無視すんなよ!!」

 鞄片手に自室へと向かえば、ルークは足元にじゃれつく仔犬のように纏わり付きつつ着いて来る。思わずふっと笑いを漏らせば、「なに笑ってんだよ」とすぐさま噛み付く。あぁもうだめ、ゆらゆら揺れる彼の長い赤髪が、犬の尻尾に見えてきた。
 笑いを噛み殺しつつルークを振り返る。小さく息を吸ったあと、彼の鼻先に魔法のひとことを。

「これ置きにいかなきゃ、お土産も出せないし剣術稽古も出来ないけど?」
「!」

 ――その効果は、思った以上に絶大だった。

「……おっしゃ! 置いてくる!」
「あっ、ちょっ、ルーク!」

 瞬時に目を輝かせたルークは、わたしの腕から全ての荷物を素晴らしい反射速度で奪い取る。そのまま長い廊下を駆け抜け、わたしの部屋まで一直線。ルーク一人が行った所で鍵は開かないし、お土産はその中に入ってるんだって、気付いているのかいないのか。

「ここで、『持ってやるよ』って言えるようになったらねぇ……」

 ……構ってくれる相手が居なくて拗ねてるようじゃ、そんな日はまだまだ遠そうだ。










仔犬のカノン


「おいリノーっ! 鍵ー!!」
「はいはい、今行きますよー」




あとがき
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