風姿華伝 | ナノ

「ヘリウムはアルカリ金属である」
「バツ」
「電気陰性度が最も高いのはフッ素」
「マル」
「じゃあー……水素と窒素だと水素の方が電気陰性度が高い!」
「バ……や、マルさ」
「そうねー正解。次のページ行くわよ」

 ……ついこの前夏休みが終わって体育祭やったばっかりだと思ってたのに、気付いてみればもう時間は矢のように過ぎていた。明後日からは高校生の天敵・期末試験。これがなきゃ今よりもっとずっと学校好きになれるのにーと思ったところでコレばっかりはどうしようもない。
 クラス中が試験モードになってる上に藍李も赤雲も碧雲も委員会か何かでどっか行っちゃってつまんないもんだから隣のクラスに顔を出してみた。お目当ての友人は見当たらなかったけど、覗き込んだ扉のすぐ前の席にいたのは去年のクラスメイト。あら何か久しぶりねーなんてちょっと話してたらいつの間にか化学の試験対策にってマルバツ問題なんか始めちゃったのよねー。ま、このクラスが次の時間に小テストやるっていうんなら、同じ雲中子センセイが担当やってるうちのクラスも明日辺りヤバいだろうし。とはいえ天化の方が切羽詰ってるからあたしが問題出す側。感謝しなさいよ?

「分子間力の別名はファンデルワールス力」
「マル」
「金属に電流を加えると自由電子は正極側に動く」
「マル」
「銅はベンゼンに良く溶ける!」
「バツ。そりゃ塩化亜鉛とナフタレンさ」
「……あんた実は化学得意でしょ?」
「ま、蝉玉よりは得意だろーな」

 ぽんぽんと間を開けることも途切れる事も無く返って来る答えに少しイラッときてじとりと睨んでやればふふんという得意げな笑いが返って来る。あーその余裕の表情むっかつくわねー。偉そうに頬杖ついてる上に座ってるときにまでヒトを見下ろすんじゃないっつのよ! ま、あたしだってこの程度の問題なら間違えないけど! 藍李には負けるけどこれでも化学はクラスでも上位の方なんだから……なんて、次の問題(なるべく難しそうなやつ)を探しながら考えてたらふと良いことを思いついた。藍李、か。そうねー、悪いけどネタにさせて貰いましょっと! これも今目の前でちょっと天狗になってるヤツの鼻を明かすためよ、悪く思わないでね! と、心の中で今この場にいない親友に一応断っておく。

「ふーん、じゃあ……イオン化傾向が一番大きいのは銅」
「んー……バツさね」
「正解。一番おっきいのはカリウムよね。……メチルオレンジは酸性で赤くなる」
「マル」
「昨日の夕飯はカレーだった」
「……どさくさに紛れて何混ぜてんさ」

 やっぱりというか天化は反射的に答えることなく今までのテンポを崩して突っ込んできた。でもいいのよこれで、と内心でほくそ笑みつつ本心は隠しておいて、建前をもっともらしく言うのも忘れない。

「いーじゃないたまには。息抜き息抜き! ほらほら止めないでテンポ良くっ!!」
「バツ……」

 納得いかないと表情どころか身体全体から発するオーラで訴えてくる天化。でもそんなもんあたしには何も見えません知りませんー。しぶしぶながらも乗ってきたのを確認したからあたしもテンポを落とさず次の質問をぶつける。

「ビタミンCは酸化剤になる」
「バツ」
「数学がきらい」
「……マル」
「希硫酸に亜鉛と銅を浸した電池はボルタ電池」
「マル」
「日本史がすき」
「マル」
「世界史も好き?」
「マル」
「藍李も好き?」
「マ……はぁぁあ!? なななな何言ってんさ突然っ!!!!」

 片肘付いて頬杖付いてにやりと笑った(さっきの仕返しよ)あたしの目の前で天化は自分の机を両手でおもいっきりばしっと叩いた。痛そう。肘を突いてた右腕に小さな揺れがくるけどそんな事なんて自分の企みが成功した喜びに比べりゃどってことない。コイツ今しっかりマルって言いかけたわよねぇ。この焦りっぷりと顔から耳の先まで真っ赤なのを見ればようやく自覚はしたってことみたいねー、ホントようやく。ここまで何年掛かってんのかしら、と思う反面、あのしっかりしてるようでどこかぽやーっとした親友とこのちょっとからかってやっただけで真っ赤になる純情少年の組合せなんだから、良く考えれば当然っちゃ当然なのかもしれない。

「……幼馴染ってのも考えモンねー」
「よっ、余計なお世話さ!!」

 ここまでからかってやっても否定はしない辺り本気なんでしょーねぇ、と思うと頬が緩んでにやり笑いが込み上げてくるのも仕方ない。良かったわね藍李、アンタ相当愛されてるわよー気付いてないだろうけど。心の中で報告するのも忘れない。
 そしたらあたしの心の声に反応してくれたのか噂をすればなんとやらってヤツなのか、あたしから大きくぷいっと目を逸らした天化の視線の先、廊下のすぐそこの曲がり角から楽しげな笑い声を立てる藍李が現れた。姫発と喋ってるみたいだからこっちには気付いてない。天化がそっちを見たのが早かったのか藍李達が出てくるのが早かったのかはあたしには分からなかったけど、どっちにしろ天化は面白くなさそうな表情を浮かべてる。

 そうなると、面白くなってくるのはこっちなんだけど、ね!!
 そんなあたしの心の内を読んだのか、天化がタイミング良く大きく嘆息した。










冬色吐息


(天化ー、溜息吐くと幸せ逃げるわよー。ホラ、早く吸い直さなきゃ)
(うっせ、っつか言ったそばから深呼吸すんじゃねーさ!!)
(ふふん、幸せ頂きっ! これであたしとハニーは安泰ね!)




あとがき
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