Others | ナノ

 ――人間界で初日の出を見たら、なんだか無性に、さっさと尸魂界に帰りたくなった。

「はぁい十番隊のみなさん、あけおめー!」
「あらぁ、おかえり郵華〜!」
「……渡、お前……せめて年始めくらいは扉から入って来い……」

 どがしゃん、と盛大な音を立てて開いた窓にヒビ一つ入っていないだけ普段より相当マシなのに、冬獅郎は新年早々相変わらずな小言を下さった。あけおめ〜、と頬を緩めて手を振り返す乱菊は、既に耳までほんのり赤い。いつから飲んでんの、ってのは聞いたら負けだ。
 真面目に机に向かってる冬獅郎と、お猪口片手にソファに身体をだらんと預ける乱菊。休みだか出勤日なのかよく分からない光景の広がってる十番隊の執務室に隊士は疎らで、やっぱり年始なんだなぁと再認識。
 部屋を一通り見渡したら、片手にずっしり重い紙袋を持ち直す。素手で触るには少々冷たい窓の縁をえいっと掴んで、屋根瓦を蹴って跳び越えた。肌を撫でる空気が刺さるような外気から一転、柔らかく暖められたものへと変わる。

「まぁまぁ、カタいこと言わない! ちゃーんと年始らしくお年玉持って来たんだから。乱菊にもお酒買ってきたし」

 冬獅郎の視線が痛いもんだから、今度はゆっくり窓を閉める。背筋を冷やす北風をシャットアウト。通い慣れた進入経路を通過して、持ち上げた紙袋に加えてぱちんとウインクひとつしてみせる。
 そんなあたしの素敵な茶目っ気に対して、十番隊幹部二人の反応は正反対で。

「わ、でかしたわ郵華!! うっふっふ、人間界のお酒〜!!!!」
「………」

 背景に花を散らしてご機嫌であたしに駆け寄ってきた乱菊は、素晴らしい勢いで紙袋を強奪する。開いた袋の中に一升瓶を認めると、目にも止まらぬ速さでソファーに戻って栓を開け、いそいそとお猪口を並べて注ぎ出した。しっかりあたしの分も用意してくれてるらしい。いつの間に。こういう時の乱菊の素早さはすごい。
 対する冬獅郎はというと、机に頬杖付いて頭抱えて大きな溜息をひとつ。静かに開いた口から出てきたのは、年始早々いかにも機嫌悪げな低音ボイス。

「……いつまで俺を餓鬼扱いすりゃ気が済むんだよ、お前は……」
「や、別にガキ扱いしてるつもりはないけど……むしろ年下扱い? 直属の上司でもないし、実際年下だし、ちっさい頃から知ってるし、弟みたいなもんだし……習慣っていうかね?」
「だからそれをやめろっつってんだろ……」

 紙袋に残ったもうひとつのお土産を片手に、冬獅郎の顔を覗き込む。分かりやすくふいっと逸らされた顔。眉間に深く刻まれた皺。あらら、本格的に機嫌悪い。何をどうしたらこうなるかってのは分かっちゃいるけど、どうしてもからかいたくなるのは、何十回、何百回と年が明けても変わらない。こういう時の最後の台詞は毎回一緒だ。

「そーね、冬獅郎の氷輪丸があたしの緋焔に勝てたら考えたげるよ」
「んー、流石の隊長でもそりゃ厳しいわよー。郵華の火力ったら総隊長に次ぐレベルでしょ。氷と炎じゃねぇ〜……」
「松本テメェ……」

 あたしの軽口に乱菊が乗っかれば、冬獅郎の額にぴしりと青筋が浮かぶ。矛先を向けられた乱菊はヤバっと一言呟くと、さっさとソファーの陰に隠れてちびちびとお猪口を煽り始めた。……逃げたな。
 残されたあたしの目の前には、不機嫌最高潮の冬獅郎。顰められてもなお整ったその横顔を暫く眺めてたけど、それこそ氷の彫刻のように何の変化も見られない。
 ……とはいえ、雪や氷を溶かすのは、それこそあたしの専門分野なんだけど。

「ねー冬獅郎」
「……んだよ」
「あたしの一年の目標はね、毎年一緒なんだ」
「……?」
「冬獅郎の『勝てない相手』で居続けること。目標が無いと、鍛錬にも身が入らないでしょ?」
「……ふん」
「……ねぇ冬獅郎、おねーさんからのお年玉、貰ってくれない?」
「実年齢四桁でお姉さんは無ぇだろ」
「人間界行けば20代前半で通るからいいんですー。で、どうなのよ」

 ――二度目の大きな溜息とともに零された言葉に混じるのは、雪解けの気配。

「……やるっつって差し出されたモン突っ返すほど狭量じゃねーよ」

「……じゃ、これ。冬獅郎に『お年玉』ね?」
「……は?」

 にやりと笑って『それ』を冬獅郎の眼前に置けば、予想通りの気の抜けた返事が返ってくる。ゆるゆるとあたしの方に向いた翡翠の双眸から、冷たい色は消えていた。










初鶯の神楽歌


(ふふん、引っかかったー! でも冬獅郎好きでしょこの『玉露』!)
(この阿呆に勝てねぇと思うと頭痛がしてくる……)




あとがき
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