彼女とマのつくendless days! | ナノ

超えてきた死線の数なんてもう忘れた。
胸が押しつぶされそうな程の不安に襲われた夜なんて、数えてたらそれこそ気が狂ってしまうから。

諦めた事なんて無かった。
信じなかった事なんて無かった。

…それでも今回ばかりは本当に駄目かもしれない、そんな考えが拭っても拭ってもしつこく頭をよぎる。
自分の目で見たものを信じる、そう決めたのは他でもない私自身。
確かに彼の血らしきものは見たにしろ、彼の遺体を、遺骨を、それに価する物を確認した訳じゃない。
それなら私は、まだ諦めるわけにはいかない。

それに何より、私が誰よりも何よりも信じて着いて行くと決めた主君が彼の生存を信じたいと思ってる。少なくとも心の奥底では。それ以外にもう理由なんて要らないじゃない。
だから私は笑いかける、大丈夫ですよ、ユーリ、って。

認めたくない、それでも認めなければ前に踏み出せない。ユーリはその狭間でずっと苦しんでいる。諦めないままで前に進むという選択はまだ若い彼には少々酷なのかもしれない。
だからこそウェラー卿は冷酷を装ってユーリを諭す。立ち止まらせない為に、前に進ませる為に、私と真逆の意見を突きつける。私が諦めない事を、ユーリに何を言うだろうかを知っていても。
私も彼のするであろう行動を分かった上でユーリに向かって微笑む。大丈夫、大丈夫ですから、って。

…あのヘタレの幼馴染の考えなんて知ったこっちゃ無いわ。彼にも色々有る、そんな事は百も承知。何十年一緒にいると思ってんのよ。
でも今の私はユーリと自分の事だけで手一杯。だいたいアイツはまだ正式にはこちら側に戻って来た訳じゃない。
彼が大切な幼馴染だって事は彼がどこに所属していようが変わらないけど、第一に優先するのはユーリだと、あの時同じ事を思っていたにしろ先に言葉にしたのはアイツの方なんだから。

だから私は今、ユーリを守ることだけ考える。
私なりの方法で。

それが私の結論。
それが今の私のすべて。


――だから私は、走り出さずに留まる事ができたんだ。
たとえ、受けた衝動が、当のユーリより大きかったとしても。










――― - - -

「前方の懸案事項、どうも見覚えがある気がしてならない」
「何が…」


苦々しい口調で告げるヘイゼルに一抹の不安を感じつつ、言葉の意味するものを確認しようと視線を飛ばす。
前方にはユーリの言う所の「蘇り組」の一団。その中央に居る赤毛の馬上には、その色に負けないほど鮮やかな橙色があった。

あの時からずっと探していた、懐かしい色が。


「………!!」
「……グリエ……」


…その時感じたのは、驚いたとか安心したとか信じられなかったとか、そういう表現で表せる感情ではなかった。
身体中の血が引いていくような感覚に少しだけ身震いする。

最初に彼の名を口にしたのは、私でもアイツでもユーリでもなくヴォルフラム。
分かってる、言われなくても。それなのに、その呟きは妙に重かった。


「そんなはずはない」


ユーリが無意識に零した言葉が機能を無くしかけている両耳を通り過ぎる。
違いますよユーリ、嘘じゃない。だから言ったじゃないですか、きっと大丈夫だって。そう言える再会だったらどんなに良かったことか。
ぼおっとそんな事を考える脳とは対称的に、戦地に慣れてしまった身体は不穏の事態を察知して全身に血を巡らせ始める。
耳元にどくどくと響く不自然に大きい心音は、ユーリの声を除く全ての音を締め出した。


「ヨザック、生きて」


静まり返った脳内に反響するユーリの声を反芻する。
そうよ、死んでなんかいない。生きてた。それは誰が見ても覆りようもない事実。
でも。だけど。
私の本能と軍人としての経験と諜報員としての勘は、依然として警戒を解いていない。

何かが可笑しい。

彼がどうやってあの状況から生き延びたかとかそんな次元の話じゃなくて。
可笑しな点は上げ始めたらキリがないけど、中でもいちばん引っかかっているのは彼が纏っている空気で。


「だとしたら、あれは幻覚だったって、おれ、の、仮説が……」
「いえ、申し上げたとおりです。有り得ません」


震えるユーリの声に続いて妙に冷静な幼馴染の声が耳に届く。
時間とともに徐々に戻ってきた聴覚によって増えたのは処理すべき情報量。

…なに、一体ユーリに何を申し上げたの?


思考がそちらに行きかけたとき、何より先に考えるべきことが現れた。
馬上から落とされた袋詰めの荷物に皆の視線が集中する。

中身は、人間だった。
しかも、髪と目の黒い、人間。

そんな貴重すぎる容姿を持った人物は、この世界に於いては二人しか思い当たらない。


「ま、さか……猊下っ…!?」
「……村田? どう、どうして……ヨザック……」


名前を呼んだところで、彼の身体に動きは見られなかった。
ユーリの目が猊下とヨザの間で泳いでいるのを確認した直後、隣の空気が動いた。


「…! ユーリ!!」
「待って」
「待てないよ! 村田がっ」


並の軍人なら脱帽ものの反射速度で馬から飛び降りたユーリをコンラッドが止める。
ほぼ同時に地に降り立った私は身体中で警戒の色を発しながらユーリと猊下の間に立ち塞がった。
無言の抗議を行うユーリに交互に見つめられる中、先に口を開いたのはコンラッド。


「助けるから、必ず。だから待っててください」
「どうやって!?」
「何をしてでも、必ず」
「けどっ」


止める者に逆に掴み掛からんばかりの剣幕を見せるユーリは半ば混乱状態に陥っている。仕方ない、こんな状況だもの。
一歩踏み出して、コンラッドに向かって突き出されていたユーリの両の拳を取ってやんわりと肩の下まで下ろす。弾かれるようにこちらに向けられた黒い瞳。
私は警戒の色を薄め、少しだけ屈んでユーリと目線の高さを合わせた。


「…大丈夫、ユーリ。大丈夫ですから、貴方は動いちゃ駄目」
「でも、ミリィ…!」
「大丈夫。必ず、助けますから。だって、一応とはいえ、こっちは二人居るんですよ?」
「……ミリィ…」


…どうやら、私はちゃんと微笑えていたようだ。

この状況に似つかわしくない表情に気を削がれたのか、ユーリの瞳が揺れた。
ピリピリした空気も仄かに和らぐ。
私はゆっくりとユーリの両手を開放して、彼に背を向けた。


「…大丈夫。必ず助けます……二人とも」
「!!」


視線の向かう先には相変わらず普通ではない空気を纏っているオレンジ頭。
その言葉はユーリに向けているのか猊下とヨザックに向けてなのか、はたまた自分に言い聞かせているのか、自分でもよく分からなかった。


…けれどそれは確実に、揺るぎ無い決意表明。










I have not given up hope yet.




(大丈夫、諦めるにはまだ早いもの)




お題配布元:潦(にわたずみ)(PC)


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