風姿華伝 | ナノ

微かに、予鈴の音が聞こえる。

あと5分で教室に居なければ遅刻扱い。そういう意味合いで鳴っているそれを学校から走って10分の交差点で聞くのは俺にとっては日常茶飯事。
走りゃ10分掛かっても、俺は自転車。今日も滑り込みセーフってトコだろ。

赤信号で引っかかったって、そんな事を考えるくらいの精神的余裕は十分にある。
イライラすることもなくぼうっと信号を見つめていると、後ろから聞こえてきたパタパタと忙しない足音。


「…っはぁ……うっそ…赤信号……!?」


俺の真後ろで足音は止まった。
あーあ、コイツはアウトだろーな、ご愁傷サマ。

何となしにちらっと振り返ると、そこに居たのはこんな時間に居るはずもないクラスメイト。


「……え、うそ、藍李ちゃん!?」
「あ、発っちゃん…! おはよ…」
「はよ……って…藍李ちゃんが遅刻!? 天化はどーしたんだ?」
「天化は朝錬、私は…あはは、朝錬無いからって油断してたら寝坊しちゃって…」
「へぇ、めっずらしー……」


…週に4日は朝錬、そのうち3日は隣のクラスの幼馴染付き。
そんな藍李ちゃんにこんな所で会うとは!
意外も意外、っていうかラッキー!?


「発っちゃん、青だよ!」
「お、おう!」


…思わず遅刻し掛けの境遇を忘れかけていた。
俺の自転車のサドルを叩いて先に走り出した藍李ちゃんの背中を追う。

然程開いていなかった差はすぐに詰まったが、それ以上開く事はない。
流石元陸部で現バスケ部、速いな。
でも確か、藍李ちゃんって短距離走者だった気が…。その証拠に息も上がってきたみたいだし。


「…藍李ちゃん、だいじょぶか?」
「だ、だいじょぶ、いい朝錬にっ、なるよ! …発っちゃん、遅かったら先行って?」
「や、そーじゃなくて…」


自転車の荷台を指差すと、小首を傾げて「荷物? 平気だよ?」と言う藍李ちゃん。
…そうだった、このコはちゃんと言わねーと分かってくれないんだったな…。


「後ろ、乗れよ!」
「…え、でも、悪いよ!」
「女の子ひとり乗せたくらいじゃ何も変わんねぇよ。このままだと二人とも遅刻だぜ?」
「だから先行っていいって!」
「藍李ちゃん置いてって自分だけ間に合うなんて、俺ができると思うか?」
「……っ、じゃ、お願いっ!」


言うやいなや、背中に軽い衝撃。
驚いて後ろを振り返ると、まさかの飛び乗りをやってのけた藍李ちゃんがかつて無い至近距離で笑っていた。


「…し、心臓に悪ぃ……!」
「あ、ごめん、やっぱ飛び乗りはまずかった?」
「…上等っ! 飛ばすぜ!」
「あいあいさー! よろしくっ!」


赤く染まった頬を誤魔化す為に、それとついでに遅刻しないように。
まっすぐ前を向いて本気で自転車をこぎ始めると、頭の上から歓声が上がった。


「ありがとね発っちゃん! 今度何かお礼する!」
「…じゃ、今日の帰りにゲーセン付き合ってくれよ。今日部活休みだろ?」

「「UFOキャッチャー3回分奢り!」」


見事にハモった声に二人して笑った。
でも取ったやつ貰っちゃいつもと一緒じゃん?という藍李ちゃんに、取るのが楽しいんだからいーんだよ、と返す。

――自転車置き場で天化と遭遇するまで、あと1分。








キッカケは赤信号


(今日ばかりは感謝、だな!)




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