Others | ナノ

 お使いでも頼むかのように総隊長が軽く言うのを内心怪しいなぁと思いつつ、渋々承諾して久々に現世まで来てみれば。

 ひとことで感想を述べるなら――なにこれ!

「この数を……ひとりで捌けと!?」

 聞いてないわよ、って腹の底から尸魂界に届くくらい思いっきり叫びたいところだけど、そんな暇すら無いのが悔まれる。腹立ち紛れに緋焔(あけほむら)を力に任せて一閃、あたしに向かってだらりと手を伸ばすギリアン三兄弟を右から左へ薙ぎ払う。地響きと共に崩れ落ちたあいつらに性別とか兄弟とかあるのか知らないけど。そんなどうでもいい事を考え始めるのは、余裕ではなく焦りの現れだ。
 問題の場所は田舎も田舎、正面に青々とした綺麗な海が広がってる以外は、延々とだだっ広い砂浜が広がってるだけ。周囲に被害を及ぼさないって点では、確かに猛烈な火力でゴリ押しするあたしの相棒にはピッタリだ。だからあたしが呼ばれたんだろう、それは分かる。けど、けどさ、さすがに。

 ――久々にギリアンが出たとは聞いたけど、十体も出たなんて聞いてない!!

「嫌がらせ!? 隊長昇進蹴った嫌がらせ!? いーじゃんギンがやってくれるってんだから!!!!」

 山爺を恨みつつ更に大きく一薙ぎ。炎の柱が上がると同時に、二体のギリアンがゆっくりとその巨体を傾かせる。これでやっと半分だ。とはいえ、相手は平の隊員なら裸足で逃げ出しても許される大虚。そのうえ相手はトロいけど無駄にデカい。それを十体。しかもひとりで。
 体力だけは隊長たちにも負けない自信はあるけど、さすがに疲れが出てきた。足元を掠めた虚閃にひやりとしつつ、それを放った目の前の一体に詠唱破棄で雷吼炮をお見舞いしてやる。
 これで、あと四体。そう時間は掛けてられない。一気に終わらせる!

「縛道の六十三――鎖条鎖縛!」

 四体同時に動きを止めてやろうと放った縛道は、そのうち三体の自由を奪った。太い鎖でぎりぎりと締め付けられたギリアンは、そのデカい身体をもぞもぞと緩く動かす。
 一体取り零したのは分かってるけど、そっちに意識をやればこっちの三体の拘束が解けてしまう。先にこっちの始末だ、と双蓮蒼火墜の詠唱に入る。

 君臨者よ、最初の一言を口にしたところで、視界の端で虚閃が光った。

「っ!!!!」

 やば、と思った時には既に時遅し。勘と反射神経だけで辛うじて直撃は免れたけど、脇腹に燃えるような痛みが走る。鎖条鎖縛だけでも必死で保とうとしたあたしの努力も虚しく、途端に三体を拘束する鎖が僅かに緩んだ。何も考えてないような顔してるくせに、奴らはここぞとばかりに身体を大きく身じろぎさせて下さって、抑え付けるのでいっぱいいっぱい。ちょっとダブルでピンチだ。どうしよう。

 ――次に視界の端に映ったのは、二発目の虚閃じゃなくて、白の羽織。

「……散れ、千本桜」
「!」

 聞きなれた、でもここに居るはずも無い声が響いた一瞬後、拘束し損ねたギリアンは塵と化した。直後、刺すような痛みがふっと一段弱くなる。脇腹に感じた暖かいものに振り返れば、微笑を浮かべる烈さんがあたしを支えてくれていた。
 つまり、隊長が二人も援護に来てくれたってことか。豪勢だなぁ。そんなことを呑気に考えている間に、白哉は残りの三体もさっさと片付けてくれたらしい。相変わらずの無表情のまま、すたすたとあたしに近付いてくる。

「ありがと白哉、助かったよ。烈さんも」
「ふふ、無事で何よりです」
「………」

 にこやかに答えてくれる烈さんとは対照的に、白哉は無言であたしに手を差し出した。だからと言って立たせてくれる訳でもない彼は、暫しの沈黙の後、一言。

「礼は要らぬ。代わりに、きびだんごを寄越せ」










「……という夢を見たのよ」
「……………」

 ――あれから百年も経ってるなんて、それこそ夢みたいだ。

 烈さんとのやり取りまでは、確かに過去の記憶に違いない。ギリアンですら珍しかったあの頃。過去の記憶を追体験しているかに思えたそれが夢だと気付いたのは、最初の虚閃が身体を掠めたとき。今なら余裕で避けられるそれは、過去が平和だった証か、あたしが少しでも成長した証か。
 話が終わってあたしがお茶を啜ってお盆に戻して、お皿に盛ってあるきびだんごを一つ口に運んで咀嚼して飲み込んで、またお茶を啜ってお盆に戻すまで白哉は無言を貫いた。
 ちらりと横目に伺えば、湯飲みを持ったままどこか遠い眼をした彼の眉間には若干の皺が寄っている。あぁなんか深読みしてるな、と思ったら、庭の向こうの何処の何を捉えているか分からない視線はそのままに、白哉は漸く口を開く。

「……それで、本題は何だ」
「へ?」
「選択はともかく、お前が手土産持参で訪ねて来るとは、余程の面倒事なのだろう」
「………」

 表情を変えずに断言した白哉の眉間から皺は消えていた。こうもハッキリ言われてしまうと、今度はあたしがだんまりする番だ。疚しいんじゃない、返す言葉が見つからないだけ。
 確かに、それこそ正にあの頃、激辛キムチを貢物に隊長昇進の話蹴るからフォロー宜しくって頼んだような気がするけど。そもそも、本当に頼み事するんだったら、甘いものじゃなくて辛いものを選ぶくらいには付き合いが長い。
 今更ながらに思う。……彼の中で、あたしは一体どういう立ち位置なんだろう。

 自分の思考に耽り始めて本格的にだんまりになったあたしを見てか、白哉は小さく嘆息した。

「……郵華」
「! え、あ、何?」
「言ってみろ。百年に一度の頼み事だ。聞いてやらんこともない」

 いつの間にやら、白哉の中では本日の本題は『面倒な頼み事』に確定していたらしい。口元には薄いなりに柔らかい笑みさえ浮かんでいる。

 そんな表情を見てしまったからか、あたしの口は、これから零す言葉も分からないままに滑り出した。

「……あのね、」

 








駒鳥の夢唄い


(これでホントに夢見たから来ただけって言ったら、どんな反応するかな……)




あとがき
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