風姿華伝 | ナノ

「……いーい、今までさんっざん練習してきたけど、これが最初で最後よ」

 緊張と静寂に包まれた体育館の舞台裏で、ごくごく抑えられた声が通る。それに応える声の代わりに、二重に作られた円陣がきゅっと縮まった。既に照明が落とされ薄暗いそこでも良く目立つ赤い頭を左右に小さく動かし、蝉玉は仲間の肩を掴む腕に力を籠めた。
 ちらり、眼だけを動かし上を見やれば、音響班が機械室の小窓から顔を覗かせて力強く頷く。そこから視線を横にずらせば、閉ざされた幕のわずかな隙間から、客席上の通路に陣取る照明班がOKサインを出している。キャスト班の組む円陣の外側では、疲労困憊の衣装・メイク班が床に座り込みながらも満足げな笑顔を見せた。舞台の両端に構える黒子班も、準備万端といった様子で親指を立てる。
 蝉玉は最後に改めてキャストの面々を順々に見やる。準備中は色々……本当に、色々という一言では済まされない程に色々なことがあった。怒号が飛び交うこともあり、爆笑の渦に包まれたこともあり、誰かが泣き出すこともあり。何度やめようと思ったことか分からない。それでも、今この瞬間の皆の表情を見れば、それだけでもう頑張った価値は十分すぎる程あったと言える。
 始まる前からしんみりとした感情に包まれかけた彼女だが、両隣の主役たちの笑顔を見てひとつ頷くと、覚悟を決めたかのようにぱっと顔を上げた。

「ってことで、総監督最後の命令よ! みんな! 夏休み返上した受験生の底力、存っ分に見せてやりましょっ!」

 各々内心で上げた掛け声の代わりに、円陣が更にぎゅっと縮まる。直後、静かな熱気に溢れる舞台裏から、するすると人影が動き出した。全員が迷うことなく配置につく。
 動くものが居なくなった事を確認してから、蝉玉はゆるゆると舞台裏の斜め上を仰いだ。たくさんの顔が覗いていた小窓からこちらを見下ろすのは、気合を入れるかのように一つに纏められた金髪を揺らす蘭英。最後に舞台裏に一通り目を通したあと、蝉玉は彼女に真っ向から視線を返し、力強くOKサインを出した。蘭英は班員に合図を伝え、自身もひとつ頷いて固定マイクの前に陣取る。

 ――それから一呼吸おいた後、開演のブザーが鳴り響いた。



 *



「……始まるみたいだな」
「雷震子、フラッシュは切っておいて下さいよ」
「わーってるって、兄貴」

 ブーッという独特の音を合図にして、びっしりと埋め尽くされた観客席から波が引くように声が消えていく。静まり返ったそこに唯一響いた音はマイクの起動音。そこにぷつり、電流が流れる。抑えられた呼吸音。つられるようにして観客も息をひそめる。
 話し始める前から観客を惹きつけたナレーターは、静かにその口を開いた。

『只今から、三年の学年劇「眠れる森の美女」を開演させて頂きます』

 期待の拍手に誘われるかのように、閉ざされた幕がゆっくりと開いていく――。



 *



『――むかしむかし。
 とある国を治めるステファン王に、待望の女の子が生まれました。
 すべての始まりはこの日から。
 これは、オーロラと名付けられたその姫を取り巻く、愛と魔法の物語――』

 ナレーターを務める蘭英のハリのある声が、客席に程よく響く。絶妙のタイミングで照らされたステージには、豪華な衣装を纏った演者たちが華やかに散らばっていた。
 中央のスポットライトの下で一際目立つのは、頭上に王冠を頂く二人の男。

『ステファン殿! おめでとう、奥方もさぞかしお喜びだろう!』
『おぉ、ヒューバート殿、ありがとう! フィリップ王子もご一緒か』
『勿論だとも。ほら、挨拶せい……というのは、流石に無茶であろうな』
『ははっ、生後半年の赤子にはな』

 学園祭にありがちな恥じらいは見せない堂々たる演技に、客席からはちらほらと感心の溜息が漏れる。
 そんな中、オーロラ姫の父王を演じる人物に見覚えのあった雷震子は、こみ上げる笑いを必死にかみ殺していた。

「お、王魔が王サマ役って……洒落狙いかよ……!」
「もう一人は高友乾か? ふむ、さすがに赤子は人形か……」
「なぁこれ、ホントに役はくじ引きなのか?」
「煩いですよ二人とも」

 ぷすぷすと小さく噴き出す雷震子と、着眼点が独特な伯邑考。呟きを漏らす兄と弟を、旦は一言でばっさりと黙らせる。

『年の近い子供同士、ゆくゆくはオーロラと仲良うしてやってくれよ、フィリップ王子』
『あぁ、その件なんだがな……どうだヒューバート、そなたさえ良ければ、この子らを婚約させるというのは』
『おぉ、それは素晴らしい! ステファン、そなたの処ならば安心だ。その話、喜んで請けよう!』
『仲良くなるといいな』
『そうだなぁ』

 ここまで和やかな例はあまり無いだろうが、本人たちの知らぬ処で婚約話が取り交わされるのは、お伽噺ではよくある話。しかし、それを現実で地でいくカップルが今この空間にいることを、ほとんどの観客たちは知る由もない。雷震子はちらりと長兄の表情を盗み見たが、伯邑考の視線は熱心に正面に注がれているだけだった。
 そんな中、兄の愛しの婚約者殿が、ついに舞台上に姿を見せた。

『お、王様っ』
「!」
「お」
「……雷震子、写真」

 スポットライトを反射させて柔らかく輝く衣装を纏い、ふわりと広がるスカートの裾をひらめかせて現れた三人の妖精。彼女らは順番に整列すると、一糸乱れぬタイミングで、揃って綺麗に一礼した。

『此度は、本当におめでとうございます』
『本日お招き頂いたお礼として、姫に魔法の贈り物を差し上げさせて頂きたいのですが』
『おぉ、それはそれは。是非宜しく頼みたい』

 オーロラ姫を腕に抱く王が期待に目を輝かせて頷くと、三人は目を合わせてひとつ小さく頷く。最初に杖を掲げたのは、赤雲演じる赤の妖精・フローラ。

『それでは私は、バラの花のような美しさを』

 言葉と共に手首のスナップを効かせて杖を振れば、しゃららら、と鈴のなるような音が会場に響く。音響と照明の効果もあいまって、それこそ魔法のようにきらめいた杖。最後まで優雅な動作で魔法をかけ終わると、赤雲は隣の帝氏に目配せをする。
 では、フォーナ。役名で呼ばれた帝氏はこくりと首を縦に振ると、流れるような動きで杖を構えた。

『……わたくしは、ウグイスのような歌声を贈りますわ』

 腕を前に掲げて、くるりと杖を振る。そのまま自身も滑らかな動きで一回転。バレエのターンのように美しい動作で魔法をかけると、帝氏はスカートの裾を軽く摘んでふわりと一礼。演技とは思えない慣れた動作に、客席からまた感嘆の溜息が漏れる。保護者のような表情で帝氏を見ていた伯邑考もまた、安心したかのように満ち足りた吐息を漏らした。
 演劇は止まることなく続き、三人目の妖精、碧雲扮する青の妖精・メリーウェザーが、一歩前へと踏み出した。

『では、最後に私から――』
『おーっほっほっほ、ちょっと待ちなさぁぁぁい!!!!』
「「!!!!」」

 ――どがしゃぁぁぁあああん!

 耳をつんざく大音量がメリーウェザーの言葉を遮った。それに続くは、雷雨の音をバックに従えた、不自然に甲高い高笑い。
 これまで順当に正統に進んできた演劇に一石を投じた声。思わぬ展開に呆気にとられる観客たちの中、最も茫然と声の主を見上げているのは、演者の長兄と弟だった。

『あーら、ステファン王にヒューバート王。どうもご機嫌麗しゅう!』
『そ、そ、そなたは……!』
『あらあらあらあらーぁ。この私を忘れたとは言わせないわよぉ。黒の魔女・マリフィセント様をね!!』

 黒のドレスを翻し、逸らした右手を口元に当て、派手な高笑いを響かせるのはどう見ても男。姫発は驚きに声も出ない観客にむしろ開き直ったかのように気を良くして、にやりと口角を釣り上げた。
 演技か素でか盛大に顔を引き攣らせるヒューバート王・高友乾とは対照的に、王魔演じるステファン王は声を荒げて正面から魔女に食って掛かる。

『貴様! なぜ来た!』
『招待状は“手違い”で届かなかったみたいだけど、一国の姫様の生誕祭ですもの、顔を出さなきゃ失礼ってモンでしょう?』
『手違いではない! 貴様なんぞを招いてたまるか!』
『おやまぁ、随分と嫌われてしまっているようねぇ……まぁいいわ。私からも、姫にささやかな贈り物を残しましょう』
『なにっ!?』

 堂々たる足取りで舞台中央にやってきた黒の魔女は懐から自身の杖を取り出し、客席に向かってそれを突き出した。
 すう、と大きく息を吐くと、腹の底からの良く通る声で、贈り物という名の呪いの言葉を口にする。

『オーロラ姫は美しく可憐な、心優しい姫として成長するでしょう――16歳まではね!』
『!!!?』
『彼女は16歳の誕生日に、糸車の針に指を刺されて死ぬでしょう!』
『な……なんと!!!!』

 ――ずがしゃぁぁぁああん!!

 再び振ってきた大音量の雷鳴。一瞬消された照明とピンポイントに照らされたスポットライトに、発が演じる黒の魔女が浮かび上がる。その瞬間、ばさりと見事にお手本のような音を立ててマントを翻し、狂ったような高笑いを上げ、しずしずと舞台袖へと向かう黒の魔女。ゆっくりと戻っていく照明の中、照らし出された王魔と高友乾の王様コンビは、役柄として感じる以上の恐怖に震えていた。
 客席も舞台上もすべてが勢いに飲まれ茫然とする中、最初に我に返ったのは、次に大事な場面が控えている碧雲だった。

『……お、恐ろしいことですわ』
『な、なっ、なんとかならないだろうか! そなたらの魔法は通用せぬか!?』

 碧雲の機転をきかせたアドリブによって、王魔も焦り我に返る。なんとか話の筋が繋がったところで、碧雲は小さく深呼吸をして、ゆっくりと杖を取り出した。

『黒の魔女の魔力は、国中の誰よりも強力です。呪いを解くことはできません……』
『そんな!』
『……しかし、和らげることはできます。幸い、私は贈り物がまだですし』
『!』

 徐々にリズムを取り戻してきた碧雲が、青の妖精の衣装をひるがえす。祈るように手にした杖を一振り、オーロラ姫に向かって柔らかくかざした。

『姫は死なずに眠るだけ。真の恋人からのキスによって、彼女は目覚めます』



 *



 青の妖精・メリーウェザーの一言を転機に、舞台はせわしなく動きを見せた。

 呪いを和らげたとはいえ、安心しきれなかった王は、手始めに国中の糸車をすべて燃やしてしまう。国民たちも皆姫の誕生を待ちわびていたので、糸車はあっという間に国から姿を消した。
 更に、それでもなお不安の拭えなかった王は、王妃や大臣たちとも話し合い、16歳の誕生日を無事に終えるまで、姫を妖精たちに森の中で育てて貰うことにする。
 快諾した妖精たちは姫を百姓女に変装させ、ブライア・ローズと名付けて、森の中の木こり小屋で生活することに。黒の魔女に気取られぬよう魔法を使うことも禁じて、オーロラには自分が姫だという事実も本名も伏せて。
 魔女は消えた姫の行方を捜させたが、彼女の手下たちは16年間ずっと“赤ん坊”を探していたため、見つかることもなく。

 ――それから、平穏な16年間が経過する。



 *



「で、これから第二幕、ってか……」

 デジカメで撮影した写真を選別しながら、雷震子がぽつりと呟いた。舞台の幕は再び下され、客席は控えめな明かりに照らされている。
 隣の兄が頷きひとつで返事に代えたのを横目で見て、雷震子は液晶から目を離さないまま、首を傾げて言葉を続ける。

「でもよ、くじで決めたって割には、発の兄貴以外のキャストは妥当だったよなぁ」
「……来るなと言うから何かと思えば、まさか魔女の役だったとはね」
「ありゃーなー……ま、迫力はすっさまじかったけど」
「(……驚くのはむしろこれから、なんですけどね)」

 やや顔色を悪くしつつ言う雷震子に、伯邑考は小さく苦笑する。旦はそんな彼らの会話は聞きつつ、自身は静かに口を閉ざしている。雷震子のデジカメをちらりと確認した彼は、飲み込んだ言葉の代わりに弟に一言。

「容量の空きは大丈夫ですよね?」
「ん? おう、まだあと200枚は撮れるぜ」
「じゃあその200枚、これからラストまでで均等に撮り尽くしてください」
「はぁ!? そんなにか?」
「写真と言えば、藍李と天化はまだ出てきていないようだね……」
「あ、そーいやそうだな。ったく、見れば分かるっつったのは……」

 弟二人の会話に、伯邑考が開演前の蝉玉の言葉を思い出す。雷震子も同意の声を漏らすが、ちょうどその時、客席の照明がふっと落ちる。第二幕の始まりを知らせるブザーが控えめに鳴り響き、雷震子は言葉の途中で口を閉ざした。
 暗がりの中でゆるゆると開いていく幕。完全に上まで開き切ったとき、ぽう、と火が灯るように、舞台を照らすライトが点きはじめた。徐々に明るくなっていく舞台。一点から波打つように広がる拍手。
 それが収まりを見せ、舞台の背景が森だと確認できるようになった頃、マイクがぷつりと音を立てる。

『――あれから、16年の時が経過しました』 

 その声に導かれるように、ぽっ、とスポットライトが舞台中央に灯る。照らし出されたのは、森の切り株に腰掛ける、ワンピースに身を包んだ娘の後姿ひとつ。

『森でのびのびと育ったオーロラ姫は、自身の生い立ちを知ることなく、美しく賢く優しい娘に成長しました。
 贈り物で授かった通りに美しい歌声を手にした彼女は、その美声がきっかけで、運命の出会いを果たします。
 そう、それが運命とは、互いにまったく知らぬままに――』

 ナレーションの終わりと帳尻を合わせるかのように、舞台は隅まで見渡せる明るさへと照らされた。広い舞台にひとり座り込む娘の後姿は、緊張か演技か小さく震えているように見える。
 彼女の落ち着きない様子を客席が感じ取ったとき、かつり、靴音を高らかに鳴らして、舞台袖に新たな人影が現れた。

『ローズ!』
『あぁ、フィル!』

「!?」
「なっ!!!?」
「……雷震子、シャッターチャンスですよ」

 軽装ながらも腰に剣を帯び、底の高い編み上げブーツで颯爽と現れたのは、フィルと呼ばれた……男装の藍李。
 “彼”の登場に半ば飛び上がるようにして切り株から腰を上げた娘は……カツラから化粧まで完璧に女装させられた、天化。

 下級生にも同級生にも顔が広く、色々な意味で校内の有名人である二人組の登場に、客席は俄かに騒然とする。四方からばちばちと遠慮なく焚かれるフラッシュの嵐。きゃぁああ、いやぁああ、うおぉおお、上がる悲鳴の種類も様々だ。しかし、そのほとんどが好意的なものであることに、旦は人知れず口角を上げつつ雷震子をせっつく。
 そんな客席の反応には集中力を途切れさせず、藍李は見惚れるような足取りで舞台中央まで辿り着いた。固い空気を拭いきれないままの天化――ローズの手を取り、気品に満ちた動作で跪く。
 藍李がその手に口付けた瞬間、客席はまた一段と黄色い悲鳴で沸いた。

『こんにちは、ローズ。君は今日も変わらず愛らしいね』
『い、い、いやだわ、フィル……はずかしい……』

 消え入るように呟き、真っ赤になって縮こまるように俯く天化扮するローズ。演技にしては出来すぎている、ある種完璧な反応に、彼の心中を知る人間は内心で彼を憐れんだ。
 そんなローズに乙女的視点からは満点の爽やかな笑顔を見せたフィル、もとい藍李は、くすりと笑い声を漏らして優雅に立ち上がる。

『そうやって恥じらう姿が愛らしいというんだよ』
『もう、ひどいわフィル。からかわないで』

 拗ねたようにそっぽを向くローズ。その流れるような長い黒髪から僅かに覗く耳は、その名のごとく薔薇色に染まっている。ぎこちないセリフ回しも逆にプラスに働き、結果的に天化は見事に花も恥じらう乙女を演じている。舞台袖で見守っていた総監督の蝉玉は、ひとり密かにぐっと拳を握った。
 はぁ、と悩ましげな(本人は本心に正直に)溜息を漏らすと、ローズは気を取り直したかのように顔を上げる。

『そうだ。フィル、貴方明日は予定があって?』
『あぁローズ、申し訳ない。明日は父に呼ばれているんだ。なんでも、大事な用事があるとかで』
 
 かつり、かつり。静まり返った客席に良く響く靴音。舞台中央の最も客席に近い位置まで歩みを進めた藍李は、背後の天化へ向けた台詞を、客席に向かって良く通る落ち着いた声で述べる。憂いを帯びた表情で俯く彼女に、ほう、と熱のこもった溜息が客席から漏れた。その声は、舞台のやや後ろ側から藍李の背中を見つめる天化にも届く。

「(……元々女子にもモテるのに、これで余計ファンが増えたさ)」

 台本にあるからという理由だけではない溜息が漏れる。それに引き込まれるかのように、客席からの視線が一気に天化に集中した。

『そう……。お父様との約束なら仕方がないわね。きちんと優先して差し上げて』
『ははっ、君に釘を刺されてしまえば仕方ない。それより、明日は何かあるのかい?』
『……ううん、なんでもないの』

 明るい声を出して首を横に振るローズに、フィルは少し首を傾げつつも微笑んだ。
 と、その時、ばさばさ、という人工的な効果音と調和しながら、一羽のインコがフィル……藍李を目指して飛んできた。二人も会話を止めてそちらを振り返る。
 藍李の細い肩の上にぴたりと止まったそのインコは、彼女の耳を擽るように顔を埋める。ふわふわの毛玉がすり寄ってくるかのような感覚に、藍李は役柄も忘れてごく自然な笑い声をあげた。

『あはは、くすぐったいだろ。どうした?』

「え、宛雛まで使うとは……蝉玉の奴、本気だな……」
「写真は撮りました?」
「………」

『その子、確かフィルの……?』
『あぁ。どうやら、家から呼ばれているらしい。名残惜しいが、今日は失礼するよ』
 
 客席から突っ込みが入っているとはつゆ知らず、二人は演技を進めていく。良く懐いた賢いインコと戯れながら、藍李は優雅に礼をして舞台袖へと踵を返した。
 またひとり舞台にぽつんと残された天化は、大きなため息とともにがっくりと肩を落とす。

『残念ね。明日は私の、16歳の誕生日……。フローラたちが開いてくれるパーティーに、是非フィルも呼びたかったのに』

 ふるふると力無く首を横に振り、ローズはしゅんと項垂れる。彼女がフィルが去って行った方とは逆方向に歩みを進め始めると、舞台のライトがだんだんと落ちて行った。それと連動するかのように、再び舞台に幕が下りる。

 薄ぼんやりとしたライトに照らされた客席は、第一幕の終わりとは対照的に、しばらくは言葉を失っていた。しかしそれでも、ぽつり、ぽつり、誰かが隣の誰かに感想を漏らせば、それは波紋となって周りに広がる。
 客席の最前列に陣取る彼らも例外ではなく、驚きの“第二幕”を振り返っていた。

「ま、さか、王子が藍李で姫が天化とはなぁ……そら写真撮れって言われるわけだわ」
「?」
「そういうことです」
「旦の兄貴、会計ってまさか……」
「えぇ、写真は大事な資金源ですよ」
「やっぱり……」
「演劇自体をチケット購入制にするのは難しいですが、タダでこれだけのモノは出来ませんから」
「………」
「………」
「……雷震子、話を戻すようで悪いが、どうして藍李が王子役なんだい?」
「「え?」」
「彼は森の青年・フィルだろう? フィリップ王子とは別人じゃないのか……?」
「「………」」

 16歳の誕生日を迎え、ローズ……オーロラ姫はどうなってしまうのか。
 森で彼女と知り合ったらしい青年、フィルはいったい何者なのか。
 呪いを解くカギである、オーロラ姫の「真実の恋人」は誰なのか。

 “公然の秘密”を抱えつつも、物語はこれから、いよいよ佳境を迎える――。




あとがき
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