彼女とマのつくendless days! | ナノ

「〜〜〜っ、だーもう、わっかんねぇぇぇ!!!!」

 今まで抑えに抑えに抑えていた本音を思う存分叫んでみた。ついでにおれの横にそれこそ漫画の一場面の再現みたいに見事に積み上げられていた紙の山を威勢良くひっくり返す。ぶわあぁぁぁ、どさどさどさ。予想通りの崩れっぷり。
 日本男児なら誰もが一度はやってみたい(と思うであろう)ちゃぶ台返し。ただしこの重厚な執務机はおれのひょろひょろの腕じゃ1ミリたりとも持ち上がらないだろうけど。それでも、この『ちゃぶ台返しもどき』っていう子供じみたストレス解消法は、確かに意外なまでに気分がすっきりするみたいだ。ひらひらと舞い上がる紙の向こうでヴォルフが眉をしかめたけど、おれのストレスゲージは先程から緩やかな下降を辿っている。

「……ユーリ、」
「ふふっ、二人とも、少し休憩したらどうです?」

 しかも更に天はおれに味方してくれたらしい。小さく溜め息ひとつ吐いてから口を開きかけたヴォルフの言葉は、微かな甘い香りを連れて部屋に入ってきたミリィの声に弾かれるように途切れた。やれやれ、今までかれこれ三時間以上ヴォルフのちょっと怪しい眞魔国語講座に文句ひとつ言わずに付き合ってたんだって、神様はちゃんと見てたってワケだ。たとえおれが神様信仰無くても魔王サマでも。たぶん。

「ミリィ! サンキュー、助かったよ」

 後半は湯気をたてる紅茶を綺麗にサーブしてくれたミリィの耳元にこっそりと溢せば、彼女は茶目っ気たっぷりにウインクをひとつ。出逢ったばかりの頃は猛烈に恥ずかしかったそれにも今やだいぶ慣れてきたから、おれもにやりと笑って目配せで応える。問題のヴォルフも、ミリィ特製ブレンドティーと焼きたてクッキーの登場に気を良くしたらしく、柔らかい王子様スマイルをふっと浮かべて筆を置いた。

「……そうだな、時間も丁度良いし、休憩するか」

 上手い具合にさっきおれのやらかした事を忘れてくれたらしい。それか、今までの努力に免じて無かった事にしてくれたか。どっちにしろ、ご機嫌なヴォルフを極力刺激しないように机の下で小さくガッツポーズ。ミリィにはお見通しだったようで、鈴の鳴るような笑い声が頭上から微かに聞こえた。

「随分頑張ったみたいですね」
「もーホント、へっとへと」

 ミリィは上品に山盛りされた焼き立てクッキーのお皿を片手に、労いの笑顔をおれに向ける。床に散乱していたはずの大量の紙は、いつの間にか見事に机の上に戻されていた。さすがだよ、仕事のできるおねーさん。処理済と未処理の割合がさっきと変わってるのは気のせいじゃないはず。確認の意味を込めて上目にミリィを伺えば、その笑顔に悪戯な色が浮かぶ。おれ今あんたが天使か女神に見えるよミリィ!!

「調子はどうです?」
「……ご察しの通り、ってとこかな」
「集中力も限界を超えたようだしな」
「う……」

 女神様の微笑には自白効果でもあるんだろうか。ヴォルフの手前もあって最初は苦笑いでお茶を濁したけど、静まり返った森の奥の湖みたいなミリィの微笑に、さっきぶちまけた後で心の底に沈んでいた本音が引き出される。

「……なんかもー全然ダメ。書いても書いても頭に入んないんだよなー」
「最近ずっと忙しかったですしね。疲れも溜まってますよ」
「うーん……おれ、記憶力低下してんのかな。ろくに勉強してなかったせいで脳みそ錆び付いてるんじゃ……」

 あはは、と力無く笑いながら冗談めかしてさらりと漏らした弱音。ミリィが上手くガス抜きを促してくれてるとはいえ、やっぱり弱音は弱音だけに、この時ばかりは彼女のエメラルドの瞳をまっすぐに見ることはできない。……いやいや、切り替えるんだおれ! せっかくのティータイムなのに凹んでちゃ勿体無いだろ!
 気を取り直すようにぐいっと飲み干した本日のブレンドティーは林檎っぽい味。甘さは控えめ。こういう日はきっとクッキーが甘いんだよな。カップを置いてクッキーのお皿に手を伸ばす。

「……ねぇ、ユーリ?」
「むん?」

 手に取ったチョコチップクッキーが口内を完全に占領しているときに掛けられた声。先程とは幾分トーンの違うそれにもぐもぐと咀嚼を続けながら振り向けば、ミリィはその細くて白い人差し指をぴっと立てて、真面目な顔して先生のような口調で言葉を続けた。

「いくら貴方でも、私の大事なひとを、そんな風に貶すのは許しませんよ?」

 先生から生徒A(おれ)に謎掛けのような指導が入った。問題一、以上の問いの意味する人物は誰か? 答えは……答え、は。

「……………、っ!!!?」

 脳内で導き出した答えはおれの顔を一気に上気させた。おれの様子から得た答えを肯定するかのようにいつもの調子に戻ってふわりと笑ってみせるミリィに照れる様子は皆無。ヴォルフもヴォルフでそうだぞお前はへなちょこでも魔王なんだから王たる者としての自覚を云々とぶつぶつ言っているけど、それは申し訳ない事に右の耳から入ってそのまま左の耳に抜けていく。

「ね、だから、そんなこと言わないで下さい」

 ――最後に極上の笑顔のオプションまでつけられたらもう、かくかくと首を縦に振るしかない。










Your wish is my command.




(考えてみりゃすんげぇベタな台詞なのに、厭味にならないのが不思議だよなぁ……)




お題配布元:潦(にわたずみ)(PC)


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