風姿華伝 | ナノ

雨の日って何だか妙に楽しくなる。単調な日常への刺激、っていうか。や、どっちか言うと晴れた方が嬉しいし、普段だって単調とは言うけど十分充実してるんだけどね?
とにかく、私は雨の日も割と好き。開いた傘に響く雨音とか、いつもと違う早さで過ぎる通学路とか、水溜まりに写る街並みとか。もちろん、ノートが湿気でへにょへにょになったり、誰かしら廊下で滑って転んだり、靴下までぐっしょり浸水したりって嫌なこともあるけど、雨の日ってそれを補って余りある楽しさだってあると思うんだ。天気の良い日じゃ気付けない発見があったりとかね。

……あ、ほらまた見つけた、雨の日のトクベツ。


「……あれ、雨止んでる!」
「お? あ、ホントさ。うちの方はもう明るくなってきてんね」


今まで私の傘にぽたぽたと控え目な音を立ててたのは街路樹から落ちてくる水滴だったのか、気付いてみれば空はもう青さを取り戻しつつあった。雲を割って差し込んできた微かな光は濡れた青葉をきらきらと煌めかせ、濃くなった緑色を目立たせている。うーん、そろそろ夏なんだなぁ。

でも、雨上がりの空気を楽しむ私とは対照的に、隣で傘を畳む幼馴染は何だか不満気だったりする。


「ちぇー、これなら普通にチャリで来りゃ良かったさ」


ぱさぱさと傘に付いた水滴を落としつつ、じっとりと空を睨む天化。今日は部活も普段より短かったし、運動し足りないと言わんばかりに溜息を吐く。雨降りそうだから歩いて行こって提案したのは私だから、ほんのちょっとだけ罪悪感。

……でも、あくまでちょっとだけ、ね。折角だから私は楽しませてもらうよ!


「まーまー、たまには歩きも良いじゃん? あ、ほら見てよ天化、小さいかたつむりー! 可愛いっ、小指の爪サイズだ」
「なんか無駄に元気さね、藍李……」
「わ、無駄とは失礼ね! 雨の日でも最大限に楽しもーとしてるだけなのに」
「あーはいはい、あんましはしゃいでるとコケるさよー」


テンションの低い天化に負けないように楽しい事を見つける私に、後ろから掛かる呆れ声。反論しようとくるっと振り返れば、天化の後方に、雨上がりの一番の楽しみを見つけた。


「あ!」
「……あ、藍李、後ろ…」


あれ、言おうとしたセリフ取られた。
ふと思ったその瞬間、私の世界は突如コマ送りに。

身体に感じた強い風圧。
差しっぱなしだった傘は風に誘われ手を離れ、
反射的にそれを追う私の視界の端で動く何か。
さぁっと血の気の引く天化の顔。

――最後に耳に残ったのは、跳ねる水音と、長く尾を引く甲高い音。








「…な、」
「………」
「なに、今の……?」

「…〜〜〜っ!! こ…の、馬鹿藍李…っ!! なに、じゃねぇさ! あーた、ちょっと間違えば今頃昇天してたさよ!!」

「へ……??」


何が起こったのか分からず惚けていた私を現実世界へと引き戻したのは、程近いところから響く天化の怒鳴り声。ここまで怒ってる天化は久々に見た気がする。
え、私、今何したっての? ちょっと待って、落ち着いて現状を把握しよう。

……今私達が居るのは、かたつむりを見つけた場所よりちょっと手前で。
私がさっきまで居たはずの場所は、車のタイヤ跡と飛び散った水しぶきがくっきりはっきり浮き出ていて。
私の傘はというと、数メートル先の道路で無残にもボロボロになっていて。

そしてなぜか私は、天化の腕の中にすっぽりと納まっていて。


「……つまりこれはアレだよね、私はさっき車に轢かれそうになってたと」
「い…今頃、なに、言ってんさ……」
「風で飛ばされた傘は私の代わりに無残にもボロボロになってたと」
「逆だったらと思うとおっそろしーさホント……」
「あ、ありがと……」
「おー……」


こうやって改めて言葉にしてみると恐ろしい事が起こってたことが漸く分かった。もし天化が気付いてくれなかったら、そう考えると今更ながら身震いがしてくる。
一方の天化は緊張の糸が切れたのか、あの怒鳴り声から一変、返って来る声からは覇気が感じられない。肩の力も抜けたのか、大きな溜息と共に沈んでいく身体。

……この体勢だと、その重みは全部私に掛かってくるわけで。


「て、天化、あの…」
「……最初は、水しぶきで濡れるさよ、って、それだけだったのに」
「…うん?」
「突風で、藍李の傘が飛んじまって」
「うん」
「あーた、無駄に運動神経良いもんだから、反射的に傘の方に動いちまって」
「…また無駄って言う……」
「そしたら、車が……」
「………」

「……もーホント、心臓止まるかと思った……勘弁してほしーさ…」


力無く言う天化の声は、今まで聞いた中で一番弱々しかった。
そんな声聞かされちゃ何も言い返せる訳もなくて、とりあえず、ちょっと震えてる足もどきどきと大きく主張し始めた心臓も火照ってきた頬も、もう少しこのまま頑張って貰うことにした。


「うん……ごめんね、ありがと…」


……天化の肩越しに見える虹が、さっき見つけたときよりも何だか凄く綺麗に見えた。










レイニーパニック


(心臓が痛いくらいに煩いのは、本当に未遂事故のせい?)




あとがき
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