Others | ナノ

「ジャッポーネ? ジャッポーネって、東の島国…」


彼女は思わず、自分の耳を疑った。

…彼女はその国名自体には馴染みがある。最近名前を耳にする頻度が上がった国でもある。たった今それを口にした彼女の上司から聞かされる事が最も多いその国名。

でもまさかそれがこの場面で口にされるとは、彼女は思ってもいなかった。


「そうだ。お前の父親と、俺と、そしてボンゴレ十代目の生まれ故郷、黄金の島ジパングの事だ!」


ちいさな呟きに答えたのは人懐こそうな笑顔を浮かべた体格の良い男。先程とは違う聞き慣れない国名らしき単語に、彼女はすこし考えるように視線を大理石の床に向けた。


「…親方様、ジパングって『La Description du Monde』に出てくるジパングですよね? 確かに同じ国を指してはいますが、時代が違いすぎます。…私は引っかかりませんよ? 宮殿から民家に至るまでみんな金でできているなんて」


ありとあらゆる頭の引き出しを開閉して見つけた答え。悪戯に笑むアーモンドの瞳と漆黒の瞳がかち合う。1秒。2秒。3秒。4秒。
どちらも目を逸らすことなく5秒きっかり見詰め合った後、彼はその風体に相応しい豪快な笑い声を飛ばしながら彼女のハニーブロンドの髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でた。


「そーかそーか。お前にこういうネタは通用しねぇよな。ま、小せぇ冗談は置いといて、本題だ。…お前なら、これだけでも、俺の言いたい事が……分かるな?」


ひとしきり笑った男はその表情を真面目なものに変え、彼女を見据える。
一段と強くなった黒くあかるい光にも物怖じせず、彼女は軽く頷くと薄桃の唇を静かにひらいた。溢れてくるものを確認するかのように、ゆっくりと慎重に言葉を紡いでいく。


「…つまり、呼ばれている、と。リボーン殿に。今回の依頼は、日本にいらっしゃる次期ボンゴレ十代目に助力する事だと。しかし私はあくまでもボンゴレではなく門外顧問チームの人間。ただ単に『協力する』だけなのか、それとも『全てを以て仕える』のか…。その判断は、私次第だと……そういう、ことですね?」


確証は無いがそれなりの自信はある時の、彼女の独特な喋り方。その間中ずっと大理石の桝目だけを映していたその瞳にふたたび上司の男が映る。
見慣れた瞳の奥に確かな光が燈ったのをみて、男は満足気に微笑んだ。


「……流石に察しが良いな、飛び猫リノ。受けて、くれるか?」
「…勿論、仰せのままに」


そうか、良かった。男は吐息と共に吐き出すと、彼女に背を向け歩き出す。彼女は言葉を発せずに、彼の半歩後ろに付き従った。


「…お前と同い年のアイツが一人で向かって何とかなってんだ。お前は直々に呼び出されたんだから、家やら何やらそーいうものはあっちが何とかしてくれるだろ」
「…そこはあまり心配していませんよ。それよりも親方様」
「うん?」




「…引っ越しが終わったら、『向こう三軒両隣』に、『お蕎麦』を配るんでしたっけ?」

「!」


…彼女がイタリアを旅立つ際、荷物の中には上司が直々に選んだ蕎麦が5袋、しっかり入っていたという。




end...


あとがき
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