風姿華伝 | ナノ

「藍李ー、英語の教科書貸し……」
「あら、良いところに来たわね天化! ちょっとこっち来なさい!!」
「!?」

 教室の後ろのドアからひょこりと顔を覗かせてたのは隣のクラスの黄天化。訪問者を捕まえるには絶好のポイントにあるあたしの机(廊下側の一番後ろ)にぐいっと引っ張って声と足を止めさせる。あたしの親友・藍李に絶賛片思い真っ最中の天化は、同じようにあたしの机の傍にしゃがみ込ませている姫発(こいつも藍李に片恋中)と顔を見合わせて怪訝な表情を浮かべた。姫発も首を傾げてそれに応える。失礼な奴等ね、今からあたしに感謝することになるとも知らないで!

「……ねぇ、あんたたち。藍李が気になってる人、知りたくない?」
「「はぁ!?」」

 予想通り、ううん、予想以上の食いつきを見せた二人は、折角声を抑えたあたしの配慮なんか知らずに異口同音に悲鳴にも似た大声を上げた。頭を叩いてしーっと人差し指を立てると、二人揃って口を押さえて縮こまる。恋敵の癖に仲良いわねあんたら。視線であたしに続きを促す二人ににやりと笑って見せたあと、藍李の席を指差した。赤雲と碧雲に両脇を固められた藍李の姿は隠れてよく見えないけど、彼女らの会話は十分聞こえてくる。

「……心理テスト?」
「そうそう! 今流行ってるんだけど、藍李まだやってないでしょ?」
「今から私が言う単語から、連想する人の名前を紙に書いてくの。結果は後でのお楽しみ!」
「ふーん……?」

 二人の勢いに押されて、藍李は彼女の瞳と同色のシャーペンを手に取った。赤雲がメモを片手に月だの海だの太陽だの単語を並べるたびに、藍李はうーんと少々考えた後でノートに字を走らせる。女ってこういうの好きさね、と天化が小さく呟いた。まったく、これだから男共は!

「ばかね、案外馬鹿にできないのよ、あーいうの。深層心理ってやつ?」
「へーぇ……で、あれで藍李ちゃんが好きな奴が分かるってのか? マジかよ……?」
「そーいうこと。今藍李達がやってるのがこれよ」

 半信半疑な顔をしながらあたしの机にますます頭を寄せる二人に、情報屋蝉玉サマのマル秘手帳から該当するページを開いて見せる。そこにあるのは単語の羅列だけで答えは載せてないのに、食い入るように見つめる天化と姫発。あらあらぁ、何だかんだ言って結構必死じゃない。本当はタダでこんなサービスしないんだけど、今回は面白いから良しとしてやるわ。
 できたっ、という弾んだ声が届くと、二人は勢い良く顔を上げた。それでも一応目立たないよう縮こまりつつ、藍李達の会話に耳を澄ませる。

「じゃ、答え合わせいくわよ! まずー……『月』は?」
「……え、これ言わなきゃダメ? 答え見せてよー」
「だーめ! ほらほら、じゃなきゃそっちを渡しなさーい!!」
「あとで私達のもちゃんと見せたげるから、ね!」
「わ、分かった分かった、分かったってば! えっと……」

 明るい声をあげてじゃれ合う女子三人は見てて微笑ましいけど、あたしの机の前にしゃがみ込む男二人はそんな穏やかな心で見られないらしい。天化の額には冷や汗が浮かんでて、姫発はごくりと唾を飲み込む。予想以上に面白い事になってきたわ。実際あたしも、藍李的にどっちの方がより脈アリなのか、結構気になってたりするのよね。
 静かに聞き耳を立てられてるなんて露知らず、藍李はノートの上で上下していた視線を一点に止め、口を開いた。

「月、か。天化だよ」
「へーえ、ここで天化くん!?」
「え、何なのその反応ー!?」
「……月はね、『信用できる人』だって」
「へー」

 とりあえず安堵の溜息を漏らしてちょっと笑ったのは天化。姫発はふぅんと呟いた後でにやりと口角を上げた。これで天化の名前が「好きな人」の方に挙がる事は無いとでも気付いたかしら。天化の方は、冷や汗を拭って再び静かに様子を見守っている。赤雲の視線がメモに戻ったのを見て、あたしと姫発もそっちに注目する。

「じゃ、太陽は?」
「発っちゃんだよ」
「「え!!!?」」

 自分の名前が挙げられた姫発がぴくりと肩を震わせた。天化もライバルの方をちらりと見やり、藍李の方に視線を戻す。でも残念、悪くはないけど、きっと一番ご所望のポジションじゃないわよこれ。

「……太陽は『安心できる人』よ。えぇぇえ、本命候補が二人とも出ちゃったじゃない!」
「うっそぉ……他に誰が居るのよぉ!?」
「へ?」「藍李! 『空』の人は!?」
「誰!? ダークホースは誰!? ま、まさか楊ゼン先輩!!!?」

 鬼気迫る(といったらちょっと言いすぎだけど)様子の赤雲と碧雲が一歩前に詰め寄った。彼女らの剣幕に押された藍李はずずっと椅子を少し後ろに引く。楊ゼン先輩の名前が未だ出ていない今、それくらいで見逃してくれる二人じゃなくて、運動神経も反射神経も抜群の藍李もあえなく捕獲された。
 藍李の右手からするりと奪い取られたノート。勢い良く覗き込んだ赤雲と碧雲は、直後、えぇぇえぇ、と大きく声を挙げて肩を落とした。一連の流れを見て顔を引き攣らせる天化と姫発。ここまで面白い展開になった上に名前がまだ聞こえてこないから、あたしも硬直する二人を残して席を立つ。

「……ねー藍李、『空』って誰だったの?」
「蝉ちゃん」

 肩に手を置いたあたしを振り返るとぱあっと笑う藍李。あーもう可愛いわねこの子! ……とはいえ、和んでても仕方ないし教室の後ろの方からの視線も痛いし、改めてもう一度聞いてみる。

「ほらほら、教えなさいよ藍李ー。誰書いたの?」
「え、だから、蝉ちゃんだって。そら」
「……え?」
「空って言ったらさぁ、一番に浮かんだのが、蝉ちゃんの瞳の色なんだよねー」

 藍李の細くて白い指が指し示すのはあたし自身。しゃがみ込んだままの赤雲と碧雲を見やれば、うんうん頷きながら「「つまんなーい」」と二人して呟いた。っていうかそれ、あんた達が項目ごとの男女区別ちゃんと言わなかったからでしょ!
 ……楽しい事仕掛けた割に詰めが甘い二人に内心呆れつつも、藍李の言葉は素直に嬉しい。

「そーかそっか、藍李はそんなにあたしが好きなのね! あーもー可愛いわねあんた!」
「わ、ちょ、蝉ちゃん! 髪ぐしゃぐしゃになる!!」

 がばっと勢い良く藍李の頭を抱きかかえてやれば、教室の隅からこちらを見やる男二人と順番に目が合う。安堵交じりの複雑な表情を浮かべる天化と姫発に、思い切りにやっと笑ってやった。










深層ダイナミクス


(藍李、あんたまだしばらく彼氏作んじゃないわよ!)
(へ!?)




あとがき
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