風姿華伝 | ナノ

※この話は、柳木姉宅『Bi.』とのコラボ文です。
姉さん宅封神夢主・帝氏ちゃんは名前変換不可ですのであしからず。












 ――活気が良い、というよりは、喧しいと言った方がしっくりくる。

 校舎の壁という壁に反響して、あちこちから引っ切り無しに響く呼び込みの声。すでに掠れているものも交じるそれは、三日続いた学園祭の最終日に相応しい熱気を孕んでいる。
 そんな中、幾重にも重なったそれを背に受けつつ、落ち着き払った穏やかな声で会話を交わす男女が一組。正統派のセーラー服に身を包んだ帝氏は、私服姿の伯邑考と、後に続く彼の弟たちに体育館の入り口を示した。

「伯邑考様、皆様、こちらが会場です」
「ありがとう、帝氏」

 伯邑考が穏やかな笑顔と共に礼を告げれば、帝氏は頬を薄らと染めつつはにかむように微笑みを返す。
 模擬店のエプロンを付けたまま兄と合流した雷震子は、彼とその婚約者の仲睦まじい様子からやや目を逸らしつつ、手元のパンフレットを捲った。眠れる森の美女、と書かれたページを指さし、帝氏に見せる。

「今更だけどよ、これ、三年の学年劇だよな? 帝氏ちゃんは何やんだ?」
「ごめんなさい、配役は当日まで内緒なんです」

 最初の質問にはこくりと肯定の頷きを返したが、次の質問には、ふふ、と悪戯な笑みを浮かべる帝氏。彼女のそんな反応に、伯邑考はおや、と目を瞠る。 

「そうか、困ったな。それでは帝氏を見つけるのに苦労するかもしれない」
((よく言う……))

 ……彼女を溺愛している兄ならば、たとえ一瞬しか舞台に上がらない端役だろうが、即座に見つけてみせるはずだ。

 弟たちが内心同時に同じ突っ込みをしているとはつゆ知らず、伯邑考は爽やかに苦笑した。帝氏はそんな彼を見て、一瞬考えるそぶりを見せたあと、ぽん、と両手を合わせる。

「今日は本番当日、ですよね?」
「そうなるね」
「……私、赤雲と碧雲と一緒に、三人の妖精役を演るんです」
「……よく見ておくよ」

 良いのか言って、という突っ込みを喉の奥に押しこめつつ、雷震子は小さく嘆息した。仲が良いのはいいことだが、どうにも直視できない。見ている方が気恥ずかしくなるような空気を払うかのように、彼はやれやれと肩を竦める。
 そんな時、一人我関せずとパンフレットを読み込んでいた旦がふと顔を上げた。顔だけで振り返った彼の視線の先には、おーい、と声を上げつつ走ってくる一つの人影。

「小兄様」
「お」
「居た居た、帝氏ちゃん……って、お前らぁっ!? 兄貴まで!!」
「姫発様!」

 急いだ様子で駆け寄ってきた発は、帝氏の周りの三人の姿を認めると盛大に頬を引き攣らせる。きゅきゅっ、と上履きを鳴らして急停止した彼は、呼びかけたはずの帝氏に声をかけるより先に、兄と弟達をまじまじと眺め、地を這うような溜息を洩らした。

「こっ……来なくて良い、っつったのによー……」
「へへっ、残念だったな発の兄貴! 俺らは『帝氏ちゃんを』見に来たんだからな!」
「うわおっまそーいう屁理屈言うか!」
「帝氏さんが出るというのに、伯邑考兄様が来ないはずがないでしょう」
「まーそりゃそーだけど……うっわ、やべ、変な汗かいてきた」

 弟二人にぶつぶつと小さく不満を漏らす発だが、当の二人はそんな兄を軽口でかわす。伯邑考は普段通りな弟たちの様子を静かに眺め、こそりと笑みを深くした。
 しかし、そのやりとりをやや心配そうに見守る帝氏を見れば、伯邑考は彼女の頭をひと撫でしてから仲裁に入る。

「そう言わないでくれ、発。帝氏もお前も出るというから、皆で楽しみにしていたんだ」
「うっ……」

 ……長兄の笑顔に言い返す術はない。なにより、彼が出てきたのは帝氏が困っていた証拠だ。二つの意味で逃げ場がなくなった発は、小さく呻き声を上げつつ一歩後退。
 そんな発にとどめを刺すかのように、彼の背後にどたばたと焦った足音が迫る。

「あっ、帝氏居た! っていうかちょっと! 発ッ!!」
「!」
「蝉玉?」

 喧噪を突き破って届いた高い声に、発は小動物のように背を震わせる。直後、丸められたパンフレットでの容赦ない一撃が彼の後頭部を襲った。
 帝氏がその名を呼んだ赤髪の少女は、彼女と伯邑考を見て納得の声を小さく漏らすと、すぐに発に向き直る。

「ばか、探しに行ったあんたまで何呑気に喋ってんのよ! もう裏で準備始まってるわよ!」
「わ、わり!」
「ほら、帝氏も行く! あんたもしっかり主役級なんだからね!」
「は、はいっ! では伯邑考様、行ってきます!」
「あぁ。頑張って」

 嵐のようにやって来た蝉玉は、二人を体育館の裏側へと慌ただしく追い立てる。彼女の登場で開演時間が迫っていることを思い出した二人は、逆らうことなくぱたぱたと足音を鳴らして去って行った。
 そんな彼らの後姿を見送って、蝉玉は仁王立ちで腰に手をやりフウッと大きく息を吐く。一仕事終えた彼女は改めて帝氏の連れてきた面々を順々に眺めて、その視線を見知った後輩のところで止めた。「あ、そうだ」と呟きつつ、蝉玉は腰につけたポーチからデジカメを取り出す。

「雷震子、あんたこれでできるだけ写真撮っといて! 特に藍李と天化!」
「は? なんで?」
「なんでもよ! こっちの懐事情に関わるから、しっかり頼むわね!」
「はぁ!? つかあいつら何の役で出てくんだよ!?」
「見てればすぐ分かるから!」
「はぁ……」

 半ば押し付けるような形で雷震子にそれを手渡すと、蝉玉はよしっと気合いを入れて、丸めたパンフレットを口元に構える。

「三年の学年劇・眠れる森の美女、もうすぐ開演でーす!! 憧れの先輩が居るコたちー! 見ないと絶対後悔するわよー!!!!」

 腹の底から響く大声での宣伝に、あちらこちらから視線が集まった。時計を確認する人、パンフレットを捲る人、思い出したかのように教室に引っ込む人。反応はなかなか上々だ。蝉玉はそれを確認して満足げに小さく拳を握ると、三人に「じゃっ!」と一言軽く残して、帝氏たちの向かった方向へと風のように駆けていった。
 どうやら大役を任されたらしい雷震子は、しばらく手元のデジカメと蝉玉の後姿とを見比べていたが、ふと思い出したかのように、完全に傍観に徹している一つ上の兄を見上げる。

「旦の兄貴、そういや兄貴だって発兄と同学年じゃねーか」
「えぇ。でも、私は会計ですからね」
「え? 確か、学年全員何かしら関わるようにって、くじびきで決めたんじゃ……?」
「くじで決まったというだけの人に、一切のお金の管理を任せるのは無謀でしょう」
「あぁ、まぁ、そんなもんか……?」

 つまりは特例ということか、会計だから今現在やる仕事は無いということか。どちらにせよ動く気配の無い旦を見て、雷震子は首を捻りつつも深くは追及しないことにした。

「……で、結局藍李と天化は何の役なんだ?」
「さぁ……。とにかく、席に座って開演を待つとしよう」
「そうですね。雷震子、写真は任せましたよ」
「? お、おう……」

 託されたデジカメといい旦の念押しといい、疑問で頭がいっぱいの雷震子は所在なさげにきょろきょろと辺りを見回すが、伯邑考の先導で、旦に続いて体育館の中へと足を踏み入れた。


 ――三年生の学年劇・眠れる森の美女。開演まで、あと15分。




あとがき
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