彼女とマのつくendless days! | ナノ

※このお話は、せつな姉(Rosette)とのコラボ文です。
せつな姉宅夢主ちゃん・リア嬢は名前変換不可ですのであしからず!





 城主そのひとを表しているかのような、荘厳な雰囲気を持ったグウェンダルの城。
 まさかこの城内で、しかもグウェンが管理するここで危険に見舞われるなんて予想だにしていなかったおれは、ここにあるはずのない――ものすごい“危険ブツ”を発見してしまった。

「グルルルルルル……」
「っうわぁぁっぁあぁ!!!?」

 つるつるの大理石の床にどっしりと身体を横たえていた白いモノ。なんか妙に立派でリアルな置物があるなぁと思ったら、それはオキモノではなくイキモノだったらしい。
 唐突にむくりと頭を起こしたソレの頭部と思しき場所に光る二つの眼。動物園の檻か液晶かの向こう側にしか見たこと無いそれは、どこからどう見ても肉食獣の持つ鋭いモノ。
 おれとソレとの距離は僅かに数メートル。その間に障害物は、一切ナシ。

「ユーリ!?」
「!」

 おれの情けない悲鳴を聞きつけたか、鋭くも温かみのある声が廊下に響いた。頭から爪先まで凍り付いていた身体が、半ば反射のように安堵でふっと弛緩する。
 頼れる彼女の名前を呼ぶよりも早く、ソレとおれとの間にミリィの身体がひらりと割って入った。眼前で揺れる鮮やかな水色に、肩の力が一気に抜ける。今更ながら嫌な汗がじわりと背筋を冷やした。あぁ、とりあえず命の危機は去った。
 ……その瞬間、ソレが発する唸り声が止んでいた事に気付いたのは、全てが終わった後だったけど。

「……あら、ルイじゃない」
「グルルル」
「え?」

 ミリィの背中から緊張の色が漂っていたのはほんの一瞬。おれに向かって唸り声を上げていたソレの姿を認めて、彼女が漏らしたのは予想外に柔らかい声色。呼びかけに対して返された(らしい)ソレの声も、今度のそれは唸り声ではなく猫なで声。
 ルイ、というのは、この――限りなく虎に近いナニカの名前、だろうか。
 場の空気が緩んだからこそ浮かんだ呑気な疑問。おれのそれに応えるかのように、ミリィはいつもの微笑を浮かべて、顔だけでおれを振り返った。「このコは大丈夫ですよ、ユーリ。確かに、普通はびっくりしちゃいますけど……」

 と、ミリィの言葉が不意に途切れる。あら、と小さな声を漏らしたミリィの視線を追って彼女の背後に目をやれば、白いもふもふがミリィの背中を押していた。びしり、身体が固まる音がする。ミリィがこれだけ落ち着いてるんだから危なくはないんだろうけど、こればっかりは不可抗力だから仕方ない。だだだだだって虎だぜ虎ッ!!!!
 がちがちに固まったおれを気遣うように苦笑してみたあと、ミリィは相変わらず落ち着いた様子で虎のほうに向き直った。すぐに再びこちらを向いた彼女の手には、小さな白い封筒がひとつ。

「お届け物、みたいですね」
「……………なぁミリィ、ごめん、最初っから聞いていい?」

 役目は果たしたとばかりにのっしのっしと身体を揺すって音もなく立ち去る虎の後姿を見送りつつ、おれはミリィに両手を挙げる。もーだめ、完全にキャパオーバー。
 何でグウェンの城内に虎がいるのか、ルイって名前ついてるってことはペットなのか、お届け物ってどういうことなのか、そもそもあれ白かったけど本当に虎なのか。聞きたいことが山積みで降参状態なおれに、ミリィはふわりと上品に笑った。

「そうですね……ひとまず、これを届けに行きましょう。彼の口から説明してもらった方が、面白いから」
「へ? おもしろい?」
「そう」

 ……おかしいな。上品な微笑みが悪戯っ子の笑顔に見えるぞ。

 相変わらず何が何だか分からないまま、おれを先導して歩き出したミリィの後を追う。彼って誰だろ、どこまで行くんだろう、そこまで考えたところでミリィの足はゆるりと止まった。あれ、案外近いじゃん。
 ミリィがノックもなしに片手で開いた重い扉の隙間からは、聞き覚えのある二人分の声が漏れてきた。

「珍しいね、グウェンとリアが喧嘩とは」
「だから違うと言っているだろうが……」
「ははっ。でも、手元のそれは……ん? あぁ、ミリィ。ユーリも一緒でしたか」

 おれたちを振り返って声を上げたのはコンラッド。たぶん部屋の主だと思われるグウェンの方は、重厚な机に着いて難しい顔をしたまま、斜め下を見下ろす視線を上げない。むしろ、たぶん今手ぇ降ろしたんじゃないかな……。
 おれがグウェンを眺めるともなしに眺めていたら、ミリィはカツカツとブーツを鳴らして彼に歩み寄った。

「グウェン、お届け物よ」
「!」
「おや」

 ミリィの笑みを含んだ声色と手にする封筒に、コンラッドは楽しげに目を瞠る。対するグウェンはさっと顔色を変えて、ミリィの手から封筒をさっと掠め取った。
 なんだか彼らしく無い反応に内心首を傾げていると、ことん、と小さな音が床に響く。

「ん?」
「あ」
「あら」
「!!」

 音の出所に最初に手を伸ばしたのはコンラッド。封筒の方に気をとられていたらしいグウェンが遅れて伸ばした腕は、スカリと虚しく空をきった。ミリィは普段のふんわり柔らかいにこにこ顔というより、にやにやと言った方が近い笑顔で彼等の様子を眺めている。
 コンラッドの手に視線を戻せば、そこにあるのは白い毛糸の塊。最初にグウェンの手元に見たときは衝撃的だったソレも、今やもう見慣れた光景。なのに、ミリィとコンラッドは楽しげに視線を交わしあい、グウェンは机に突っ伏さんばかりの勢いで二人から視線を逸らす。黒に近い流れる長髪から覗く耳は、珍しい事に赤く色付いている。

 ……さっき言ってた“彼”とか“面白い”っていうのは、もしかしなくても。

「……ふふっ、成程、ルイがあそこで止まってるわけね」
「みたいだね。その封筒もルイが?」
「えぇ。リアは予想以上にご立腹みたいね」
「そりゃ珍しい」
「だからこっちも珍しいことになってるのね?」
「何と言っても、愛しの婚約者殿へのご機嫌伺い用だからね」
「確かに、気合の入り方がいつもの比じゃないものね」
「うん。今回のはちゃんとルイに見える。……ユーリ、このコ、何の動物だと思います?」
「……え? え、と……虎、かな? っていうかちょい待ち!!!!」

 ミリィとコンラッドの流れるような会話を聞きつつ、その向こうでグウェンが無言で頭を抱えているのを眺めていたら、ものすごい一言を聞き逃した気がする。いや違う、聞いた、けど……えぇぇぇええ!!!?

「こ、こここ、婚約者ぁあ!!!? グウェン、あんた、いつの間に、実は、ちゃっかり……えぇぇえ!!!?」
「ふっ……!」
「ふっ、ふふ、ユーリ、ちゃっかりは流石にちょっと酷いかもですよ」
「ううううるさい!!」

 有り得ない単語を確認の為に口にすれば、コンラッドは身を屈めて噴き出し、ミリィはうっすら涙を浮かべて笑いを噛み殺し、グウェンは悲鳴にも似た怒声をあげる。各々珍しすぎるその反応は、つまりはそれを肯定しているわけで。
 
「ミリィ! こんなところで笑ってる暇があったら、頼んでおいた調査の報告書を持って来い!!」
「ふふ、っはー……あの“調査”の報告書ですよね、今持ってます」
「………」

 八つ当たりにしか見えないグウェンの必死の叱咤も、ミリィは胸元から出した小さな筒ひとつで往なしてしまう。調査、を強調しているあたり、これも何か訳アリっぽい。それにグウェンがまた顔を真っ赤にしたまま黙り込むもんだから、コンラッドは顔を背けてぎゅっと身を屈めた。……おーい、ちょっと笑いすぎだろあんた。
 一通り笑いの波が落ち着いた頃、ミリィは真面目な顔をして、腕組みしながら座るグウェンを見下ろした。

「散々こうやって笑ってるけどね、私はリアの味方なんだから」
「俺も、そうですね、今回ばかりはフォローできません」
「……フン」

 漸く息が落ち着いてきたコンラッドもミリィに続く。二人に散々からかわれ笑われ最後には怒られ(?)たのにも関わらず、グウェンは舌打ちひとつせずバツが悪そうに視線を逸らしただけだった。
 結局のところ、この状況は何なのか。直接は教えてもらってないけど、断片的な情報はたくさん拾った。……えーっと、ちょっと待てよ。整理しよう。

 グウェンには(信じられない事に)婚約者がいて。
 たぶん名前はリアさんで。喧嘩中らしくて。
 あの大きな白い虎――ルイは、リアさんのペット(?)らしくて。
 事情は良く分からないけど、ミリィとコンラッドはリアさんの味方で。
 普段より明らかにクオリティが高い編みぐるみを必死で作ってるあたり、本気度が高いのか、はたまた尻に敷かれてるのか……。

「……とはいえ、早く仲直りしてくださいよね、閣下?」
「そうですね。このままじゃ、ミリィはともかく俺たちは、おちおち森にも入れない」
「……………そう、だな……」

 今得た情報だけで作った『グウェンの婚約者さん像』を頭に描いていたら、謎めいた追加情報が更に一つ。
 ミリィの仕事口調とコンラッドのだいぶ落ち着いた声色と、グウェンの地を這うような溜息を聞いていたら、ぽっと浮かんだ比較対象がひとり。

「(なんつーか、アニシナさんより凄そうだよな、相手の人……)」

 ……そんな先入観を(いろんな意味で)ボコボコに崩してくれる“彼女”と出逢えたのは、それからしばらく後のこと。










You'll understand sooner or later.




お題配布元:潦(にわたずみ)(PC)


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