彼女とマのつくendless days! | ナノ

 段々と自室に近付いてくるどたどたという一人分の大きな足音。歩幅は広め。ちょっと耳を澄まして足音の主を探ってみれば、それは平時ならば廊下は走るなと咎める側に回るはずのひとだった。
 私の部屋まであと三歩、二歩、一歩。ゼロのカウントと同時に勢い良く開いた扉から覗いた顔は、盛大に引き攣り滝のような冷や汗を流していた。

「ミリィ!! 頼む、匿ってくれ!!!!」

 返事も待たずに重厚な造りの扉を後ろ手でばたんと閉めたのは我が上司。一瞬呼びかけに迷ったけれど、きっちりと軍服を纏っている彼はともかく私は私服。そして私は本日久しぶりの休日、のはず。読み掛けだった本に栞を挟んで机に置いて、オフモードでのんびりと立ち上がる。

「……どうしたのグウェン。珍しいじゃない、貴方がノックも忘れるなんて」
「あ、いや、す、すまん……仮にも婦人の部屋に……」
「もう、仮にもなんて酷いわね」

 閉ざされた扉に背中を預けてずるずるとへたり込んだグウェンダルに、無意識で手を伸ばしかけてすぐに止めた。手を借りて立ち上がるなんて、流石に彼のプライド的にちょっと違うだろう。
 最初の発言とこの様子を見るに、別に緊急事態という訳では無いらしい。ただし、それは眞魔国とか血盟城にとっての、という意味で。
 軽口と一緒にくすくす漏らした笑い声に地を這うような溜息ひとつで返してきたことから察すると、この騒動はきっといつものアレだ。分かったけど敢えて聞いてみる。

「アニシナがどうかした?」
「どうもこうも……くっ……」

 思い出すのも恐ろしいのか、グウェンダルは胸を押さえて更にがっくりと項垂れた。扉に凭れて蹲るその姿が、捨てられた仔猫みたいでなんだかちょっと微笑ましい、なんて、本人に言ったら怒るどころか呆れられそうだけど。

 黒猫の姿を想像して思わず口角が上がってしまったそのとき、めぇ、という控えめな鳴き声が聞こえて、思わず後ろに半歩飛びずさる。
 ……な、鳴いた!? ちょっとグウェン、それはいくらなんでも!!

「よちよち、怖かったでちゅね〜、もう大丈夫でちゅよ〜」
「!」

 グウェンがいそいそと服の胸元を開くと、中から現れたのはまさに本物の黒い仔猫。あぁ良かった、この子だったのね……なんて、密かに一息吐いた私には眼もくれずに、グウェンは仔猫をそれはそれは大事そうに抱き上げ漸く床から腰を上げた。
 仔猫に向けてめろめろに溶けていた視線を、真剣なものに変えて私に向ける。威厳ある声と硬い表情とその口調とが一致しないのは最早いつものことだ。

「この猫たんが、アニシナの……」
「ミリィ、居るんでしょう? 開けて下さいな」
「「!」」

 いつの間にやってきたのか、扉の向こうから突如響いた話題の彼女のソプラノ。ノックというには幾分強いその振動を背中に受けたグウェンダルの肩がびくりと跳ねる。
 数秒後には部屋の主の許可が無くても開きそうなそれを一瞥したグウェンは、一瞬思案に耽る素振りを見せた後、仔猫を半ば押し付けるように私の腕に抱かせてアイコンタクトで何かを訴える。
 この二人とは付き合いも長い。彼が私に求めたものを察してこくりとひとつ頷けば、グウェンは意を決したように扉に手を掛けた。ほぼ同じタイミングで、扉が外側から押し開けられる。

「お邪魔しますわよ。……あら、グウェンダル、ここに逃げ込んでいたのですか」
「……用事があって来ただけだ」

 下から覗き込むアニシナの視線をバツが悪そうに避けつつ、私とアニシナの間に立ちはだかっていたグウェンはするりと横に退いた。アニシナは私の姿を認めるなり口を開きかけたけど、私が胸に抱く黒い仔猫を見ると、おや、と呟いて視線をグウェンの方に戻す。隙をついてちらりと私に懇願めいた視線を投げたあたり、フォローして欲しいのはここかしら。

「あぁ、このコね、グウェンに見せて貰う約束してたのよ」
「あら、そうでしたか。そうならそうと言えば良いものを」
「……言った所で聞かないだろう、お前は……」
「まぁ、それでは仕方ありませんね。新しい材料を見つけに……そうですね、ギュンター辺りでも捕まえに行きますわ」

 くるくると忙しなく表情を変えていたアニシナは素早く結論を出したらしい。もうここには用は無いとばかりに踵を返し、挨拶一つ残して嵐のように去っていった。途端に目に見えて肩の力を抜くグウェンに苦笑が漏れる。

「私の任務はこれで完了ですか、閣下?」
「ああ……助かった」

 大人しく私の左腕に収まってる仔猫を示して茶化してみれば、安堵の色に溢れた礼が返って来た。こと小動物の事となると一段素直になる上司に微笑って、更に敬礼一つ返してみる。

「では、保護対象をお返し致します」
「……いや、ちょっと待て」

 再び小さくめぇと鳴いた仔猫を親元へ返そうと両手に抱きなおせば、神妙な表情を浮かべたグウェンダルが私の動きを片手で制した。一歩下がって腕を組んで私と腕の中の仔猫とを上から下までじっくりと眺めて、至って真面目にぽつりと一言。

「……絵になるな。ヴォルフラムにでも描かせるか」










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(なんというか、実は天然、なのよねー……)




お題配布元:潦(にわたずみ)(PC)

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