氷上フィアンケット | ナノ

「朝っぱらからガツガツガツガツ目障りなんだよ!!!!」
「そっちこそ毎日毎日飽きもせずズルズルズルズル煩いですよ!!!!」
「そんだけ無造作に食いモン積んで阿呆みたいにバカスカ食ってるてめェが言うなクソモヤシ!!!!」
「僕の名前はアレンです!!!! いっつも蕎麦ばっか食べてて栄養偏ってるからって記憶力低下しすぎじゃないですか!!!?」
「てッめェ……」

 いつも通りの教団の朝。毎朝繰り返されるこの賑やか過ぎる光景が“いつものこと”になってからもう大分経つ。最初のうちはリナリーやラビを始めとした面々がなんとか二人を宥めすかして落ち着けようとしてたけど、最近はみんな苦笑しつつ遠巻きに見守るばかり。諦められたことに本人達が気付いているかどうかは定かじゃないけど、今日も今日とてユウとアレンは相変わらずだ。
 毎日のことなんだからいい加減席を離すとかしたらいいのに、二人は頑として自分の固定席を譲らない。譲ったら負けだと思ってるところが年相応で可愛いなぁ、なんてお姉さんは思うわけだけど、それを本人たちに言ったらまた一段と煩くなりそうだから黙っておく。
 ……最近はこの喧騒のど真ん中で朝食を摂らないと眼が覚めた気がしない私も、あまり色んな事を言えた口じゃないのかもしれないけど。トレー片手に二人の間に割り込んで、毎日律儀にひとつ空いてる席を引く。

「おはよう、二人とも」
「リズ! おはようございます」
「……おぅ」

 ――纏めての呼びかけは、名前だと呼んだ順番でまた新たな火種が生まれるから。まったく、可愛い話よね。





 ――やっと、少しは話が分かる奴が来やがった。

 いつものように俺の右隣の椅子を引いたリズは自分の朝食の載ったトレーに視線をやったままで口を開いた。反対側の隣でモヤシの顔があからさまに輝く。チッ、飼い主見つけた犬かお前は。そんなモヤシに対してリズはちらりと顔を向けて微笑んだ後、俺に向けても同じ時間だけ同様の笑みを浮かべる。同列の扱いを受けてる事に腹が立たねェ訳じゃねェが、違ったら違ったで腹が立つのも事実。んな馬鹿げたことを考えてる自分自身にも腹立つが。テーブルの端から馬鹿ウサギが俺を見てにやりと笑った。……クソ、あいつ後でシメる。
 腰を落ち着けたリズが両手を合わせて静かに眼を閉じた。纏う気配を例えるなら、波紋のない泉の水面。一秒ほどの間のあと口から零れるのは、水面を撫でる細波のように落ち着いた声。

「いただきます、と」
「……リズ、今日もご飯少なくないですか?」
「ふふ、アレンの隣に座れば少なくも見えるわよ」
「もう、そうじゃなくて! それ以上細くなったら大変ですよ! あ、これ凄く美味しかったんであげます」
「ありがと。じゃ、遠慮なく頂くね」

 ちょっかいをかけるモヤシを邪険にすることなくにこやかに談笑するリズ。トレーの上にはサンドイッチが二切れとコーンスープとサラダ。そんな中で浮いているいつものアレがもう一皿。確かに少ねェんだろうが、コイツの場合、よく動く割に馬鹿みたいに燃費が良いだけだ。
 モヤシの手によってリズのトレーにプリンがひとつ追加される。元々コイツのトレーに日替わりで何かしら載っていたデザートがいつの間にか消えたのは、日々繰り返されるこのやりとりの所為だ。阿呆みたいに毎日同じ手使いやがってウゼェんだよこのクソモヤシ!
 ……ちらちらとモヤシの白髪が視界に入ると、折角の蕎麦が不味くなる。下を向いて食べる事に集中しようと思っていた矢先に、リズが俺の名を口にした。
 
「ユウ」
「……、んだよ」

 ――ファーストネームの方が耳に馴染んでいるのなんて、コイツくらいなもんだ。





 ――僕の“日課”は、元々リズを見てて思いついたんです。

「また蕎麦だけ? 少しは肉と野菜も摂りなさいっていつも言ってるでしょ」
「………」

 僕との会話が一段落したあと、リズはその瞳を神田の方に向けた。ずるずると蕎麦を啜っていた神田の手が一瞬はたと止まったけど、またすぐに何事も無かったかのように動き出す。毎日の事なのに、いつもいつも同じ反応をしてるって事に果たして気付いてるんでしょうかね。
 西洋風の朝食が並ぶリズのトレーの上でひとつだけ浮いていた小さな平皿。彼女はそれを手に取ると、皿の中身を神田の蕎麦の上に移した。

「今日のは何だよ」
「鶏の唐揚げふたつと南瓜と茄子の天ぷら。これくらいはちゃんと食べなさい」
「……フン」

 毎度繰り返されるリズのお小言。神田は毎回マトモな返事を返さないけれど、リズが持ってきたものを残したことは未だ嘗て無い。今日も早速唐揚げに箸をつけて、麺つゆに浸してぱくりと一口。そんな神田の横顔を見て、リズはいつも正面を向いて俯きがちにかすかに微笑む。
 リズがそんな表情を浮かべることは、きっと隣に座ってる僕しか知らない。神田の蕎麦にトッピングが追加されるのはいつも蕎麦が殆ど無くなった後だから、神田はいつもそれをさっさと片付けてそのまま食堂を出て行く。煩いのがいなくなって清々するし態々そんな事教えてやんないけど、知らないなら知らないで恩知らずだなって少しイラッとするんだから不思議なものだ。
 ……でも絶対教えてやんない。いつものように席を立った神田を一瞥しただけで自分の食事に戻ったリズは、きっとそこまで求めていないし。そんな事より、今日は凄い良いことを聞いたんだった。

「あ、リズ、今日は任務一緒だって聞きましたよ。宜しくお願いしますね」
「あぁ、イタリアの方よね? こちらこそ宜しくね」
「はい! ……イタリアといえば、ジェラートですよね〜……」
「アレン、溶けてる溶けてる」
「はっ!!」

 今朝会ったコムイさんからイタリアでリズと任務、と聞いてジェリーさんに注文したイタリアンジェラート。リズに指差されてその存在を漸く思い出して、皿の山の陰に隠れていた2つのカップを手元に引き寄せた。なめらかな表面に溶けたジェラートが細い溝を描いている。良かった、まだこれくらいなら大丈夫。

「リズ、良かったらひとつどうですか?」
「じゃ、懐かしきイタリアの街並みを思い出しつつ頂こうかしら」

 こっちを向いて微笑んだリズの瞳に映るのは、手元のジェラートと僕。いつもより一つ多く渡せた彼女へのささやかな贈り物に内心ほくそ笑みつつ、ちらりと頭を過ぎった神田の姿は、ジェラートの白さで塗りつぶした。
















あとがき
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