リレー企画 | ナノ
(真田みちるの場合)
「…わかった」
『ごめんねみちる、本当にごめん!!
この埋め合わせは、いつか必ずするから』
「…ケーキバイキングがいい」
『うんうんわかった、今度絶対奢る。
だから今日はごめん!!』
「…約束したからね絶対だからね」
『ありがとー!だからみちる好きー!!』
「はいはい、バイバイ」
耳元から携帯電話を離し、通話を切ると、みちるは深々とため息を吐いた。
「…バカ」
小さく呟いてみる。
本当は、力いっぱい叫んでしまいたい気分だけれど、そんな事すれば、奇異の視線に晒される事間違いなし。
遊ぶ約束をしていた中学時代からの親友にドタキャンをくらった挙句、何でそんな目に遭わなければならない。
だいたい、家を出る前の連絡ならばまだしも、待ち合わせ時間ジャストに『彼氏に呼び出されたから行けなくなっちゃった』とは、どういう了見か。
『男よりも親友の方が大切だよね』なんて、真剣に語り合った青春時代が本気で懐かしい。
じゃー、今度アンタの都合のいい日曜に、気晴らしに買い物でも行こうか?
誘って来たのは、向こうだったではないか。
こんな事になるのだったら、昼過ぎまでベットでぬくぬくしていた方が良かった。
「お腹、すいたなー」
時計で確認するまでもなく、時刻は十二時を刻んでいる。
「どーしよー」
このまま何もせずに家に帰るか、せっかくなのだからと、適当な店で昼食を取ってから一人で買い物でもするか。
「帰ろ…」
休日を一人で過ごして、見ず知らずの人に友達のいない寂しい人間だなんて、同情の視線を向けられるような事があれば、明日から恥ずかしくて生きていけない。
「…はぁ」
ため息を吐きながら、重い足取りで一歩。
雑踏へ踏み出したみちるの肩に、何者かの手がポンと置かれた。
瞬間、みちるの中のすべての時間が止まる。
ぎこちない動きで振り向き、その手の持ち主を探る。
「よ、先生!」
「や、山本君だー」
見知った顔に、みちるはへなへなとその場にしゃがみ込み、膝に額を押し付けた。
すぐには立ち直れそうにない。
心臓が、本気で止まるかと思った。
「せ、先生!?」
「おい大丈夫か?」
「どーしたんですか?」
そうして、そのままうつ伏していた頭上に降りかかってくる声の種類の多さに、みちるは身をギクリと強ばらせる。
どうやらここにいるのは、山本だけじゃないらしい。
誰だろう。
恐る恐る顔を上げた。
「さ、笹川さん獄寺君、と…」
やはり見知ったいくつかの顔と、ポニーテールの見覚えのない女子。
こんな生徒、並中にいただろうか。
みちるがまじまじと見つめていると、女子はその視線の意図を察し、ぺこりとおじぎをした。
「あ…あのはじめまして、私は緑中の三浦ハルって言います」
他校の生徒か。
みちるは、こっそり胸を撫で下ろす。
名前までとはいかないけれど、一通りの生徒の顔は記憶しているつもりはあった。
ただでさえ失敗まみれの教員生活。
生徒の顔も覚えられないなんて、最早教師失格ではないか。
「あ、私は笹川さんたちの理科を担当している真田みちるです」
ハルにだけ自己紹介をさせ、まだ名乗っていない己に気づき、みちるは慌てて立ち上がりニコリとあいさつをする。
すると、四人は何とも言えない表情で顔を見合わせた。
みちるは一人、首を傾げる。
なんだろう、この居心地の悪い空気は。
「先生…具合とか、大丈夫なんですか?」
「ぐ、あい…?」
代表して、京子が気遣わしげに口を開いた。
みちるはじっくりとその言葉を反芻する。
「急に、座り込んだからよ」
苦笑気味な山本のフォローに、みちるは青褪めた。
「あ、アレは…ななな何でもないの!大丈夫!!全ッ然問題なし!この通り、元気だよ!!」
山本に話しかけられた衝撃に驚きすぎて、腰が抜けたなんて。
教師としての威厳に関わる。
あまり深く聞かないで。
しかし、みちるの祈りはたやすく破壊された。
「バーカ、コイツの事だ。
野球バカに急に肩叩かれてビビっただけだろうが」
心配するだけ無駄だと、獄寺が冷めた目でみちるを見やる。
「…う」
図星で、言い返せない。
みちるは固まり、微妙な空気が辺りを漂う。
「京子ちゃんごめん!チビたち撒いてたら遅くなっちゃった!!」
それを切り裂くように、響いた一人の声。
「十代目!!」
「ツナさん!」
「ツナ君」
「よーツナ」
「さ、沢田君?」
淀み始めていた空間が、一瞬にして晴れた。
相当急いで来たのだろう。
駆け寄ってきたツナの額には、じっとりと汗が滲んでいる。
「えっと、何で…みんな?」
勢ぞろいしているメンバに、ツナが盛大に顔を引き攣らせた。
「あれ、私今日はみんなで買い物をしようって言わなかった?」
ツナの疑問に、笑顔で答える京子。
「あはは…えっと、そうだった、かも…」
肩で息をしながら、二人だけじゃなかったんだ、と小さな小さなツナの呟きがみちるの耳に届く。
そこから察するに、ツナは京子と二人きりのデートだと思ってここへ来たようだ。
だが、その予想に反して、待ち合わせ場所にはその他友人がたくさんいて。
哀れだ。
みちるは、こっそりと気の毒なツナに合掌した。
「えっと…何で、先生…?」
何とか立ち直った様子のツナだったが、みちるを認めると、再度顔を引き攣らせる。
その彼の様子に、みちるも自身を取り巻く環境をハタと理解した。
ツナ・獄寺・山本。
みちるの背を伝う冷たい汗。
このメンバは、危険だ。
時折漏れ聞こえてくるのだ、彼らの会話の中には。
ボスだの、ファミリーだの。
マフィアに絡む話題のキーワードが。
ついでに言えば。
度々爆破騒動が起こっているという事実もある。
たかだか中学校で、だ。
しかし、それがニュースに取り上げられたりと、大騒ぎになる事もない。
どう考えても、ツナたちがいつも話しているナントカというマフィアが握り潰しているとしか思えない。
絶対に、彼らはマフィアの関係者なのだ。
そうして、彼らに逆らえば。
消される。
みちるの前任の教師・根津銅八郎のように。
根津の後任としてやって来たみちるに、同僚教師や生徒たちは、親切にも根津が何故並盛を去らねばならなかったかを、聞かせてくれた。
確かに、学歴詐称していた根津は悪い。
だが、それを暴露したのが、かの問題教師から嫌がらせを受けていたツナと獄寺だと聞いて。
みちるは戦慄いた。
彼らには逆らわないようにしなければ。
せっかく、難関の教員採用試験をパスして得た、教師という立場を失いたくはない。
というよりは、命も危険な気がしなくもない。
せっかくの休日に、彼らに会ってしまうなんて。
みちるは、短かった己の人生を思い、ひっそりと涙を拭った。
「みちる先生って、いつも学校ではメガネかけていませんでしたっけ?」
「あー、アレ…実は、伊達なんだ…」
他の生徒には内緒だよと、唇に人差し指を当てるみちる。
「え、何でですか?」
京子とハルの瞳が、好奇心で輝いた。
それを見て、みちるは苦笑する。
そうして、絶対絶対内緒だからねと念を押してその訳を話した。
「…す、少しは大人っぽく見えるでしょ?」
言いながら、みちるの頬が朱に染まる。
京子とハルが顔を見合わせた。
そして、同時に吹き出す。
「先生、かわいい!!」
「本当!かわいいです!」
「か、『かわいい』って言わないでよ!私は真剣なんだから!!」
顔を真っ赤にして抗議するみちるを見て、京子とハルの笑みはますます深くなる。
「だってハル、みちる先生が京子ちゃんたちの先生だって教えてもらって、信じられませんでしたよ?」
「うん、私もみちる先生が初めて並中に来た時は、驚いた」
「…酷いよ、二人とも」
みちるが最も気にしている事を。
身長150cm。
お子様体系。
童顔。
見事に揃ったみちるは、今までの人生の中、一度だって歳相応に見られた事がない。
未だに飲み会には身分証の掲示が当然のように求められる。
親友曰く。
アンタ、まだセーラー服いけるよ
さすがに、それはないと思うのだが。
「くだらねー悩み」
獄寺の呟きに、みちるの肩が大きく跳ねる。
「ちょっと、獄寺さん!!そんな言い方ってないんじゃないですか!!」
ハルが立ち上がって獄寺に詰め寄った。
「確かに、バカバカしい悩みかもしれません。
でも、みちる先生は本気なんです!
全然、メガネが意味してないって気づいてないみたいですけど、一生懸命なんです!!
それを、それを…」
拳を握り締めて熱弁を振るうハル。
獄寺が眉間に皺を寄せ、反論しようと口を開き、しかしそれは別の声に遮られた。
「ハルハル、むしろおまえの方が先生に酷いこと言ってるって…
ご、獄寺君も…お、落ち着いて…?
先生ー大丈夫ですか?」
目の前で手をパタパタと振るツナに、みちるはハッと息を呑む。
ハルからグサリと胸に刺さる言葉を随分頂いた気がするのだが。
うん。
忘れた。
思い出したくない。
「先生、そんな気にすんなって」
「そうですよ、メガネなんてあったってなくたって、先生はちゃんと先生ですから」
「山本君沢田君…」
何だか、二人の優しさに、泣きそうだ。
先生、約束すっぽかされてヒマなんだろ?
私たちと一緒にご飯食べませんか?
何でも彼らは、みちると親友と同じ場所同じ時間に待ち合わせをしていたらしい。
みちるは全く気づいていなかったが、柱を挟んですぐ後ろに立っていたらしく、電話の内容も丸聞こえだったとか。
あまりの恥ずかしさに頭を抱えたい気分だが、それどころではなかった。
誘われてしまった。
何のために。
何のために?
怯えまくるみちるに気づいているのかいないのか。
京子とハルにサイドを固められ、みちるは嫌々首を縦に振ったのだった。
そんな過程を経て、昼食を取りながら談笑していたのだが。
主に女子たちと。
「そう言えば、寒崎さんは今日は一緒じゃないんだ?」
みちるの記憶の中では、彼らはよく一緒にいたような気がするのだが、今日はその姿が見えない。
「…あ」
すると、ツナの顔色がみるみる青褪めていく。
「そういえばオレ、寒崎さんに子守り押し付けて来ちゃったー。
みんなも一緒って知ってたら誘ったのに!!」
頭を抱えるツナに、京子が首を傾げた。
「アレ?私、凍ちゃんも誘ったけど、ビアンキさんと約束があるからって…」
断られていたのだと語る京子に、ツナは眉を寄せる。
「え…ビアンキなら讃岐にうどんを打ちに行ったけど…」
所々おかしな単語が聞こえてくるのは、気にしない事にして。
みちるは何となくだが、ここにはいない生徒の心情がわかったような気がした。
彼女は、気を利かせて京子の誘いを断ったのだろう。
ツナと二人きりになるように。
デートの邪魔をしないように。
まぁ、彼女のその心遣いも、山本・獄寺・ハルの無神経トリオのおかげで無駄に終わったようだけれど。
寒崎凍という生徒は、人の心にとても敏感な少女のようであるし。
あの時も。
良かった…指、全部ある…
先生?
それは、少し前の事。
さりげなさを装って、彼女の手をギュッと握ったみちる。
寒崎凍は怪訝そうにそれを見つめ、解放された自身の手を開いたり閉じたりした後。
え、えっとね…な、何でもないのよ、何でも!!
ふーん?
ふっと、目を細めてみちるを見、意味ありげに笑った。
みちるがそんな行動をとった理由。
それは、ジャパニーズマフィアなやくざが、けじめをつける時などに、指を切り落とすのだという話を、ふと思い出したのだ。
それ以来、それまで以上に凍の手袋の中身が気になって、気になって。
まさかとは、思った。
けれど、彼女は怪しげなツナらと共にいる事も多く。
今あの時の事を思い出しても、心臓がバクバクと騒ぎ出す。
己のやった所業ではあるのだが、なんと無謀で、なんと失礼な事をしてしまったのか。
凍に、みちるの真の目的は気づかれていないと思うのだが。
それでも、手を握る行為が、何かの確認のためであったという事は、勘付いていたようだった。
先生、もう行ってもいいですか?
…あ、うん…引き止めちゃってごめん、ね…?
結局、彼女の手袋の中身は、みちるの思い描いていたものとは違っていて。
だからといって、その真の理由がわかったわけでもなく。
彼女も謎多き生徒だ。
つくづく、並盛中にはおかしな人間が多いと思う。
「あと、京子ちゃんのお兄さんと千代さんにも断られたんですよね?」
「そう、二人とも部活があるからって」
京子の兄は、色々な意味で有名ではあるが、千代とは誰だろうか。
もしかしたら、ハルのように他校の生徒かもしれない。
何となく京子とハルの話を聞き流していたみちるであったが、ツナは何かを思い出したのか『あ』と小さく声を上げた。
「そうだ、先生」
「え、え…私?」
逃げ腰なみちるを軽く訝しんだ目で見つめるツナだったが、すぐに気を取り直す。
「オレのいとこが、先生にこの前助けられたって、ありがとうございましたって伝えて欲しいって言ってました」
「沢田君の、いとこ…?」
ツナの言う『いとこ』と、先ほどの『千代』がみちるの中で繋がった。
沢田千代。
ツナたちより一年年長の、並中空手部のエース。
みちるにとってはもちろん彼女も要注意人物で。
本人は、とても感じのよい女子なのだが、ツナの血縁者なのだ。
彼女も、絶対に只者ではない。
みちるの小動物なみに働く危機察知センサがそれを感じ取っていた。
それにしても。
彼女に感謝されるような事を自分は何かしただろうか。
全く心当たりのないみちるは、口元に手を添え深く考え込む。
「そういや、オレもこの前先生に助けられたんだった、サンキューな。
先生の『ヒバリキャンセラー』にはみんな感謝してるぜ」
山本の大きな手が、みちるの頭に置かれた。
生徒に撫でられるのは、正直あまり愉快ではない。
けれど、それよりも今は、山本の言葉の方が気になった。
「何それ…ヒバリ、キャンセラー…?」
ヒバリとは、あの雲雀恭弥の事であろうか。
思わず辺りを見回す。
彼が、そこらにいると考えたわけではないけれど。
その名を聞くと、身体が勝手に動いていた。
巡らせた視界の中で、ツナが渇いた笑みを浮かべている。
並中最強の生徒と、最弱の教師。
みちるは、その顔を見ると気を失ってしまうほどに、雲雀が苦手だ。
相対するだけで失神するみちるを、当然雲雀は快く思っておらず。
しかし、なぜかそれは奇跡的に良い方向へと進んだ。
戦意が失せると雲雀はみちるを避けるようになったのだ。
例え、生徒に指導を行っている最中であっても。
知らぬは本人ばかり。
みちるにより救われた生徒は大量にいたりする。
千代の感謝の理由もそれだ。
雲雀と千代が廊下で、一触即発あわや戦闘開始直前、みちるがちょうど通りかかり。
雲雀は不快気に眉を寄せ、去って行った。
そうして、いつしかみちるについた通り名が『ヒバリキャンセラー』。
「…」
何だか腑に落ちないが、知らないままでいた方が、幸せでいられる気がする。
みちるはとりあえずその会話は流す事にした。
それにしても、今日はいくつかわかった事がある。
みちるの予測に反して、ツナと山本は話しやすい普通の男子中学生だった。
獄寺は怖いけれど、ツナに対する犬っぷりが少々笑えて。
やはり、人間話してみないとわからないものだと考えながら。
己が、ツナたちと初めてまともに話をしているのだと、遅ればせながらに気づいた。
マフィアに対する恐怖心から、避けまくっていたのだから、それは当然で。
それが、もの凄くもったいない事をしていたように思えてしまうのは、気のせいでは決してない。
意外と、いい子たちではないか。
マフィアがどうのという話も、誤解なのかもしれない。
今まで、偏見にまみれた目で見ていた事を、みちるは心の中で彼らに詫びた。
次の日、気持ちも新たに明るい気持ちで登校したみちるは。
何故か、風紀委員長とツナらの争いに居合わせてしまい。
何故か、爆発に巻き込まれ。
一ヶ月間の入院を余儀なくされた。
お見舞いに来た親友へ。
やっぱりあの子たちには関わりたくないの!!
泣きついたのは、言うまでもない。
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