風姿華伝 | ナノ

……今日だけは、今だけは、どうしても授業受ける気にはなれなかった。そんな私の心中なんて知らずに、廊下には本鈴が鳴り響く。
普段なら焦って走るとこだけど……ごめん先生、今日は1分くらいの遅刻は大目に見てやってください。

重い心と足とを引き摺って教室に着いてみれば、黒板には『1限は自習』という文字が並んでいた。道理で教室が騒がしいと思ったよ。
なんだかんだ言って人生上手く出来てるのかもしれないな。そんな事をぼんやりと思いながら、私は半開きの扉を閉めて踵を返した。


「……はぁ」


特に目的地があったワケじゃない。気付いたら着いてただけ。あと、たまたま誰も居なかったってのもここに居座ることにした理由のひとつ。
鞄を脇に下ろして寝転がって見上げた空は、嫌味な程に青く晴れ渡っている。


「あーもぅ……」


空に八つ当たりしたって仕方ないのに、思わず零れるイライラした声。
今の私とは対照的に澄み切ったそれを見てられなくて、ころりと寝返りを打つ。ひんやりとしたコンクリートの感触が気持ち良い。

しばらくそうしていてふと気付いた。あぁ、私、さっきからほとんど無意識に動いてたけど。


「……初めてサボっちゃった、かな」
「ふっ、その程度ではサボリとは言えぬな」
「!」


誰もいないはずなのに返事が返ってきたことに驚いて飛び起きる。
言葉の主は、鉄の扉を閉めながら、私を見下ろしていた。


「……望ちゃん先生?」
「こら、仮にも教師にちゃん付けするでない」


ホントに仮の先生ですけどね、って言ったら怒られるだろうけど、現れたのは先生は先生でも、教育実習生の太公望先生。
先生に見つかったのかと思って焦ってたから、不謹慎かもしれないけど思わず胸を撫で下ろす。


「おぬしは……普賢のところの学級委員長だったな? 名はなんという?」
「え、えっと……」
「あー、言い付けたりはせぬよ。まぁ、学級委員長と分かっておる時点でバレたも同然、もう隠す理由もなかろう」
「うっ……柳、藍李です……」


望ちゃん先生は口の端でニイッと笑うと、起き上がった私の隣まで歩いてくる。
そして私の隣に腰を降ろすと、右手に持っていた缶を振りながら私と視線を合わせた。


「藍李よ、サボるというのは元々サボタージュという仏語から来ておるのは知っておるか?」
「へっ!? あ、はい……」
「それがな、労働争議中にサボと呼ばれる木靴で機械を破壊したことが由来らしいぞ」
「へぇー……!」


さすが、教生とはいえ歴史の先生。全然知らなかった。
素直に感心するけど、話の意図はいまいち分からない。
そんな私の戸惑いを感じたのか、望ちゃん先生は人差し指を立てて「つまりな」と続きを話す。


「サボリというのは相手に迷惑を掛けてなんぼなのだよ」
「……え?」
「授業を抜けてきたならともかく、自習を抜けてきた程度では本物のサボリとは言えぬわ! 誰も迷惑なんぞ被っておらぬし、どうせ教室に居る奴等も真面目に自習などしておるまいて」
「まぁ、確かに……」
「どうせサボると言うなら徹底的にやってから言うことだな! かっかっか!」


独自の理論を胸を反らして自慢気に話す望ちゃん先生。
未だ右手の中にある缶が潰れそうなほどの力説っぷりだ。

望ちゃん先生といえば、きっちりとスーツを着こなして、壇上でも堂々と教生代表の挨拶までしてた人、だったはず。
なんかちょっと拍子抜け。人は見かけによらないとは良く言ったモノだ。

……しかも、持ってきた缶はコーヒーか何かかと思ったら、桃のジュースだし。だから振ってたのか……。


「仮にも先生がそんなこと言っていいんですか?」
「仮にでも先生だからこそ、とでも言っておこうかの」
「……?」
「なんだ、そんなに見つめられてもこれはやらぬぞ?」
「や、別にジュースが欲しいわけじゃ」
「そうか?」


苦笑して言う私に、またニヤリと笑って応える望ちゃん先生。
桃ジュースをごくりと一口飲むと、私に向かって何かを投げてよこす。

飛んできたのは、ピーチミルクの飴。


「……おぬしは根が真面目すぎるのだ。サボリのサの字も知らぬヒヨっ子にはこれで十分!」
「え……どーいう意味ですか……?」
「さぁのーう。ちったぁ自分で考えぃ!」


意味深な言葉の数々に半ば混乱しかけている私。
さっきまでのニヤリ笑いじゃなく、どこか優しい微笑みを向けてくる望ちゃん先生。

それでも、この話題最後の一言はやっぱり、ニヤリ笑いのオプションが付いた意味深な言葉だったりする。


「……答えが分かったら、こっちを奢ってやるよ。まぁ、明日の昼には2本持ってくる羽目になるんだろうがの」










屋上課外授業


(望ちゃんセンセ、そんなに桃好きなんですか?)
(ちゃん付けは止めろと言っとろーが)




あとがき
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