彼女とマのつくendless days! | ナノ

 わがままプーことフォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。
 この元プリ殿下は、絵画というご高尚な趣味をお持ちになっておられる、んだけど。

「……画風が変わった、って一言で言うけどさ、これ、ものっすごい退化……や、変化じゃね?」
「何か言ったか?」
「イエ、別に何も」

 恐ろしく下手……いや、前衛的というか芸術的というか、彼の画風は一風変わっている。でも実はその昔、彼は見たまんまをそのまま描く「写実派」と呼ばれるいわゆる普通の画風だったらしい。モデルをやらされている途中で発覚した新事実だ。偶然見つけた幼い頃に描いたというすっげー上手い絵の数々と今まさに描いてる途中だったおれ(と思われる物体)の絵を比較してみると、いくら描き方がガラッと変わったからと言われても収まらない悲しさが込み上げてくる。何だこの差は。いーけどさーべつにー。

 とはいえいつまでも拗ねてても仕方ないから、気を取り直して「習作」と軽ーく言われる凄まじく綺麗な絵の数々を見せてもらう事にした。……どさくさに紛れてモデルから開放されればいいなぁなんて下心もちょっとあるのは秘密だ。
 ヴォルフも最初はそんなの昔の絵だとか今のほうがいいとか散々言ってたけど、おれがあまりにも凄ぇだの上手いだの褒めたからか、だんだん上機嫌になって仕舞いこんでた昔の絵を奥から出してきてくれた。結構な枚数になった画板の山を、一枚一枚手に取ってゆっくりじっくり見せてもらう。いいぞーこの調子で今描いてる絵のことは忘れてくれー。

「っていうかこれシューサクって言うけど『習』作じゃなくて『秀』作の間違いじゃね? 明らかにレベルがおかしいって。普通に売れるだろこれ……あ、これグウェン、だよな? うっわ、若いな!」
「それは50年ほど前の絵だな。こうして見るのも久しぶりだ……懐かしいな」
「50年前って……おれどころか親ですら生まれてねぇし……お、こっちはまだ見てないな」

 ……リアルな数字に軽い眩暈を覚えたけど気にしない事にする。
 今まで見ていた大きい画板より一回り小さいものが山積みになっているのを見つけて、おれの興味はそっちに移った。これくらいならちょっと部屋に飾るのにも丁度いいサイズだな、なんて思いながら一番上の絵を手に取ってみる。おぉ、絵に描いたような金髪碧眼美女。この場合、喩えじゃなくてホントに絵だけど。
 絵の女性は淡い青のドレスを着て正装しているけど、さらさらのストレートヘアは結わずに肩に流している。手には簪のような髪留めを持っているから、解いてしまった後だろうか。同じ金髪碧眼でもツェリさまのような眩しいほどの華やかさはそう感じられないけど、柔らかくて親しみやすそうな笑顔が好印象。なんだけど。

「……この人、どっかで見たことあるような気がするな……」
「当然だろう、その絵のモデルはミリィだ」

 いつの間にか背後に立っていたヴォルフラムがさも当然のように答えた。あーそっかミリィかーそれなら見たことあるに決まってるよ、なんせ元軍人アーンド諜報部員という凄い経歴を持つ、今はおれの近衛兵やってくれてる頼れるおねーさん……水色さらさらストレートが目印……って、えぇ!?

「え、だって髪の色が……ってあぁ、そっか、もしかしなくてもこれって」
「あぁ、お前が生まれる頃だからって、地球に赴く前に染めた時だな。珍しいから描かせてもらったんだ。確かこの時は、母上がお揃いだってそれはもう大喜びで……」

 いつも見ている水色髪のミリィと、おふくろから何度も何度も聞かされた名付け親カップル片割れの金髪美人さん。二つの情報が初めてピッタリ重なった。言われて見れば確かにこのエメラルドの瞳にこのホッとする笑顔、間違いない。カーティス卿ミリィその人本人だ。
 もっとじっくり見たかったのに、懐かしい思い出に浸り始めたヴォルフにさらりと取り上げられてしまったので、大人しく諦めて山積みの上から二枚目の絵を取る。ラッキーな事に今回もミリィの絵だった。しかもこれも金髪。さっきのアングル違いだ。

「へぇ、話は聞いてたけど、こうやって見るのは初めてだ。金髪も似合ってんなー、ミリィ。雑誌とかに載ってそうだもんな、こういうモデルさん」
「……実際、滞在中にお誘いがあったそうですよ。丁重にお断りしたと言ってましたけど」
「まじで!? 勿体ねぇー!!」

 俺の独り言に律儀に答えてくれたのはコンラッド。ヴォルフの画風が変わったってのを教えてくれたのも彼だ。さっきまで見ていたらしい絵を置いて、例の山積みの三枚目を取っておれの元へやってくる。

「あ、こっちの絵は髪が短いですね。懐かしいなぁ、きっと俺の隊に入ったばかりの頃だ」
「え、それもミリィ? うわホントだ、しかもなんか幼い……おれと同い年くらいに見えるな」
「この頃は……幾つくらいだったかな……」
「や、実年齢はイイデス、夢が壊れ……じゃなくてほら、女性に年齢の話題はご法度だろ! あ、ほら、こっちのは髪結ってるな」
「あぁ、これは母上が舞踏会に半ば無理やり引っ張り出した時ので……あ、こっちは……」

 コンラッドが指し示したこっちの絵は今とそう変わらない軍服姿、そっちのは動物画の練習なのかミリィとその愛馬・ティムが一緒に居て、あっちのは見返り美人画みたいなポーズ。さらに今新しく手に取ったのはなかなか珍しい私服姿。だんだん低くなってきた山積みの画板からは、ミリィ以外の絵が出てきていない気がするのはおれだけだろうか。

「いやぁ……気のせいじゃないよな。これでもう10枚目だし」
「どうかしました?」
「や、あのさ……この山だけかもしれないけどさ、ミリィの絵、何か他より多い気がするなって」
「……あぁ、それはね」

 素朴な疑問を述べただけのつもりだったのに、コンラッドは何故か楽しそうにくすくすと笑った。一応控え目だけど本気で笑ってるぞこれ。その証拠に一向に収まらないそれのお陰で次の言葉がなかなか出てこない。なんなんだ。
 思い出し笑いを続けるコンラッドに焦れてきたところで、彼は漸く口を開く。彼の口がミリィの名前を紡いだところまでは理解したんだけど、そこにヴォルフが続きを遮るように血相を変えて飛んできた。

「こ、コンラート!! お前ッ、な、何の話か知らんが、余計な事を喋るなよ!?」

 ……焦ってる。相当焦ってる。何の話か知らんが、とか言ってるけど、絶対喋られたくない話があると言わんばかりのこの反応。

「え、なになに、それ、もしかしなくてもミリィの話じゃなくてヴォルフの話なわけ?」
「ははっ、そうですね」
「ちょっ、黙ってろコンラート! そしてお前も嬉々として乗るなユーリ!!」
「そういう反応するから気になるんじゃんかー」
「そうそう。小さい頃の可愛らしい思い出話じゃないか、そんなにムキになるなよ」
「そういう問題じゃない!!!!」

 きゃんきゃん吠える小型犬よろしく何だかよく分からない単語をとにかく喚き散らすヴォルフラム。とりあえず騒いでうやむやにしたいらしいって事だけはよーく分かった。でも、それとこれとは別問題。ここまで気にさせといて教えなーいで終わるのはあまりにも面白くない。おれとコンラッドがしばらく黙っていると流石に疲れたらしいヴォルフが徐々に言葉尻を小さくしていって、ついに口を閉じて大きく溜息をついた。待ってましたとばかりに用意していた質問をぶつける。

「なぁ、それで結局、ミリィがなんなの?」
「……ユーリ、呼びました?」

 まるで図ったかのようなナイスタイミングで開けっ放しの扉からひょこりと顔を出したのは噂の張本人。三人揃って口を「あ」の字にして固まってるこの光景は、たった今やってきたミリィから見たら凄く間抜けなものだったに違いない。
 ……きょとんとした表情を浮かべるミリィを捉えた視界の端に写った、口をあんぐり開けて茹蛸みたいに真っ赤な顔をした美少年の顔は忘れられそうにない。しかし彼の回復は思った以上に早かった。

「ななななんでもない! そうだミリィ、母上がお呼びになっていたぞ! 今丁度探しに行こうと思ってたんだ、いい時に来てくれたな! よし、ぼくが直々に案内してやるっ、ホラ行くぞ!!」
「え、ちょっとヴォルフ?」

 我に返ったようにがばっと立ち上がったヴォルフラムはそのままの勢いで扉までずかずかと大股で歩き、おれとヴォルフを交互に見つめるミリィの腕を取って部屋を出ようとする。捲し立てるように言ってる事はもちろん誰にとっても唐突で初耳な内容。っていうか今ツェリさま城に居たっけ?
 ミリィはヴォルフの剣幕と呆れたように笑うおれの顔を見て何となく状況を判断したらしいけど、一応おれに呼ばれたこともあってか、ヴォルフに半ば引き摺られながらもおれに向かって声をあげる。

「あの、ユーリ、良いんですかこれ!?」
「あーうん、大丈夫。ごめん、むしろよろしく……」

 ひらひらと手を振ったときにはもう、開ききった扉から見えたのは風に靡く一房の水色の髪だけだった。結果的にプー画伯は逃走、ってことで、モデルという名の筋トレは自然終了したってことでいいんだよなこれ?
 そして結局、本人の口からは聞けなかった答えだけど、あの態度はもうおれが予想してるのがそのまま答えでいいんだと思う。絵画鑑賞を再開しつつ、隣で苦笑を浮かべる彼の次兄に、一応答え合わせでもしてみようか。










Do you know the name of that feelings?




(言おうとしてたこと当てていい? ヴォルフの初恋はミリィ、とか)
(……ご名答)
(分かりやすっ!!)




お題配布元:kaken (閉鎖)


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