風姿華伝 | ナノ

「位置について……用意――」


静まり返ったグラウンドにピストル音が弾けた直後、地面で跳ね返って空まで響く歓声の嵐。全校生徒が詰め掛けたそこは普段よりも随分狭く見えるけど、だからといってトラックの広さは変わらない。一斉に走り出した代表選手達は漸く一つ目のカーブに差し掛かったところ。コースの途中に設置された机に向かって、脇目も振らずに走る走る。
先頭を行く3年生と、その背後から迫る2年生。繰り広げられる競り合いに走者の荒い呼吸が聞こえてきそう。思わず身を乗り出した私の隣で、蝉ちゃんが大きな声援を飛ばした。


「体育祭といえば、最終種目・借り人競争。やっぱこれが一番盛り上がるわねーっ!」
「ねっ! 学年もクラスもごちゃ混ぜな縦割りな分、学年優勝の逆転チャンスも大きいし!」
「あーもー違う違う、や、確かにそうなんだけど!」

「……蝉玉姉ちゃんっ!」


何やら力説を始めようとした蝉ちゃんの声は耳慣れた声で遮られた。二人して声のする方へくるりと向き直ると、そこに居たのは息を切らせた1学年下の後輩・天祥。手に握り締めていた小さな紙片を蝉玉に見せ、未だ整わない呼吸の狭間で声を絞り出す。


「ホラこれ、三つ編みの、人っ! お願いっ、来てもらえる!?」
「あら……案外普通の引いたのね、天祥。分かった、行く行く!」
「ありがと!!」


頷く蝉ちゃんの後ろで体育委員の人が丸の付いたプラカードを上げた。引き当てた指令をクリアした天祥は、蝉ちゃんの手を引いてトラックへと戻っていく。そんな二人の背中に応援の言葉を投げかけると、隣のブロックから私を呼ぶ声がした。


「なぁ藍李、アレって女が引いたらどーすんさ? 三つ編みしてる男なんて早々居ねぇのに」
「楊ゼン先輩ならしてるかもね……。でもさ、アレって確か、女子用と男子用で箱分けてるんじゃなかった?」
「あー、そういや聞いた気もするさ。……って、あり? 発は?」
「選手だから出てるよー。うちのアンカー」
「そーなんさ!? だからアイツ、クラス対抗の方出てなかったんか!」
「そーなの」


移動してきた天化が蝉ちゃんの座っていた席に腰を下ろす。肩をすくめて溜息吐いて、恨めしそうに発っちゃんの居る方を眺めてる。
――そうそう、去年のクラス対抗リレーは凄かった。アンカーが発っちゃんと天化で、すっごい競ってて結局同着だったんだっけ。その時は次の年にもう一度対決するとか何とか言ってたんだけど、今年になってみれば絶対こっち出るって意気込んでたんだよね……。


「……おっ、噂をすれば、もーすぐみたいさよ」
「あ、ホント、次だっ! 頑張れー発っちゃーん!!」


天化と去年の話で盛り上がっている間に競技は進んでいて、今はアンカーの一人前の走者にバトンが渡ったところ。トラックに入って待機中の発っちゃんに向かって声援を飛ばすと、笑顔でぶんぶんと大きく手を振り返してくれた。余裕だなぁ、って笑いつつ他のアンカーにも目をやると、発っちゃんのすぐ隣に見知った姿があった。


「……あれ? 発っちゃんの隣に居るのって……雷震子じゃない?」
「へぇ……アンカーに1年持ってくるなんて珍しーさ……よっぽど速いんかね?」
「どーなんだろ……うわー、兄弟対決かぁ!」


どっちも頑張れー、と声を上げようと口の横に両手を持ってきた丁度その時、雷震子の方が先に走り出した。流石アンカー、思っていたよりも随分速い。
雷震子が机の前に着くか着かないかというところで、漸く発っちゃんもバトンを受け取った。発っちゃんも発っちゃんで帰宅部なのが悔やまれる速さ。これは凄く良い勝負になりそう。


「頑張れ発っちゃーんっ! この距離ならまだ追いつけるーっ!!」
「行っけー発っ! クラス対抗サボった分死ぬ気で走るさー!」
「あはは、天化ってば未だ根に持ってんのー?」
「ちっげぇさ!」

「……おいっ、天化っ!」


さっきの天祥と同じようなタイミングで私たちに掛けられた声。がしっ、と力強く天化の腕を取ったのは、走った所為だけとは言えない位の赤い顔をした雷震子。


「悪ぃ、何も聞かずに着いてきてくれ!」
「はぁ!?」
「あれ、雷震子、確かそれって……」

「そうそう、ダメよー、連れてく人にはちゃんと指令の内容を言うこと、それに連れて行けるのは異性限定、って、最初に指示出したでしょう?」


バツの付いたプラカードを掲げて雷震子の肩を叩くのは体育委員の赤雲。
聞いてないと言わんばかりの表情を向ける雷震子を視線で黙らせ、後ろから彼の持つ小さな紙を覗き込む。途端、赤雲の表情から怒りの色は消え失せ、何やら物凄い良い笑顔へと変わった。ぴっと立てられた人差し指は、真っ直ぐに私の方を差している。 


「あらぁ、この指令なら、天化くんの他にもすっごい適任者が居るじゃない、ここに」
「え、私っ?」
「なっ、おい、待てって!!」
「ふーん? 俺っち達に当てはまるのってどーいう指令さ? んーっと……」
「あ、天化くん。見るのは良いけど本人が言うまで言わないでね」
「おぉ、成程……へへっ、こりゃ嬉しーさね! お? 雷震子、顔真っ赤さよー?」
「かっ、からかうんじゃねーよ! 他に居なくて仕方なくだな……!!」
「えー、何なの!? 私も見せてー!」


さっきよりも更に赤い顔をした雷震子の持つ紙切れを覗こうと身を乗り出すけど、ニヤニヤ顔の赤雲にやんわりブロックされる。天化も同じくニヤニヤ顔で雷震子をからかってるし、雷震子は必死に天化に反論中。
一向に私に教えてくれる気配の無い3人。見たい気持ちを通り越して、競技をそっちのけにしてる事の方が心配になってきた。


「……ね、ちょっと3人とも! 競技の事忘れてるってば! いいの!?」
「良いんじゃねぇ? それより俺と来てくれよ、そこの超ド級のプリンちゃん?」
「!」


突如響いたぱしっ、という乾いた音と対照的にやんわりと取られる私の左腕。くいっと少し引かれたそれに弾かれるように顔を上げれば、少し息を切らせながらも余裕の笑みを見せる発っちゃんと目が合った。そのまま駆け出す発っちゃんに反射的に着いて行くと、後ろから赤雲の声が追いかけて来る。


「あ、ちょっと姫発くん! まだ指令の内容言ってないでしょ!」
「おっ、忘れてた」


走る速度は緩めずに一瞬後ろを振り返る発っちゃん。私の手を取っていない方の手に握られた白い紙片を、ふわりと空へと放った。
ひらひらと上手く風に乗ったそれは赤雲の足元へと届き、発っちゃんはなおも走り続けながら少しだけ屈んで私の耳元に顔を寄せた。


「俺への指令はさ――」


きゅっ、と少し強く腕が引かれた感覚と、腰にゴールテープが触れる感覚。
同時に訪れたそれと重なるように、耳へと届けられた言葉。

一瞬で脳まで到達したその言葉を私が理解するのは、響き渡った爆発的な歓声が収まった後のこと。










秋色の舞風




(あなたが選ぶミス封神学園、だってさ)

(……えええええそれ妲己先輩とか貴人先輩とかそっちのけで私連れて来ちゃマズイんじゃないの!!?)
(俺が選べるんだからいーの!)
(え、うっ、あ……ありがとう……?)


あとがき
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