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※ロイ→リザ前提。苦手な方は要注意!



「ランディーニ准将、どうぞ」
「あら、ありがとう中尉」

 鼻腔を刺激する薫り高いコーヒー豆の香り。どこからともなく微かに部屋に届くだけだったそれは、ホークアイ中尉が開いた扉からふわりと広がってきた。丁度目を通し終わった書類の束を机に置いて、コーヒーカップを有難く受け取る。

「今見せてもらったけど、全部大丈夫だったわよ」
「そうですか。有難うございます」
「……それにしても、よくあの大佐にここまで書類処理やらせたわね。お疲れさま、リザちゃん」
「ふふ、恐れ入ります」

 自分が褒められ上司が揶揄され、若干苦笑い気味に微笑むリザちゃんを眺めつつ、焔の錬金術師と呼ばれるかつての同僚を思い出す。数年前に勤務地が分かれて以来だけど、あの頃から彼の書類仕事のしなさ加減は酷くて、当時の部下の振り回されっぷりは可哀想だった。今は私の下に居る彼の苦い顔が目に浮かぶ。
 リザちゃんが有能なのとロイの使い方の上手いのも勿論だけど、彼が無能なわけではない。今や出世してロイと同じ大佐という地位に付いているのが何よりの証拠だ。
 ……だからだろうか、ちょっとした邪推が浮かんでしまうのは。

「……リノさん? どうかしましたか?」
「ん、あ、ああ、ごめんなさい。ちょっとね」

 あんまり私が見つめるからか、少々困り顔でリザちゃんが声を上げた。耳朶を擽る柔らかく落ち着いた声からは、戦場で『鷹の目』として恐れられていることなんて想像も出来ない。くす、と微笑を漏らすと小首を傾げられた。
 私が口を薄く開いた丁度その時、先程から微かに聞こえていた控えめに床を叩く音が扉の前で止まった。金属と木が擦れる音がして、外の冷気が部屋に流れ込む。コーヒーの湯気がふわりと揺れた。足音が部屋の中に響く前に、溢れた言葉を零す。

「うちにもこんなよく出来た可愛い部下が欲しいなーと思ってね」
「悪いがお断りだ。ランディーニ准将、貴女の下にも、大層有能な男が付いているでしょう?」
「……やぁね、冗談よ。久しぶりねロイ」

 “焔”の二つ名を持つくせに、手元のコーヒーが冷めそうな冷え切ったオーラを纏って現れたのは元同僚。後ろから降ってきた声に振り返れば、彼は私が座るソファーとリザちゃんとの間に割り込むような形で立っていた。まったく、と内心呆れかけたところで、マスタング大佐殿は私の心の声とまったく同じ台詞を軽い溜息と共に吐き出した。

「リノ……変わらないな君は……」
「褒め言葉として受け取っとくわ」

 冷める前にとコーヒーを美味しく頂いて、書類の束を手に立ち上がる。机に置こうとしたカップを自然と受け取ってくれるあたり、リザちゃんは本当にロイの部下にしとくのは勿体無い。噂を聞く限りじゃ、なかなかの良いコンビみたいだけど。
 その黄金コンビの真ん中をさっきのロイのようにすり抜けて扉を背にする。掛けておいてもらったコートに袖を通すと、ロイが驚きの声を上げた。

「なんだ、もう帰るのか? リノが来ると聞いて駆けつけたというのに」
「駆けつけたも何も、あんたの職場はここでしょう」
「おや。相変わらずつれないな。夕飯でもご一緒させて頂こうと思ったんだがな」
「残念ながら時間が無くてね。それに、ご一緒するならリザちゃんの方がいいわ。なんなら連れて帰りたいくらいだもの」

 リップサービスは相変わらず絶好調らしい。かわすよりも余程効果があるだろうと思って、するりとリザちゃんの腕を取って組んで見せる。そんな私を見て、ロイはこれみよがしに大きく嘆息した。客である准将と上司である大佐に挟まれて困惑気味のリザちゃんの両肩に手をやり、少々強引に私から引き剥がす。

「准将殿が相手じゃ、中尉も嫌だと言えずに困っているだろう。私の大事な部下で遊ぶのはやめてくれ」
「……大佐、ランディーニ准将に失礼ですよ」
「あらあら」

 ……女相手にこれじゃ、中尉も苦労しそうね。
 浮かんだ言葉をそのまま吐いたら、この後困るのはリザちゃんの方かもしれない気がして、曖昧に笑ってお茶を濁しておく。それでも、言葉の置き土産一つくらいは許されるはず。ドアノブに手を掛けて振り返った黄金コンビの後ろには、眩しく輝く夕日が差していた。

「馬に蹴られる前に帰るとするわ。リザちゃん、コーヒーご馳走様」









歌詠みのセキレイ


(はは、相変わらず無駄に鋭いことで……)
(遠い目で夕日なんて見つめてないで仕事して下さい大佐)




あとがき
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