氷上フィアンケット | ナノ

「「リズ!」」

 まるでせーのって掛け声かけて合わせたかのように見事に揃った高低二つの声。私を呼び止めたステレオボイスにくるりと振り返れば、案の定、互いにガンを飛ばしあうアレンとユウが居た。
 ふたりは私が振り返る気配を察すると、もひとつジロリと相手を牽制したあと、揃って口を開く。

「「鍛錬」付き合って下さい!」
「二人とも……」

 これまた異口同音に発せられた最初の単語。いい加減お互い分かってるだろうに、二人の間にはバチバチと火花が飛ぶ。彼ら二人のこのテの張り合いは、なにも今に始まったことじゃない。相変わらず仲がよろしいことで。
 いっそ逃げようかなぁ、と思ったその瞬間、謀ったかのようなタイミングで左右からそれぞれがっしりと腕を固定された。

「ちょっと神田いい加減そうやって露骨に僕とリズの邪魔するのやめて貰えません? 昨日も一昨日もその前もだったじゃないですかいい加減学習してくださいよ」
「うっせェモヤシ邪魔だ退け。おいリズ行くぞ、時間の無駄だ」
「今まさにリズの貴重な時間を奪ってる貴方がどの口で何ほざいてんですか? ちなみに何度言っても覚えられないみたいだから何度でも言いますけどね、僕の名前はアレンです!」
「てめェの名前なんざ興味ねェんだよ。さっさとその呪われた手離しやがれ」
「………」

 アレンの言葉を借りれば、昨日も一昨日もその前も同じように繰り広げられたこの光景。朝食と言い、鍛錬と言い、確かに微笑ましいんだけど、流石にこの“可愛いワンコ”達のきゃんきゃん声は……どうにかならないものかしらね。
 途中で口を挟んでみたところで、昨日は結局コムイが任務だって呼びに来て漸く止まり。一昨日は偶々私に用事があったラビが生贄になって止まり。その前はリナリーのバインダーによる制裁で割と平和的に解決したけど。
 つまりは、口を挟んだって無駄ってことは経験的に学習済み。放っといたらどうなるかな、っていう純粋な興味もあって、今日は試しに傍観体勢を取ってみた。

 ……そしたら案の定、止まらないこのマシンガントークの応酬。

「フッ、こちとら好きで呪われてないですしこの手で握ったからって相手が呪われるわけじゃないですからね!」
「どーだかな」
「あっれーもしかして怖いんですか? お望みなら神田の手も試しに握って差し上げましょうか? 大丈夫ですよー骨がバキッって言うだけですから」
「ハッ、誰が態々差し出すかよ。やれるモンならやってみろ、六幻の錆にしてやる」
「………」

 激しい火花が飛び始めてから、かち合ったまま一秒たりとも逸らされない二人の視線。互いの瞳に互いの顔以外の何物も映さないそれは、このまま放っておいたところで今私が苦笑していることも捉えないままだろう。
 それにしてもよくここまで言葉が続くものだ。特にアレン、聞いてる私の方が息切れしそうよ。

 時間が経つにつれ、クールダウンするどころか常時右肩上がりな二人のボルテージ。しっかりと固定はしていたものの一応控えめだった彼等の両手には徐々に力が篭り始め、私の両手首は共にぎりぎりと締め付けられる。
 もっと強い痛みなんて日常茶飯事だけど、僅かに爪まで食い込み始めたそれは地味に痛い。

「(なんか、こんな童話あったわね……)」

 二人の言葉の応酬をどこか遠くに聞きつつ、昔ラビに教えてもらった異国の童話を思い出す。確か、生みの母と育ての母がそれぞれに「自分が母だ」と言い張って、娘の両腕を引っ張り合いする話。痛がる娘の腕を先に離した方が真の母親だ、っていう、教訓めいた話だったっけ。

 その御伽噺とは、立場は違うけど状況は似ている。

 アレンとユウがそれぞれに口にしたり、しなかったり、態度に出ていたり、時にひた隠しにしようとしている、こちらへと向けられた何とも形容しがたい想い。色も形も全く違うそれを、同じ天秤にかけるのは難しい。
 優先順位を付ける基準は、せいぜい届けられた順番くらい。それでも、その基準が適用できるのだって、ほんの僅かな場合だけなんだけどな。

 私にとっては変わらない、っていうのも、彼等はきっととっくに分かってるんだろう。最後にどすんと大きく根を残しているのは、どこか年相応で些細な意地とプライドの張り合い。

「……っ」
「「!」」

 ――ふっと苦笑を漏らした瞬間、不意に両腕から熱が消えた。

「チッ……」
「わっ、す、すいませんリズ! あぁ、どうしよう、ちょっと赤くなっちゃってる……!!」

 すっかり暖められた手首にひんやりとした空気が触れたのも束の間、滞っていた血流が流れ出した事によって、すぐにそこは別の熱を持ち出す。
 赤くなった左手首にちらりと眼をやったユウは、舌打ちひとつ残した口を「悪い」と無声のまま小さく動かす。すっと視線を斜め下に逸らすのは、バツが悪いときの彼の癖。
 アレンは普段フェミニストなだけに、自分が女性の腕に傷(とまではいかないけれど)を付けた事に対して猛烈に反省しているらしい。私の腕を取ってみたり、擦ってみたり、その慌てっぷりは見ているこっちが可哀想になるくらいだ。

「大丈夫よ、このくらい」
「でも、リズの白い肌、とっても綺麗なのに……!」
「そう? ふふっ、嬉しいわ、ありがと」
「……リズは、やっぱり大人ですね……色んな意味で」
「?」

 しゅんとするアレンと、バツが悪そうにしつつも未だ私の前を動かないユウ。感じていたはずの微かな痛みは、いつの間にか消えていた。
 ふふっ、と小さく笑いを漏らせば、何故このタイミングで笑うんだと言わんばかりのきょとんとした表情で私を見つめる二人。こんな所で結構シンクロしてるのよ、って事は、教えないで居た方が良いかしら。

 ――未だ私の許しの言葉を待っているらしい律儀な二人に、両手を広げて示してみる。

「……良いわ、今日は纏めて相手したげる」
「「!」」

 弾かれたように顔を上げた二人は、一度互いの顔を見て、ぎゅっと不快感露に眉根を寄せて、それでも、その顔をもう一度私の方へと向けた。
 どうやら、私に免じて一時休戦してくれるらしい。火種が自分だって自覚はあるから、苦笑せざるを得ないけど。

「その代わり、手加減はしないからね?」
「……ハッ、上等だ」
「……有難うございます!」

 二人の頭にぽんっと手を乗せれば、揃って浮かんだ驚き顔は、やがて微かな吐息に変わった。















(……二人同時に離した、って時は、どういう結果になるのかしらね?)




あとがき
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