風姿華伝 | ナノ

「あ」

 ミスった。誰ともなしに呟けば、直後、すこん、と間抜けな音ひとつ残してボールが跳ねる。
 綺麗な放物線を描いて落下してきたそれは誰も居ない体育館にばうんばうんと大きな音を響かせて、やがてころころと私の足元まで転がってきて止まった。こつり、僅かに爪先に伝わる振動。
 持ち主の手元まで返って来るのはいいけど、肝心のゴールには弾かれてしまったそれ。柔軟を兼ねて膝を伸ばしたまま立位体前屈で拾い上げたら、入口の方から「うげっ」と小さい声が聞こえた。

「おぬし、その柔軟性はいっそ気持ち悪いくらいだのう……」
「……あはは、よく言われます。折り畳んだ携帯みたいだって」
「ぬぅ、確かに分からんでもないが……」

 褒められてんだか貶されてんだか。そう言って苦笑いする望ちゃん先生は、ぶらぶらとコートに入ってきた。シューズを履いていない足は、ぺたぺたと少し気の抜けた音を立てる。
 荷物も何も持って無いトコを見ると、もしかしてサボリかな。新米教師がそれで大丈夫なんですか、っていうツッコミは心の中だけにしまっておく。

「球技大会か……懐かしいのう」
「この場合、部活の練習も兼ねてますけどねー」
「そうだな、部活禁止のテスト期間にシュート練習しとるくらいだ」
「う、」

 にやり。望ちゃん先生の悪戯な笑顔がぐさりと突き刺さる。
 ――そう、二週間後は確かに球技大会だけど、その前に明日から中間テストが待ってる。

 当然部活はテスト休みで、球技大会の練習も禁止。分かってるけど、帰り際に体育館を通りかかったら、今日の体育で使って片付け忘れられたバスケットボールがひとつ、投げてくれと言わんばかりに転がってるのを見つけてしまった。
 球技大会はこれで高校生活最後になるし、引退前最後になるであろう大会も近い。十分だけ、と思って制服のままゴールと向き合っていたら、一本投げた途端にこれだ。やっぱり、こういうのって上手くいかないように出来てるんだなぁ……。

 それでも、望ちゃん先生は咎めるでもなくにやにやと笑っているだけ。その何ともいえない笑顔を見てたら、ちょっとした悪戯心が浮かんだ。

「……望ちゃん先生、球技大会とかちゃんと出てたんですか?」
「む、失礼だなおぬし」

 バスケットゴールを仰いでから私の腕の中に眼をやった望ちゃん先生。何となく視線に篭った意図を察して、ひょいっとボールを投げ渡してみる。
 意外な事に、って言ったら失礼だけど、望ちゃん先生は危なげなくそれを片手でキャッチした。

「確かに行事にはそこまで乗り気では無かったがのう、見ておれ」

 私の方に足を向けた望ちゃん先生に立ち位置を譲る。スリーポイントラインの外側、ゴールの真正面でボールを構えた望ちゃん先生は、至って自然体。

 ――呼吸をするかのように軽く放たれたボールは、リングにもバックボードにも当たらず、するりとゴールに吸い込まれた。

「……えぇぇえ!!!?」
「ふふん、どうだ! これ専門で適当に稼いでおれば、走り回らずとも文句を言われんだろう?」
「すご……」

 胸を反らしてがはははと得意気に笑う望ちゃん先生。素直にものすごく凄いはずなのに、どこか苦笑が漏れてしまう。
 だからと言って笑い声は立てなかったはずなのに、控えめなくすくすという声が体育館に反響する。望ちゃん先生と二人して振り返ってみれば、体育館の入口に、口元に手をやって上品に微笑む普賢先生がいた。

「楽しそうだね、二人とも」
「げ、普賢」
「僕にもちょっとやらせてもらっていい?」
「えぇ!?」

 すたすたと近付いてくる普賢先生に、望ちゃん先生が微妙な表情を浮かべてボールを投げ渡す。対する普賢先生はニコニコと微笑みを絶やさず、望ちゃん先生が譲った立ち位置に陣取った。
 まるで祈るかのように眼を閉じた普賢先生は、こつんとボールを額に当てる。

「気温27.4℃……湿度50%……距離……重さ……初速度……角度……」
「!!!?」
「でた……」

 なにやら呪文の如く難しいことをぶつぶつと呟いていた普賢先生がすうっと瞼を上げる。ふわり、緩やかにその白い手を離れたボールは、それはそれは綺麗な放物線を描いて、これまた音も無くするりとリングを通過した。
 呆気に取られる私に普賢先生はニコニコと笑ってボールを手渡す。望ちゃん先生は表情を取り繕うこともなく、堂々と呆れ顔を浮かべた。

「ったく、それで入るとか意味が分からんわ……ここの練習熱心なバスケ部員に謝れ」
「望ちゃんこそ、適当に稼ぐとか言っちゃ、頑張ってる藍李ちゃんに失礼だよ?」

 ……現役バスケ部員に言わせて貰えば、ふたりとも意味わかんないよ!!










スリーポイント・トリック




(このひとたち、ホント只者じゃないよねぇ……)


あとがき
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