氷上フィアンケット | ナノ

 ――方舟から帰ってきた途端にぶっ倒れたリズが、漸く目を覚ました。

 昏睡していた彼女が目を覚ましてから二日。検査の結果は良好で、状態も安定してきたらしい。大勢行くと身体に障る、と一度は見舞いを止められたオレらだけど、コムイとリナリーが行って帰ってきてから、二人以下ならOKだと微妙なお許しが出た。門番の如く立ち塞がる鬼婦長の顔が目に浮かぶ。
 っつーワケで、朝からずっとそわそわと落ち着き無いアレンを連れて見舞いに来てみた。面会謝絶の札はもう無いってのに、先程擦れ違った婦長の視線は相変わらずグサグサと容赦なかった。今まさにノックせずに扉を開けかけてるなんて、バレたらきっと半殺しにされる。こりゃもう、開き直って明るくいくしかねぇ……。

「リズねーぇさーんっ! 会いたかったさー!!」

 隣のアレンが若干眉を顰めるくらいのテンションで、ドアノブを思い切り押し開ける。 
 ……リスクを潜り抜けて開いた扉の向こう。個室にひとつ置かれた当の本人のベッドは、もぬけの殻だった。

「あり……?」
「抜け出した、んですかね……?」
「まっさかぁ、オレらじゃあるまいし」

 きちんと整っているベッドに軽く手を置いてみれば、そこは仄かに温かい。普段リズが履いてるブーツも、しっかり揃えてベッド脇に置かれている。ちょっと出てるだけだろ、と、若干不安げな表情を浮かべるアレンに笑ってやる。
 そもそも、リズはオレらが心配してやる必要なんて無いくらいしっかりした“大人のお姉さん”だ。皆普段歳なんて気にしねぇから忘れがちだけど、アレンなんて七歳違うんだぜ?
 実はけっこう心配性な少年にそこんとこを教えといてやろうと口を開きかけたその時、カラカラ、という軽い音が廊下にこだまする。……ほら、な。
 くるり、二人揃って振り返れば、開いたままの扉の向こうに、点滴台を引き摺るリズが居た。

「あら、ラビにアレン。……ふふ、なんか、久しぶり」
「!」
「リズ! だいじょぶさ?」
「ん。身体も動くし、現状把握も出来たし。ありがと」
「そか、そら良かった」

 良い意味でこっちの肩の力を抜かせるその笑顔は、オレが知ってる普段のそれと同じ。そんな些細な事に思った以上に安心して、それから漸く、リズの格好に目が行った。

 ……所々跳ねている髪に、若干袖が余っているパジャマ。普段している薄化粧も勿論無くて、点滴台に半ば凭れかかっている身体は、覚えにあるより痩せている。オレより四年も年上のリズが、今はオレと同い年くらいにしか見えない。
 それでも、第二ボタンまで開かれた胸元とか、うっすら潤んでいる瞳とか、滲み出る色気は、むしろ普段の二割増で。

(うっわ……やっべェ)
「ラービ、顔緩んでるわよ」
「う、」

 つん、と額を突かれてはっと気を取り直す。……本人に指摘されてりゃどーしようもねーな。へにゃっと笑ったリズはやっぱりいつもより幼く見えるけど、割と元気みたいで一安心。
 と、我に返って気付いた。アレンが妙に静か過ぎる。

 ふと横に視線をずらせば、アレンは、真っ赤な顔して口に手ぇ当てて、リズを見たり目を逸らしたりを繰り返してた。

「……アレンさーん? どした?」
「え、いいいいいえ、別に、何でもっ!!」

 ……何でも、って顔じゃねーぞ。

 舌先まで出掛かっていた突っ込みを飲み込んでちらりとリズを見る。オレの反応には慣れた対応のリズも、アレンのこれには少しびっくりしてるみたいだった。ぱちぱちと長い睫毛を瞬かせて、声を掛けるか否か迷うかのように、ちら、とオレを見上げる。やっべェこれどうしよう。おおおお落ち着けオレ、リズはお姉さん! みんなのおねーちゃん!!
 無意識で挙がってしまった行き場の無い手で口元を押さえる。もいちどアレンを見やれば、彼は漸く口を小さく開いたところだった。

「リズ……って、実は僕より、背……小さかったんですか……?」
「「え?」」

 表向きは一応紳士な筈のアレンの口から最初に出てきた言葉は、予想の斜め上を行った。――背が、どしたって?
 手を頭の天辺にやって、背比べするみたいに自分とリズとの間を行き来させるアレンを見て、思わず横のリズを頭の先から爪先まで観察する。確かに普段より頭の位置が低い、気がするのは……そう、足元が病室用のぺたんこスリッパだから。
 そこまで考えて、気付いた。

 ――あぁそうか、オレはいつもリズより目線高いけど、アレンは。

「あー……」
「リズってホントはリナリーと殆ど変わんねぇんだよなぁ。普段はブーツで上げ底してっから」

 彼の言葉の意味するところに気付いたリズは、苦笑気味に納得の声を漏らす。彼女の代わりに種明かししてみれば、アレンは小さく「えぇっ!?」と声を上げた。おーいアレン、自分が今けっこう挙動不審だって、気付いてるかー?
 まぁでも確かに、いつも若干見上げてた年上のお姉さんが実は自分よりちびっこでした、なんて、こりゃー絶対やばい。オレは背ェあるから、そういうシチュエーションは期待できねぇけど。
 そんな事を考えるでもなく考えていたら、リズは更に大きな爆弾を投下した。

「……や、別に、身長詐欺してるワケじゃないのよ? ブーツも教団の支給品だし……」

 ね、と念押しするかのようにアレンを見上げるリズ。既にギャップで破壊力抜群の見た目に、更に上目遣いまでプラスするか!
 ……案の定、純情少年アレンには刺激が強すぎたらしく、彼は耳たぶまで真っ赤にしてリズの肩に手をやった。

「分かりました! 分かったんで!! とにかくリズは座って休んでください!! 身体に障ります!!!!」
「えー……」

 ――アレンってば心配性ね、と笑ったリズ姉様は、多分、ある程度は色々と分かってるからタチが悪ィ。










ジャスミンの目笑




「あーあー、アレン、可哀想さー……」
「ラビ? なにか?」
「なんでもないです」




あとがき
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