風姿華伝 | ナノ

「うぅー……あっづい、溶けそー……」


じりじりと焼け付くような暑さの中でコンクリートの道を歩く。何もこんな日に買い出しなんて行かなくても良かったんじゃないかな。
……しかも、歩きで、なんて。

残念ながら風はない。ついでに、今歩いてるこの道にはマトモな木陰も無い。あるのは暑さを助長するかのような蝉の鳴き声と無駄に高い湿度だけ。あ、あとは、両手いっぱいの重たい荷物、か。
地球温暖化の影響なのか知らないけどとにかくあつい。あつい。何度でも言うけどひたすら暑すぎる。

それでも、私の少し前を行く先輩は、この暑さも私より重いはずの荷物の重みも感じてないんじゃないかってくらい颯爽と、長い青髪を下ろしたままで歩いている。


「……よーぜん先輩、それ、暑くないんですか……?」
「え?」
「髪。結い上げたりしないんですか?」


前々から聞こう聞こうと思いつつタイミングを逃していた質問をしてみる。
そのままだったり、ポニーテールだったり、一部分だけ纏めてたり。頑張って記憶を辿ってみても、今まで楊ゼン先輩が髪を下ろしてないところは見た覚えが無い。

顔だけで振り返った先輩の長い髪は、テレビのCMかってくらい見事にさらりと涼しげに揺れた。


「あぁ……考えたこともなかったよ。結い上げるほど暑いとも邪魔だとも思った事が無いし、それにほら、こうやって揺れると綺麗だろう?」
「……あー。あはは、なるほどー」
「僕は本気で言ってるんだけど?」
「分かってますよ……」


それなら良いんだ、と、にこやかに笑ってみせる楊ゼン先輩。
あぁ、この人はこういう人だった……。

どうやったら自分が格好良く見えるか、よーく分かってるあたりが流石といったところ。だから綺麗なもの好きの趙公明先生に気に入られてるんだろうなぁ。
一方的すぎて、本人は迷惑してるみたいだけど。

でも確かに、さらさらと音が聞こえてきそうな程に見事な青い髪は、流しておいた方が綺麗なのかも。
女の子の憧れをそのまま形にしたような、痛みなんて欠片もないストレートヘアが、目の前でふわふわと揺れている。

その色のせいか、清流の流れにも見えるそれは、見てるだけでなんだか涼しくなってきた気がした。


……いーなぁ。そこまで色が違うわけじゃないのに、どうしてこうも違うかな。


「何ぼーっとしてるんだい?」
「っ!」


とりとめもなく思考を巡らせていたら、視界から青が消えた。
疑問に思う間もなく惰性でだらだらと歩き続けていたら、ぼすっ、というくぐもった音と共に止まる歩み。


「わ、すいませ……!」
「いや、良いけど、大丈夫かい?」


苦笑している楊ゼン先輩の整った顔が、かつてない程至近距離にある。
反射的に謝ってたけどホントに顔面からぶつかったのか、って、申し訳ないやら恥ずかしいやら。
あわあわしている私を見て、先輩は更に笑みを深くして。


「君の髪も十分綺麗だと思うけどね」


……重たい荷物はどこへやら、大きな右手で私の髪を掬い上げて、先輩のそれと同じように、さらりと風に流した。


「え、ええぇ、私、口に出してました!?」
「何のことかな?」


くすりと笑って荷物を持ち直し、何事も無かったかのように歩き出す楊ゼン先輩。
置いてかれちゃまずいのに、暑さと熱さにやられた私は、暫くそこから動けなかった。


「せ、先輩の天然タラシ……」


……や、この人の場合、『天然』じゃない、か。










夏色プロムナード


(君がやってくれるっていうなら、結い上げるのもいいかもね)
(すいません勘弁してください……)




あとがき
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