Le ciel croche | ナノ

 エースのお陰で海軍を撒くことに成功し、無事にサンドラ河を抜けた麦わら一味は、『緑の町エルマル』へと上陸した。その名を疑う枯れ果てた土地を起点に、ここから目指すは反乱軍の町――内陸のオアシス・ユバ。道中クンフージュゴンの群れを弟子にしたり、町が枯れた原因・ダンスパウダーの話を聞いたりしながら、一行は徒歩で半日掛かる砂漠の旅を続ける。
 年単位で雨の降っていないこの地方で、昼日中の強行軍とくれば、当然太陽は強烈に照りつける。ビビの話にクロコダイルへの怒りが沸騰し、やる気の塊と化していたルフィも、流石に暑さには敵わなかった。

「ア――…ア――…」
「あんまりアーアー言わないでよ、ルフィ!! 余計ダレちゃうじゃない…」
「ア――……焼ける…汗も出ねェ………」

 見渡す限り一面の砂、砂、砂。地形の作る大きな凹凸はあれど日陰など何処にも存在せず、微かなそよ風ひとつ吹かない炎天下。本来徒歩で移動する場所ではないが、海賊一味と身分を隠す王女が、他に快適な移動手段を確保できるはずもない。
 いい感じの枝を杖代わりにへろへろと先頭を歩くルフィは、犬のように舌を出したまま半ば干からびている。ぴしゃりと注意したナミも暑さに参っているのは同様で、気休め程度に左手でぱたぱたと顔に風を送る。最後尾を歩くウソップも似たり寄ったりで、砂地に残る足跡は頼りなく蛇行している。寒冷地出身のチョッパーに至っては、早々にすっかりダウンして、ゾロの引く即席ソリに仰向けに倒れていた。

「おれダメだ、暑いの苦手だ…寒いのは平気なのにな…」
「おめェがモコモコしてっからだ。その着ぐるみ脱いだらどうだ?」
「この野郎、トナカイをバカにするのかァ!!!」
「ギャ―――、化け物―――っ!!」
「おいチョッパー、デカくなるな。引っ張ってやんねェぞ!!」

 辛うじて軽口を叩く元気はある二人は、息は絶え絶えながらもぎゃあぎゃあと喚く。獣人化してゾロに一喝されたチョッパーは、置いて行かれては大変とばかりに、しゅるるると身体を縮めてすごすごとソリの上に戻った。
 そんな騒ぎを静かに横目で見ているサンジも、彼ら同様体力が削られている事には変わりない。男連中から視線を外したサンジは、誰もの足取りが鈍る中、すたすたと軽快に歩みを進める女二人に向かって口を開いた。

「……ビビちゃんとニーナちゃんは、あんまりこたえてねェみてェだな」
「……私はこの国で育ったから、多少は平気」
「んん、あたしも、寒いのは得意じゃないけど、暑いのは全然だいじょぶ」
「「はァ〜〜〜」」

 その台詞が強がりでないことは一目瞭然。笑顔で答える余裕のある二人に、ルフィとウソップが感嘆と羨みの溜息を漏らす。
 ──出身地で慣れているビビは、まだ分かるとして。何か秘密があるのではなかろうかと、彼らの注目は自然とニーナに集中した。頭の先からつま先までじいっと一往復眺めて、納得いかないと言わんばかりに口を開く。

「こん中で一番着込んでんのに?」
「逆に着てないと日差しが痛いからねえ」
「ニーナの生まれた島も暑いところだったのか?」
「ううん、同じ東の海だし、ルフィのところと変わらないんじゃないかなぁ」
「つーか汗一つかいてねェし!」
「うーん……体質かな?」
「まじかよ……つーか、むしろビビより涼しい顔してんだよな、ニーナ……」
「なー、なんでそんな元気なんだよ、ニーナ…………ん?」

 彼女の答えにニーナだけずるいとばかりに口を尖らせるルフィは、穴があくほどニーナを観察したのち、ふと何か思いついたかのようにまん丸くした目をぱちぱちと瞬く。
 はっとして、ぎょっとして、きょろきょろと辺りを見渡して、ぎゅっと口を真一文字に噤んで。ひとりで謎の百面相を繰り広げていた彼は、やがてそろりとニーナに近付き、彼女の周りを一周して、一旦離れて、もいちど近付いて、驚きに目を見開いた。

「すずしい」
「は?」
「うん?」
「涼しい! ここ涼しいぞ!」
「何言ってんだルフィ、そんな訳あるかよ」

 唐突に上がったのは喜びの声。ニーナの左側にぴったりと寄り添い歩くルフィを一瞥して、ウソップは大仰に溜息を吐きつつ天を仰ぐ。
 煌々と輝く太陽は空の一番高い所にあり、足元に出来る影は極限まで小さい。上手く日陰に入れた訳でもあるまいし、そもそもニーナは一味の中ではチョッパーの次に小柄だ。それでも、ウソップを振り向くルフィの表情は、明らかに先程よりも生気が漂っている。
 疑い半分呆れ半分、駄目で元々。気分転換には丁度いい。そのくらいの期待値でニーナの右隣へと歩みを進めたウソップは、やがてルフィと同様に目を丸くした。

「……ん? いやいや、そんなばかな……いやでも……確かに、多少は涼しいような……?」
「だろ!? もっぺん離れてみろ、だいぶ違うぞ!?」
「おお……何だ何だ、影に入った訳でもねェのに、体感温度が違ェ……気がする……!」
「ほらなー!?」
「んん、まあ、それで気が紛れるなら、あたしは別にいいけど」

 ぽかんと口を開けたまま、ニーナに近付き離れを繰り返すウソップ。三往復ほどした彼は、やがてそのまま吸い込まれるようにルフィの反対側にぴたりと収まった。
 きゃっきゃと騒ぐ二人に他の面々から向けられる眼差しの大半は呆れだが、東の海組には思い当たる節が無いわけではない。ニーナ本人もきょとんとしているものの、先日ナミが釘を刺したばかりの例の件と、関わりがないとは断言できない。事の真偽よりも問題なのは、要らぬことを口走らないかどうか。

「アホかお前ら、ついに暑さでイカレたか」
「そうだ! おいニーナ、ちょっと手ェ出してみろ」
「手?」

 見かねたゾロが口を挟むが、ルフィはさして気にした様子もなく、ぺちぺちとニーナの左腕を叩く。頭に疑問符を浮かべつつ、ニーナが掌を見せるように差し出すと、彼はグローブから出ている指先をぎゅっと掴んだ。

「うおっ! ひんやりしてる!」
「なんだと!? うおっ! ほんとだ!!」
「てめェら放っときゃ調子に乗りやがって、何レディの柔肌にベタベタ触ってんだコラァ!!!!」
「「痛ッ!!」」
「暴れんなバカ、体力の無駄だ……」

 両側のルフィとウソップにそれぞれ掌を掴まれ、背後からサンジの怒声と拳骨が響き、ニーナは諦め気味に苦笑する。後方でナミがはらはらと見守っているのは察しつつも、下手な弁明よりは沈黙を選んだ彼女は、静かに成り行きを窺っている。
 そんな中、一つの正答を提示したのは、意外にも、ゾロに運んで貰っているチョッパーだった。

「ニーナは体温低いからなあ」
「「えっ?」」

 後方下から聞こえた声に、ルフィとウソップは揃って振り返る。即席ソリに寝転んだままのチョッパーは、そのままの体勢で言葉を続けた。

「例えば、ルフィやゾロなんかは人間の平均体温より高めだけど、ニーナは逆に平均よりだいぶ低いんだ。触って冷たく感じるのは、多分そのせいだよ」
「へェ〜……」
「なんだそれ、羨ましい!!」

 納得の声を漏らすウソップと、羨望の声をあげるルフィ。彼らのそんな反応に、チョッパーはやや声の調子を落として異を唱える。

「いや、良くはないぞ……体温って、低すぎると免疫力が下がっちまうから。ニーナも本当は、もうちょっと上げた方が良いんだ」
「めんえきりょく?」
「病原菌と戦う力さ。それが低いと、普通の人より病気になりやすいんだ」
「ああ! ナミが具合悪くなった時に言ってたやつか! それは良くねェ!!」

 チョッパーの案じるような声色を聞いて、ルフィは彼の噛み砕いた説明に真剣に耳を傾ける。船医の言葉を正しく理解したルフィは、途端にぱっと顔色を変えてニーナの手を離した。

「ニーナ、具合悪くなったらすぐ言えよ!? チョッパーに!!!!」
「あはは、ありがとう。まあでも、普段体調崩す事もほとんど無いし、気にしないで。少なくとも、今のチョッパーよりは元気じゃない?」
「うっ……面目ねェ……」
「それもそうだな」

 焦った調子で心配するルフィに、ニーナは解放された左手をひらひらと振って答える。ついでに軽口も叩いてみれば、ルフィもようやく納得の表情を浮かべ、すとんと肩の力を抜いた。





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