風姿華伝 | ナノ

→天化
 (まだまだ飲み足りないようです)

* * * * *



「まだまだ余裕ありそうさね?」
「……そーいう天化こそ」

 頬をほんのり染めつつも、目の前で大爆笑を続ける二人と比べると全然“ふつう”な天化は、私の切り返しに悪戯な笑顔を見せた。それでも、未だ肩に置かれたままの手に若干力が入ってるあたり、きっちりお酒は回り始めているらしい。
 そういう私も、多少視界がふわふわする。『酔ってる』ってこういう状態の事を言うのかな、と冷静に分析する自分と、この状態が楽しくなってきている自分が、私の内側に共存しているみたいな感覚。アルコールって不思議!

「……おーい藍李? なーにトリップしてるんさ?」
「うん? してないよー?」
「おー、良い感じに回ってるさね?」

 私の前でひらひらと手を振ってる天化も、だいぶ笑いの沸点が下がっている。にしししと笑ったかと思うと、中途半端に残っていた手元のビールを一気に空けて、新しい缶に手を伸ばした。

「わ、いくねぇ天化ー」
「おうよ! ほら、藍李もそれもう終わるだろ? まだたーっくさんあるんさ、くいっといっちまえー」

 くいっと、と言う表現に対して、天化は何故か両腕をばんざーいと挙げた。そんな天化を見て、蝉ちゃんと発っちゃんの楽しげな声がまた響く。

 ――ハイテンションな二人に釣られて、お腹の底から妙な笑いが込み上げてきたのが、たぶん、私も“スイッチが入った”タイミングだったんだと思う。

「あははっ、はぁーい!」
「おっ、良ーい飲みっぷりさね!」
「いいわ藍李、あたしが許すッ、潰れるまでガンガン行きなさーい!」
「あっはっは、蝉玉ちゃん、初っ端から二日酔いになるまで飲ますなよー?」

 四分の一くらい残っていた手元の缶チューハイ。これくらいなら大丈夫かな、と冷静な方の私の判断を仰ぐ間もなく一気に飲み干した。

 ……そして、『酒の勢い』って、飲み会の時の、周り含めた妙なテンションのことを言うんだろうな、って事を……私は翌朝、しみじみと感じる事になる。




 * * * * *




「おーい、藍李〜? だいじょぶさ?」
「……なによぉ天化、起きてるってばー」
 むぅ、と頬を膨らませてむくれる藍李は、顔は赤いわ眼は据わってるわと完全に出来上がっている。のろのろとした受け答えに加えて、顔だけでこっちを向くのにもふらつく始末。元来の運動神経もあってか流石に転がることは無ぇみたいだけど、見てるこっちは一々ヒヤヒヤする。咄嗟に背中に伸ばしかけた腕は、中途半端に宙を切った。
 ……強い方だとは思ってなかったけど、まさか缶三本でここまでいくとは、正直想定外さよ!

「嘘付け、今一瞬意識飛んでたくせに」
「そんなこと、ないもん」

 なんかもう酔いなんてすっかり醒めちまった。内心冷や汗だらだらしつつも軽口を飛ばしてみれば、藍李はぷいっと俺っちから顔を背ける。
 これは、なんというか……酔いとは別の意味でやべぇさ……。

「(ちくしょう、こいつら……)」

 机の向こうで仲良く床に転がってる発と蝉玉をじろりと睨んでみる。が、勿論反応は無い。代わりに返って来るのは、せいぜい規則的な寝息くらいだ。
 藍李をこの状態まで持ってきちまった張本人は、確かに俺っちだ。それは認めるし反省する――けど、超強力な共犯のはずの二人は、序盤で飛ばしすぎたせいか既に夢の中。藍李が酒飲むのはこれが初めてなんだってんなら、三人でペース様子見ようっつったのは何処のどいつさ!! お前さ発!!!!

「(顔に落書きしてやりてぇさ……)」

 ……とはいえ、正直、ものすごく美味しい立場に居るのは分かってる。

 多分明日辺り、蝉玉はあたしを崇め奉りなさいなんて胸を反らして言うに決まってる。自分が寝こけてたことを棚に上げて……つか、むしろそれは配慮だと言わんばかりに。
 発は歯ぁぎりぎりさせて悔しがるだろうな、とは思うけど、蝉玉と一緒に阿呆みたいに笑い転げてバカスカ飲んでたのはコイツだ……自業自得さ。

 自分の口角が狐のように上がるのを自覚しつつ二人を眺めていたら、つんつん、と服の裾が引かれる感覚がした。

「……ねぇ天化ぁ、お酒、なくなっちゃった」
「っ……!」

 ばっ、と全力で振り向けば、頬杖付いた藍李が俺っちを上目で見上げて空き缶を差し出す。うあぁああもう目ぇ潤んでるし顔赤いしなんかふにゃふにゃしてるし膝に置かれた右手は熱いし……やっべぇさ……。
 ん、と左手に握る空き缶を突き出して次の酒を要求する藍李。とろんとした藍色の瞳は、それでも気の篭った視線を投げ掛けてくる。

 ……んでも、これ以上飲ませたら流石にやべぇよな……色んな意味で。

「……ほれ、桃飲むさ?」
「やだ」

 念のために買っておいたソフトドリンクから桃ジュースの缶をひとつ手にとって差し出せば、藍李は小さな子供がやるようにいやいやと首を振った。だーっもう!!
 ……っつかまさかバレたさ? なんでこんだけ酔っ払ってんのにそこは識別できんさよ!!!?

「あっちのりんごのやつがいい」
「……あー、りんごな、りんご」

 いつの間にやら箸を片手にすっかり冷め切ったつまみまで食べ始めた藍李は、その箸ですっと未開封の缶の山を指し示す。そういえば膝の熱が無くなってた。
 定期的にこくんこくんと小さく揺れる藍李の頭を見る限り、彼女はいつ意識を飛ばして机にぶつけてもおかしくない。こりゃもうダメさね。
 注意深く藍李を観察しつつ、でも怪しまれない程度に慎重に、ご所望の酒の山に手を伸ばす。ちらりと横目に様子を伺えば、一際大きく揺れる藍李の頭。こりゃー……ちょっちやべぇな。
 左手はいつでも庇えるように構えつつ、今がチャンスだとばかりに右手で缶を掠め取る。藍李の視線が机の下を向いた瞬間、りんごジュースの缶と摩り替えた。

「ほれ。だいじょぶかー藍李?」
「んー……」

 ジュースの缶を差し出せば、藍李は疑う事無く素直に受け取る。……嬉しいような悲しいような。
 プルタブに手をやった藍李は、かちかちと無意味に音を鳴らす。遊んでるのかと思ったら、どうやら力が入らなくて開けられないらしい。開けてやろうかと手を伸ばしたそのとき、すとん、と諦めたように力を抜いた藍李の腕。机の上からも落ちたそれは、だらりと力無く垂れ下がる。そしてそのまま、下を向いたまま動かない藍李。

「……おーい、藍李さーん?」
「うーん、聞いてる聞いてる……」
「眠いんだろ? 寝るさ?」
「だい、じょぶ、だってば……」
「藍李ー、大丈夫な奴の返事じゃねーさよ」
「………」
「……藍李?」

 ――ついに落ちたか、と思ったその瞬間、藍李の身体は、がくりと俺っちの方に傾いた。

「うおっ!!!?」

 さらり、藍李の髪が揺れる音が、付けっぱなしのテレビの音なんかより大きく響く。
 重力に従って崩れ落ちる藍李の身体。咄嗟に両腕伸ばして抱えれば、火照った身体は思いのほか熱い。まさかコイツ熱あるんじゃ、と冷静に心配した頭は、直後、自分の身体がすっかり冷えてるだけだということを思い出す。

 ……その事実にほっと一息ついた時には、藍李は、俺っちの胸に頭を寄せて、すやすやと安らかな寝息を立てていた。

「おーい……嘘だろー藍李さーん……」

 控えめに頬を叩いてみても、むにゃむにゃと幸せそうな寝言を漏らすだけ。それどころか、ふにゃふにゃの身体をくねらせて、抱き枕の如く俺っちの背中に腕を回す藍李。その頼りない腕にきゅっ、と力を籠めれば、彼女は口角をゆるりと持ち上げる。 ……こ、こまで来ると……役得、なんて甘っちょろいモンじゃねぇ。いっそ一種の拷問さ!!!!

「今後は……ぜっ……てぇ、外じゃ飲ませらんねぇさ……」

 ――そして、完徹で目の下に隈作った俺っちと、三本目の酒を開けたあとの記憶が無い藍李に、蝉玉の意味深な視線と発のはらはらした視線が存分に向けられるのは、八時間程後のこと。




<end>


あとがき
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