氷上フィアンケット | ナノ

※自覚なさげなラビ→リナ前提。苦手な方は要注意!






「あーもー、リズ〜〜〜!!」
「!」

 アレンやリナリーと談笑していたはずのラビが頼りない足取りで戻って来たかと思ったら、床に座る私の背中に抱きつくような形でそのままズルズルと倒れ込んだ。それなりに抑え気味に出された声は、弱々しく掠れている。
 二人は他の仲間達も巻き込んで変わらず談笑を続けていて、一人離れた位置で六幻片手に不機嫌顔を浮かべるユウは僅かに苛立ちの気配を見せる。そんな彼等の反応なんて気にも留めず、ラビは彼らしくもない這うような盛大な溜息を吐いた。
 構ってくれオーラをこれでもかと放つ彼を、鍛錬用竹刀の手入れを中断して首だけで振り返る。

「……どうしたの、ラビ」
「んっとにもー……なんであのコあんな鈍いの!? 何とかしてリズねーさん!!!!」

 若干赤い眼をしたラビが目線で訴える先。アレンの話に相槌を打ちつつ、光り輝くような笑顔を見せているのはもちろんリナリー。女の子好きを明言してやまないラビが、自覚の有無はともかくとして、唯一少し違った態度で接する相手。
 詳しい話を聞くまでも無く察した経緯には、苦笑で応えるよりほかない。

「残念ながら無理だと思うわよ、ああいう兄が居る限りは」
「だよなー……うぅ、あの純粋さは眩しすぎていっそ毒さ……リズっ、充電さして……!」

 体勢はそのままにずりずりと私の横に移動したラビは、がっくりと肩を落として弱々しくかぶりを振る。邪推すれば厭味とも取れる発言に突っ込みを入れるべきか一瞬迷ったけど、多分他意は無いだろうし、相変わらず腰に回されている腕にいつものような力は無い。……自分で気付いて無いみたいだけど、案外色々とやられてるわね、このコ。
 今回は甘やかしてもいっか、と判断して、右手を肩に添えて軽くハグしつつ左手でよしよしと頭を撫でてやれば、ラビは驚愕の表情で私を見上げた。

「……えっちょっ待ってリズさん仮にも男相手に平気でそーいうコトする!!!?」
「あら、ラビったら照れてる?」

 素晴らしい反射神経で後ろに飛びずさったラビの頬は、彼の髪と同じくらい赤い。本人曰く“ストライクゾーンが広い”ラビが頬を染めるのは良くある事だけど、語尾の震えは焦りの証拠。仕掛けてきたのは自分なのに。
 思わずクスクスと笑いを漏らせば、ラビは耳まで赤くしつつも猛然と反撃してきた。

「すっ、少しは危機感持った方が良いさおねーさん!!!!」
「あら、だって、今回は下心は見えなかったもの」

 年下の青年の言葉をさらりと受け流せば、ラビは目をまんまるにして私を凝視する。ぱちぱちと大きく瞬きするのと同時にあわあわ口を動かすけど、何度やっても言葉は出てこないらしい。彼との付き合いは短くないけど、ここまでの反応はそうそうあるモノじゃない。
 周りが妙に静かになったのを感じつつ、弟分の微笑ましい反応に、口角が緩むのと悪戯心が膨れ上がるのを抑えられないまま、とどめとばかりにラビの耳元に顔を寄せた。

「……今回は純粋に、おねーさんに甘えたかったんじゃないの?」

 サービスで余所行き用の妖艶な笑みもプラスしてみれば、ラビの反応は予想を軽く飛び越えた。

「〜〜〜っ、あーもう!!!!」
「わ、」
「「「!!!!」」」

 ……なんだか、余計なスイッチを入れてしまったかもしれない。

 ラビは私の一言に吹っ切れたかのように、正面から堂々と諸手を挙げて胸に飛びこんできた。18歳男子の不意打ちをモロに喰らえば、流石に身体は勢いに飲まれて後ろへ傾ぐ。アレンとユウを筆頭に、周囲が声にならない悲鳴をあげた。
 でも、みんなの心配とは裏腹に、私にはまだ周りの反応に苦笑を漏らすくらいの余裕はある。

「……っと、そこまでー」
「いででででで!!!!」

 冷たい床と私の背中とが衝突する前に、左肘を突いて身体のバランスを取り直す。右手はラビの後ろ頭に回して、意外とサラサラな赤髪を内心謝りつつも遠慮無くぐいっと引っ張った。
 掛かる重力が少し減ったところで、少し後ずさりして身体を起こして体勢を立て直す。

「ちょーっと調子に乗りすぎでしょお兄さん。がっつきすぎると、いざって時に失敗するわよ?」
「っつー……て、手厳しいさリズ……」
「ふふ、悪乗りしすぎた私も悪かったけどね」

 頭皮に結構なダメージを喰らったらしいラビは頭を抱えて唸っている。それをぽんぽん、と軽く叩きつつ何となく周囲に視線を巡らせば、皆は事の収束を悟ってくれたらしい。徐々に集まる視線が減っていく中、最後まで残っていたアレンの心配気な視線とユウの不機嫌オーラは曖昧な微笑でかわしておいた。
 ギャラリーを片付けてから未だに頭を抱えるラビを見やれば、彼は若干恨みの篭った目で私を見上げる。

「っつーかリズ、あんだけ上げといてドカッて落とすのは酷ぇよ……!」
「そうねぇ、純情な少年のガラスの心を傷つけちゃったかしら?」
「……あっれー俺リズに充電してもらいに来たはずなのに何でこんなにグッサグサやられてんの……?」

 涙目での訴えを軽口で流せば、本気で凹みモードに入りだしたラビは、私に背中を向けて膝を抱えて蹲る。つんつん、と軽く突いてみても、返って来るのは小さな恨み言ばかり。反応が面白いからって苛めすぎたかしら、と内心ちょっと反省。
 縮こまる背中を眺めるともなしに眺めつつ、ラビの台詞を声に出さずに反芻する。

「(充電、か……)」

 おそらく、そう深い意図無く発せられたであろうそれ。
 それでも私の視線は、最低限の修繕によって余計に目立っている壁や床の抉れや、深い傷の残る柱――先日の惨劇の爪痕を、ゆらゆらと彷徨う。

 ――そんな風に深読みしてしまうのは、別の意味で、“私も”それを欲しているから、かもしれない、けど。

「……そうね、充電は必要よね」
「え?」

 手入れ途中だった竹刀を床に置いて、ラビの背中に自分の背中を軽く預けてみる。ウサギのようにぴくりと肩を震わせた彼はまだ若干の警戒を残しているらしく、それ以外の反応を返してこない。
 ほんの少し、意地の様なモノが垣間見えるその背中に、少し体重を掛けつつ小さく呟く。

「合間合間に休憩しとかなきゃ、私達だって保たないもの」
「………」

 ――目を瞑れば浮かんでくる光景。聞こえてくる声。
 もう逢えなくなってしまったひとたちを記憶にしてしまうには、まだ早すぎる。

 だから、こうやって、些細な事で笑ったり凹んだりする余裕があるうちに、気力を補充できるなら。

「私で充電できるなら、お安い御用よ?」
「リズ……」

 少し背中を浮かせて、顔だけで振り返る。
 ……安心感を与えられるだけの笑顔は、ちゃんと出来たかな。

 態々意識してしまうあたり、私もまだまだ大人に成りきれていない。年上ぶることで安心したかったのは、きっと私の方。
 それが分かってるから、意識してしまっただけ笑顔が長くは保たないのも分かってるから、ラビの驚いたような気の抜けたような切なくて仕方ないような、何ともいえない表情を捉えてすぐに頭の位置を戻した。敏いこのコに本心を悟られたくなくて、誤魔化すようにまたぐいっと背中に体重を掛ける。
 ラビはそんな私の内心を知ってか知らずか、私の掛ける重力を甘んじて受ける。彼は暫く三角座りのままで黙り込んだあと、ゆっくりと背中で体重を押し戻してきた。

「……なーリズ」
「ん?」
「その竹刀さ、鍛錬すんの?」
「え? あぁ、うん。ささくれ立っちゃってるから、それ直したらユウと」
「ふーん……」

 要領を得ない会話のまま言葉尻を萎ませ、ラビは私の背中に掛ける体重を増す。今度は私が三角座りだ。ラビは両手両足をだらりと投げ出したまま、その翡翠の瞳にぼんやりと天井を映している。
 やがて力関係がゆっくりと平衡まで戻った。力を抜いたラビが、わざとらしい程に明るい声で宣言する。

「……うっし! じゃ、それまでリズの背中は俺が占領させて貰うさ!」
「……ふふっ、どーぞ」

 ――切望していること、逆に救われてること。それはお互い、気付かないフリ。










雪解けゼラニウム






「なぁリズ、手入れはなるべくじっくりな! じっくり!」
「ユウは早くしろとばかりに睨んでるけど? 主にラビを」
「……げ」




あとがき
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