Others | ナノ

「…あぁ、アイツだ。だいぶ急な話なんだが…頼めるか?」


…草木も眠る丑三つ時、日本にはそんな言葉がある。

まさにこの表現にぴったりな時間帯に、闇に紛れて動く人影がひとつ。
しんと静まり返った一軒家の中で唯一目を覚ましているであろうその人影――『彼』は、そのちいさな手に不釣合いな大きさの受話器を手にしていた。

暫しの静寂の後に返ってきた相手の返答。彼はふんふんと相槌を打ち、軽く頷いたり唸ったりしながら話を聞くに徹する。
廊下の奥に微かな衣擦れの音が反響しても気に留める様子も無く、マイペースに話を進めていく。


「……悪ぃ、恩に着る。じゃーまたな」


彼は間もなく独特の金属音を残して電話を切った。
シルクハットを目深に被り直し、満足気に口角を上げる。

それから鷹揚に廊下の奥を振り返り、特に抑える事無く声を上げた。


「居るんだろ、ツナ」
「うわっ!! ごごごごごめん! た、立ち聞きするつもりじゃ…」
「別に怒っちゃいねーよ」


まさか声を掛けられるとは思っていなかったのだろうか。ツナと呼ばれた廊下奥の人影はびくっという効果音が聞こえそうな程に震え上がり、両手を挙げて彼の元に飛び出してくる。

一方彼はツナとは対照的に、普段となんら変わらず――むしろ普段より上機嫌に――ツナを見上げた。


「……リボーン…?」


怒るでもなく、問い詰めるでもなく、説明するでもなく、ただ自分をじっと見詰め続ける彼を不思議に思ったツナは、恐る恐る彼…リボーンに声を掛ける。
リボーンはツナの問いには答えず、再び楽しげにニヤリと笑うと、二階に向かって踵を返した。




「面白くなるぞ、これから」







* * * * *


――月の無い夜は良い。


一人歩きをするに当たっては余り歓迎できるとは言えないのだが、裏社会に暮らす人間が自分の仕事を全うするには此れほどコンディションの良い日はない。
暗闇に溶け込み、物音一つ立てず、依頼人に託されたモノを右の爪先の前に構え、『彼女』は柔らかく口角を上げる。


「Siete pronti…?」


呪文のように紡がれた言葉は穏やかな風に飛散した。
妙な形をした荷物がしゃらりと涼しげな音を立てる。

彼女は自分が今から運ぶべきモノが何なのかを知らない。もっと言えばこれの正式な持ち主も。
この世界では裏表に限らず、何時でも本人が依頼して来るとは言えないのが普通なのだから。
只確かに分かるのは、耳に心地良い音を立てるこれも並の運び屋ならどれ程金を積まれても遠慮したいシロモノだという事くらいか。
そこがいいのに、スリル満点じゃない! 案外何とかなるモンよ。彼女は声には出さず独りごちる。

すぅっ。彼女は闇夜においても光を失わない双眸を軽く閉ざし、息を吸う。深すぎず、浅すぎず。
傍目にはあくまで自然体のままで、全神経を右の爪先に集中する。
こんっ、地面から響くちいさな金属音が仕事開始の合図。

闇に再びふたつの光が灯る時、かの有名な『飛び猫』は、人知れず姿を現すのだ。


「…Io vado!」


――イタリアの裏社会に生きる者で、彼女の名を知らぬ者は居ない。
その仕事の正確さを知らぬ者は居ない。
彼女の属する先を知らぬ者も、わざわざ敵対しようとする者も、味方に取り込もうとする愚か者も居ない。

…そして、彼女の通るルートを知る者は、誰一人として居ない。


今回の彼女の目的地は、東の島国、ジャッポーネ――。




to be continue...



あとがき
もどる
×