Others | ナノ
今日も朝からツイてなかった。
寝坊して遅刻するし宿題やってなかったのに授業じゃ当たるし体育じゃヘマやらかすしお弁当忘れるし、掃除の時間はバケツに躓いて転んで足がびちょびちょ。返された小テストも毎度の事ながら見事にボロボロ。
自分で言うのもなんだけど、ホント救いようがない。
今日唯一の良いことといえば、5時間目の英語の先生が休みで早く帰れるようになったことくらい。
こんな日はサッサと帰って大人しくしてよう、そう思ったオレは今、脇目も振らずに家を目指してる。
……今日はもうこれ以上悪いことは起きませんように、そんな事を思いながら。
だけど、今日はホントのホントに厄日だったらしい。
家まであと5分というところで、今日一番の災厄が、文字通り『降りかかって』きた。
「――危ないっ!!」
「……えっ!?」
頭上から聞こえてきた声につられて上を見上げると、見えたのは声の主じゃなくてオレに向かって一直線に降ってくる茶色い物体。
それが何かを認識するより先に、身体は危険を察知する。
……あれは、ヤバい。
でも、足が動かない――!
そんな時、目を思いっ切り瞑って頭を抱えて衝撃に備えることしか出来なかったオレの横を、一陣の風が吹き抜けた、気がした。
「……Non ti preoccupare?」
「っ!?」
いつまで経っても来ない衝撃の代わりに降ってきたのは、どこか知らない国の言葉。
びっくりして顔を上げると、オレの背丈より少し高いブロック塀の上で、若い女の人が植木鉢を片手にオレを見下ろしていた。
え、まさか、アレが降ってきたっての!?
……って事はもしかしてこの人、オレの事、助けて……くれたのか?
頭ではそう思っても、感謝の言葉よりも先に出てきたのは、なんとも情けない声だった。
「あ、あのっ、オレ、言葉……ガイコクゴ、ワカリマセン……ソーリー?」
「……Ah……そっか、ごめんごめん!」
「へっ!?」
彼女は植木鉢を持ったまま、いとも軽々と塀から飛び降りてきた。
オレの空耳じゃなければ今この人は日本語を喋ったはず。
……だけど、風に靡くセミロングの髪は蜂蜜色で、くりっとした大きな瞳はアーモンド色。
顔立ちが整っている上にスタイルも良くて、まるでモデルさん。
ニコニコと友好的な笑顔を浮かべるこのお姉さんは、どこからどう見ても外人さんだ。
「ごめんね、日本語で大丈夫だよ」
「……お、おお、お上手ですね……!」
「ありがと、私ハーフだから」
「そ、そうなんですかっ!」
随分流暢に話すなぁと思ったらそういう事か。納得。
……って違う違う、こんな風に暢気に喋ってる場合じゃない。
何が起きたのかを聞いて、もし助けて貰ったんならお礼言わなきゃ!
あわあわと口ごもるオレを笑みを絶やさず見つめながら、彼女は植木鉢をそっと隣家の表札の下に置く。
頭上のベランダから、安堵の溜め息が聞こえた。
「それはそうと、大丈夫? って、聞きたかったの。怪我はない?」
「あっ、はいっ、おかげさまで! ホント有難うございました!!」
「そか、良かった」
や……っぱり、アレが、降ってきてたのか……!!
あのままだったらモロに頭に直撃してたはず。
もし当たってたらツイてないとか厄日とかそんなレベルの話じゃない。
どこに居たんだろうとかよくキャッチできたなとか疑問点は沢山あるけど、相変わらずふわふわした笑顔を浮かべてるこのお姉さんは、はっきり言ってオレの命の恩人というわけだ。
……ひとまず、ちゃんとお礼言えて良かった。
「気をつけなよ、少年! まさか植木鉢が降ってくるとは思わないだろうけど」
「わわっ!」
「じゃっ、悪いけど、私急いでるから失礼するね。……Buona sera!」
「……えぇっ!?」
お姉さんは外人さんらしい明るい声を上げてオレの頭をわしゃわしゃと数回撫で、笑顔をひとつ残して颯爽と走り去ってしまった。
あまりに素早い身のこなしにぽかんとしている間に、いつの間にか彼女の姿は跡形も無い。
こうして過ぎ去ってしまえばホントに一瞬と言えるくらいの出来事で、現実に起こった事なのか自信が無くなるくらい。
つい一、二分前にオレの頭上に植木鉢が落ちてきた事も、見知らぬ外人のお姉さんが助けてくれた事も、日本語で普通に会話した事も。
「ホント、何だったんだろう……」
でも、オレの頭に残る手の感覚が、それが現実に起こった事だと確かに証明していた。
……というか、日本人のオレには分からないけど、本場じゃこういう対応も普通なんだろうか? 質問する暇も無かったけど。
――今日は本物の『厄日』だったけど、ひとつだけ良い事があったって言えるかもしれない。
とりあえず、これ以上悪い事が起きる前に、オレは残り僅かな家への道を急ぐ事にした。
to be continue...
★あとがき
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