彼女とマのつくendless days! | ナノ

「うん、無いや。やっぱり無い」

 2、3分ほど黙り込んで何かを考えていた村田が唐突に口を開いた。主語の無いそれの指し示す所よりも、それと裏腹なものすごく爽やかな表情と明るい声、いっそ喜んでる風にも見えるところの方が気になる。なんだ突然。当然の疑問とそこから推測される事態に、おれと村田の一歩後ろを歩いていたミリィははたと足を止めた。つられておれたちも立ち止まる。

「どうしました猊下? 何か失くし物でも?」
「あぁごめん、紛らわしい事言って。そうじゃないんだ」

 ミリィを振り返った村田が苦笑をつけてひらひらと手を振る。それを合図に再び歩き出した彼におれとミリィは顔を見合わせたけど、遅れを取らないようにとりあえず着いていく。どうやら、引き返さなければいけない、とかいう事態でない事は確かだ。村田は一度おれたちを振り返ると、機嫌よさ気に自分の頭を指差した。

「言ったよね、僕のココにはさ、いろんな人の記憶が4千年分くらい詰まってるって」

 ついこの間知ったものすごい事実を改めて反芻していると、隣でミリィがひとつ頷いた。村田が大賢者様の魂を持っているのはおれもミリィももう知っている。それなのにわざわざこの前置きだ。しかも彼は今『おれたち』に話をしてはいるけど、おれと同じ黒の瞳が映しているのはおれじゃなくてミリィだ。正面から見据えられた彼女はエメラルドグリーンの瞳で真っ直ぐに応えているけど、珍しい事に若干緊張しているように見える。
 でもね、と村田が再び口を開いた。一体何を言い出すんだろう、と、ほんの少しだけ身構える。それに反して、彼の口から軽い調子で出てきた言葉は、おれを安心を通り越して脱力させるには十分すぎるものだった。

「こんな綺麗なおねーさんに"護衛"された事は無いなーと思って」
「……まぁ。恐縮です」
「厳ついオジサンとかならあったけどねー。眼にも優しいSPさん。いいねーぇ、役得!」

 何を言い出すかと思えば……ナンパかよ!?
 口に手を当てて上品にくすくす笑うミリィからも肩の力は抜けていた。なんにせよ、トンデモナイ重大発言じゃなくて良かったーと思う反面、少々引っかかることがひとつ。
 ……あれ、ミリィってば、普通にあしらってね?
 その疑問への答えは、本人の口からあっさり飛び出してきた。

「ユーリといい、猊下といい……地球の方々は皆さんお上手ですね?」

 地球人、もしくは地球産魔族に同じような事をよく言われたんだろうか。エメラルドの瞳発言には真っ赤になって照れていたミリィも、この程度の褒め言葉には慣れているらしい。……アレは、今思い出すとこっちが恥ずかしいけど。
 でもよくよく考えてみれば納得。相手は親しみやすい空気を醸し出す金髪美女。その少し照れたような微笑みが見れるなら、話し上手な男はそれくらいさらりと言ってのけるだろう。ましてや日本じゃなくてアメリカなら尚更。
 地球の方々。村田はミリィの言葉を繰り返すと、合点がいったとばかりに手を叩く。

「あぁ、そういえば、ミリィはドクターとも知り合いなんだっけ?」
「えぇ。地球に行ったときには、色々とお世話になりましたよ」
「色々……?」

 彼らの会話に出てきたドクターという人を、おれは知らない。誰だそれ、なんて考えていたら、村田はふわりと笑ったミリィを若干苦笑しながら上から下まで辿るように眺めている。おい村田、気持ちは分からんでもないけど、流石に若い女の人に対してその視線は失礼だぞ。
 ミリィが気にしていない風だったのでわざわざ口を挟むのもどうかな、と躊躇していたら、村田はミリィを通して別の何かを見るような目をして、声にならない呻き声をあげた。

「あのさ……ミリィは地球に行ってたときは、金髪だったんだよね?」
「? えぇ。地球では、この色は目立ちすぎると聞いていたので」
「あー、その、ドクター……達、に、証明写真みたいなもの撮られなかった? 赤い軍服か何か着せられて」
「着いてすぐに行なった手続きのことなら、そうですね。地球に来た魔族女性にはまずこれだ、って仰って」

 ……なんのこっちゃ。
 話の流れが良くわからないのはそのドクターが誰だか分からないおれだけではないらしい。ミリィもイエスの返事を返しながらも少し困った顔をしている……思い出した「手続き」に対して、あれは一体何だったのかと首を傾げているのかもしれないけど。
 対する村田は一度「あぁー!!!!」と何か思い出したかのように叫ぶとすっかり頭を抱えてしまって、そのドクターへの怨み言と思しき独り言をブツブツと呟きだしてしまった。なんだなんだ。

「猊下? まさか私、当時に何か至らない点でも……!?」
「あぁいやごめん、そうじゃないんだ、そうじゃなくて、むしろ悪いのはあっちで……うーん、何て言ったらいいかな……」
「どうしたんだよ村田。歯切れ悪いなんてらしくないな」
「いや……とりあえず、うちの名付け親が失礼を……ごめんね……」


 言葉を濁すだけでなく、なにやら凹んでしまった村田を見てミリィは焦ったように彼を見るけど、彼は力なく頭を振るだけ。おまけに代理の謝罪つき。これにはミリィもその碧眼を丸くした。失礼なんて身に覚えが無いと顔に書いてあるが、村田の凹みっぷりというか名付け親だというドクターへの呆れっぷりというか、とにかく彼の様子がこの調子だったので、ミリィは「大丈夫ですよ」と微笑みをひとつ残して追求しないことにしたらしい。
 これまた百点満点の微笑を目の当たりにしたからか、村田も毒気を抜かれたかのように溜息をひとつ吐いて苦笑して、この話は終わりにしたようだ。

 ……村田のガンダムマニアな名付け親とその仲間たちが、ミリィに所謂「コスプレ」をさせた写真を完全保存版のお宝にして持っているらしい、というのは、後からこっそり聞いた話。










fair-hair-collage




(村田お前、その写真見たことあったってことだよな?)
(なに渋谷、気になるー?)
(……ちょっとはね)



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