彼女とマのつくendless days! | ナノ


 ……おふくろがいっつも言ってた、タクシー相乗りの名付け親カップルの話。

「そう、29日。ぎりぎり7月生まれね? おめでとう!」
「……夏を乗り切って強い子に育つから、7月生まれは祝福される。僕らの育った故郷では、7月はユーリと言うんですよ──」

 おふくろの手をとって向日葵のような笑顔を向けたのが、金髪にエメラルドの眼をした美人さん。
 爽やかにニコって笑いながら『7月=ユーリ』を教えたのが、 超カッコいいフェンシング選手。
 ……耳にタコができるほど聞かされたもんだから、会った事も見た事もないのに容姿までしっかり覚えてしまった。
 でもまさか、それから15年後、そのままの容姿の彼らと出会うことになるとは、夢にも思っていなかった──。

「…陛下、厳密に言えば、そのままではないですよ?」
「私は髪染めてましたからねー。陛下の故郷じゃ、この色は目立ちすぎるから」
「あーもうだから、陛下って呼ぶなよ名付け親コンビ!!」








彼女とマのつくendless days!
 ―終わらない日々のはじまり。








「…えっ、嘘ぉっ!!?」

 ──眞魔国、国境付近、某所。

 時の頃は黄昏。然程栄えていないこの港町でも、一軒だけある飲み屋が活気を帯び始めた頃。
 店に集まった客は皆、酒を酌み交わしつつ、機嫌良く談笑している。そんな中、適度な賑やかさを保っていた店内に、隅の席から椅子が倒れる音が響いた。
 一斉に一カ所に集まる視線。
 騒ぎの張本人は店中の注目を集めているのに気付かない程動揺しているのか、倒れた椅子もそのままに立ち尽くしている。
 まるまる10秒ほど向かいに座る男を呆然と見つめると、我に返り、絞り出すような声で彼に問う。

「ちょっ……ちょっと待ってヨザ、それって……本当にホント!?」
「ホントだって。つか、ちょっと落ち着けミリィ。店中の注目集めてんぞ」
「……あ」

 ミリィと呼ばれた女は言われて初めて気付いたのか、軽くきょろきょろと店中を見渡す。元々女性客が少ないこともあり、興味津々と言わんばかりの男たちの視線が、店のあちこちから彼女に注がれていた。
 彼女はごめん、と小さく告げると、自然な動作で倒れた椅子を戻して席に着く。ヨザと呼ばれた男は、ほんの少しだけ焦りを含んだ呆れ顔をミリィに向けた。

「あーあー、目立たない為に着てるその暑っ苦しい服が無意味になるとこだぜー?」
「うっ……だからごめんって。確かにちょっと危なかったわ、今のは……」
「はぁーあ。カーティス卿ともあろうお方が何やってんだか……」
「ヨザック、あんた今日はやけに手厳しいわね……」

 はぁ、と大きく息を吐いたミリィは、その頭をすっぽりと覆っているフードを深く被り直す。全体的に薄茶色の彼女の服装は、砂漠でも越えてきたかと思うほどの重装備。
 珍しい女性客に釘付けになっていた男たちも、その容姿が見事に隠されているのを見て、徐々に興味を失っていった。
 客の注意が逸れたのを確認してから、ミリィは漸く話を元に戻す。

「……で、ヨザック、さっきの話は本当なの?」
「ホントホントー。……何、ミリィはグリ江ちゃんの情報網が信じられないとでもー?」
「そんな事ないわよ。現に今、お互いとってきた情報の交換中でしょ?」

 少し拗ねたような口調で言うヨザックに、同じように反論するミリィ。
 暫しの沈黙の後、二人は同時に吹き出した。

「……ヨザが言うなら、信じるに決まってるでしょ。それがどれだけ驚くべき情報でもね」
「そりゃー有り難いねー。ま、そーいうことだから、多分お前、帰ったら閣下に呼び出されると思うぜ? ほれ、その証拠に」
「ん?」

 ヨザックは懐から手紙を取り出し、ミリィに手渡す。
 差出人の名前が無いその封筒を、ミリィは裏も表もさっと確認してから封を開ける。

「昨日会った仲間に渡された。閣下からお前にだと」
「……帰ったら、っていうか、今すぐ帰ってこい、ってことかしら?」
「そーかもな」
「……ほんとだ。至急血盟城に戻ってこい、だって」

 短い文面を気が済むまで読み返すと、ミリィは丁寧にその手紙を仕舞った。
 どこか晴れ晴れとした表情は、徐々に見ている方がとろけそうな程の笑顔へと変わっていく。

「そっか……。本当なんだ……!」

 机に頬杖をついたヨザックは、どこか複雑な表情でミリィを見守っていた。












「じゃあ、ここで暫くお別れね」
「おぅ、閣下に宜しくなー」

 あれから小一時間、たわいもない話で盛り上がった二人。勘定を済ませて外に出てみれば、灯りの少ない港町は既に漆黒に包まれている。
 ミリィは手頃なところに放しておいた愛馬・ティムを呼び戻し、その背に軽々と飛び乗った。

「よしよし、いい子。真っ暗だけど、ティムなら行けるわよね?」
「相変わらず賢いねーぇ、忠犬ならぬ忠馬ティム」

 ミリィの言葉に応えて嘶いたティムに、ヨザックがヒュウッ、と口笛を鳴らした。
 ティムはそんなヨザックを一瞥すると、フンッ、と鼻息をたててあからさまに顔を背ける。

「別にけなしちゃいねーのに、つれないねぇ。ま、とにかく、方向音痴のミリィを頼むぜー? ティムさんよぉ」
「うっ……煩い! っていうか、これでもヨザは懐かれてる方よ?」
「確かに、こんだけミリィの近くにいても蹴飛ばされねーしな。なんてったって、ミリィに近付く不届き者をとことん伸してきた名馬だもんなー? お前」

 ヨザックが労うように背を叩き、「なー?」と笑いかければ、今度は自慢げにしゃきっと立つ名馬ティム。それを見て、ミリィとヨザックは顔を見合わせて笑った。

「……気ぃつけろよ?」
「うん、そっちもね」

 軽く別れの挨拶を交わすと、ミリィはティムの手綱を取った。
 足で出発の合図を出す前に、馬で駆けるには邪魔な、頭を覆うフードを取り払う。

 ──ふわりと舞ったのは、この暗闇には眩しすぎる程の、光の束。

 重力に従って、ゆっくりと肩に落ちていく彼女の髪。綺麗に纏まった肩より少し長いストレートヘアは、光のない夜道にも鮮やかに浮かぶ、水色。
 ずっとフードの中だった頭が夜の澄んだ空気に触れ、ミリィは小さく息をついた。

「……やっぱり目立つかしら? 夜とはいえ……」
「うんにゃ。そいつの足なら、気付いた奴が二度見した頃には見えなくなってんだろ」

 ミリィが返事を返す代わりに、ティムが再び嘶いた。それを合図に、ミリィはしっかりと手綱を握り直す。

「それじゃあね、ヨザック。今回も無事に、眞魔国で会えますように!」
「おう」

 ヨザックが軽く右手を挙げたのを見て、ミリィは手綱を軽く振る。
 闇夜に映える水色は、この国最高の馬でも適わないほどの勢いで、徐々に見えなくなっていった。












「思ったより、ずいぶん時間掛かっちゃったわね……」

 それから、太陽が昇って沈んで、空に一番星が瞬き始めた頃。再びフードを目深に被ったカーティス卿ミリィは今、漸く血盟場城に到着した。
 ティムを厩舎に繋ぎ、「おつかれさま」とひと撫ですると、自分は休む間もなく城内へ。兵士やメイドたちとすれ違わないことを不思議に思いつつも、上司の執務室へと向かう。

「というか、何だか……静かすぎるわ……」

 長い廊下を靴音を立てずに歩けば、高い天井に反響する音は無いに等しい。いくら城内が広いからとはいえ、ここまで静まり返っているのは不自然だ。
 ──ということは、今、この城の人々は皆、どこか一カ所に集まっているのかもしれない。
 時間は丁度夕食が終わる頃。しかも、わざわざ自分が呼び戻されたのは、元々何の為だった…?

「……ああ、そっか」

 思い当たる節があるのか、ミリィははたと立ち止まった。そっかそっか、と小さく呟くと、軍人らしくクルッと綺麗にUターン。
 ──目的地変更。ミリィは周りに人がいないのをもう一度確認すると、「まぁ、今日くらいはいいかな」と独りごちる。
 ぴかぴかの大理石の床を蹴って目指すのは、そろそろ終わったであろう、晩餐会の会場。

 ──きっと、そこに居る。

 自分を呼び戻した、可愛いモノ好きの頼れる上司も。
 多くの時間を共有してきた、見た目爽やか中身腹黒の幼馴染も。
 相変わらず我が儘で甘ちゃんの元プリ閣下も。
 豹変するといろんな意味で怖い、眞魔国一の美形教官殿もいるだろう。もしかしたら、自分を娘のように可愛がって下さる、上王陛下もいらっしゃるかもしれない。

 そして。
 自分たちが待ちわびた、新しい魔王陛下も──。








「…ヴォルフは怒っている顔が一番かわいいのよ?」


 石造りの廊下に、鈴の鳴るようなソプラノが小さく反響する。走っていたミリィが目的地への最後の角を曲がったとき、声の主が同じ廊下の端に確認できた。
 その隣には声の主の長男、すなわち、自分が探していた上司も。
 ミリィは流石にスピードを緩め、城内でも許される程度の速さで二人の元へ駆ける。

「上王陛下、グウェンダル閣下!」
「!」
「あらーぁ、ミリィじゃない! やっと帰ってきたのね!!」

 小走りのミリィの前には、帰還報告を済ませていない上司と、自分に向かって両手を広げ、満面の笑みを浮かべるセクシークイーン。
 ミリィはほんの一瞬逡巡するが、上司の母親かつ上王陛下だし問題は無いと判断して、先にソプラノの主の挨拶を受けることにした。
 自分に飛びつかんばかりの勢いの彼女をやんわり抑え、ミリィは穏やかに微笑む。

「駄目です上王陛下、せっかくのドレスが汚れてしまいますよ」
「ツェ・リ・で・しょ、ミリィ! いいのよ、可愛いミリィに比べればドレスくらい! そうよ、ドレスといえば…あぁ残念っ! 貴女があと2時間、いえ、1時間でも早く帰っていれば!!」
「ど、どうかなさったんですか?」

 結局思い切りツェリに抱きつかれ、ミリィは身動きがとれない。
 ツェリはお構いなしに、はぁ、と色香の籠もった溜息を付くと、未だミリィの頭を覆っていたフードを取り払った。

「最近、この綺麗な水色の髪にピッタリのドレスを見つけたのよ…。今日なんて、それを着せるまたと無い絶好の機会だったのにぃ!!」
「ツェリさま…」

 さらさらとミリィの髪を梳くツェリのその手は、その眼差しは、血は繋がっていなくても、確かに母親が愛娘に向けるそれと同じもので。
 ミリィはこみ上げてくるものを何とか抑え、小さく、しかしハッキリと、「…有難うございます」と返した。
 ツェリは漸く満足したのか、ミリィをゆっくりと解放した。同時に二人の横で控えめな溜息が吐かれたが、今回は聞かなかったことにする。

「ねぇミリィ、今度こういう機会があったら絶対に着てよね? 約束よ? 貴女のドレス姿なんてもう十年以上も拝んでいないんだもの! それどころか貴女、忙しくて血盟城に居る時間自体が少ないじゃない!?」
「あ、ツェリさま、それが…」
「眞魔国の国内も国外もあちこち飛び回ってきたのでしょう? ねぇミリィ、今回は何ヶ国くらい回ったの? 何処か良い所があって?」
「ツェリさま、実は…」
「んもぅグウェン、ミリィが優秀なのは分かるけど、たまには休ませてあげなさいよ? できればあたくしが国にいる時間に合わせて!
 そうよミリィ、今日は報告に寄っただけ? それとももう任務終了? 今回はどのくらいここに居られるの?」
「えーっと…」

 今度は今まで溜めに溜めていた言葉を捲し立てるツェリ。疑問系にはなっているが、口を挟める余裕は無い。
 ミリィはやや困り顔で横の上司にちらっと目配せすると、彼は二度目の溜息のあと、静かに口を開いた。

「……母上、ミリィの……カーティス卿の今回の国外任務は今日で終了です。しかし彼女にはこれから別の仕事に就いて貰います」
「えぇー!? グウェン、まだミリィを働かせる気なの!? 折角久しぶりに一緒に遊べると思ったのに〜…。今度は何処に行っちゃうの!?」

 行かせない、とばかりに、ミリィの腕を掴んで引き寄せるツェリ。
 そんなツェリに苦笑しつつ、今度はミリィが答えを返す。

「何処に行くか、それは……陛下次第、ですね」
「……あら。じゃあ、それって……?」
「えぇ。……最初からの約束だったものね、グウェン?」

 きらきらと輝かんばかりに期待の篭った瞳を向けてくるツェリ。
 仕事口調を改め、親しげに笑いかけてくるミリィ。
 がらりと態度の変わった二人に心の中で嘆息しつつ、グウェンダルは良く通る声ではっきりと述べた。

「……カーティス卿ミリィ。お前は今日を以て私直属の諜報部員の任から外れ、新王陛下の近衛兵の任に就いて貰う」
「はい!」

 ──そう、これが、終わらない日々のはじまり。











It's a start of the endless days!


もどる
×