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▼ 白くて黒い男





喧しい生徒達が寝静まり、ポツポツとついていた部屋の電気がようやく消えてきた丑三つ時の白軍寮。

さて動き出すなら今しかないと意を決して廊下に出てきたのは、不自然も不自然に辺りの様子を窺いながら気配を殺す一人の男。白軍の装いをしておきながらも現状の怪しさからはどうも白とは言い難い、息を殺す男には光源など持つことも許されぬこの状況、頼りとなるのは窓から差し込む月の光のみのようで。

任務を遂行しなければ。狙うは白軍機密情報。白軍寮に目当ての部隊長が居を構えているという情報を入手してきた男の同僚、憎たらしいあの顔。続くように脳裏に浮かんでくる上官の顔、心臓を握り潰しにかかる義務感で、暗闇の中拳を握りしめた。

冷たい壁に手をつけぐっと眼に力を籠めるも、未だ闇に眼が慣れぬ今。半ば無意識のうちに、まるで光に寄る蛾のようにふらりと窓へと歩の先を向ければ、ふと気付く。男の視線の先、廊下に出来た月の光の道に浮かぶ、人の影。


マズい。頭の中に鳴り響いた警報、息を飲んだだけの喉、小刻みに揺れた眼球。半ば反射的に視線を窓へと向ければ、柔らかな月の光の中に、一人の男がいるのが見えた。


「やぁ、散歩?僕もなんだよね。今日はいい月が出てたからさぁ、お月見ってやつ。」


ゆっくりと闇に慣れてきた男の視界に映ってきたのは、存外無害そうな優男の笑顔だった。白軍の制服を着ながらも、男の大半を占める色は黒。全身を覆うほどの黒いコートに、腰ほどまでの黒の三つ編み。どうして男の顔へ意識が向くのだろうと思えば、美しい青の瞳のせいだと頭の一部が冷静に判断をする。月が差し込む窓に腰をかけ、へらへらとこちらへ警戒の1つもなく笑いかけてくる優男に、分かりやすく肩の力が抜けていく。


「あ、あぁ。俺も、ちょっと。寝付けなくて。」


固まった頬の筋肉を無理やり動かし、乾いた笑いを零す様子はきっと酷く不細工なのだろうが、目の前の男があまりにも穏やかに笑っている物だから、あぁ大丈夫なのだろうと。緊張の糸が解けていくのと同時に、男の中でも無意識に警戒が解けていく。気が緩む男には、薄く細められた黒い男の瞳には気付かず。


「もっとこっちに来なよ。そこは暗すぎる。せっかくの月が見えないだろう?」


緩く首を傾げた男の微笑は次の瞬間にはもうこちらには向いておらず。淡い月の光を体に浴びて瞳を閉じた男がどうにも心地よさそうで、今度こそ自分の意思で足を動かして彼の元へと歩いていく。

任務を中断する事はない。ただ、タイミングを計り直すだけ。ここにいるのがいかにも非戦闘員らしい、ぽやぽやとした優男とはいえ騒ぎを起こすのは望まない。しかも非戦闘員とはいえ同じ年頃の男を倒すのは、敵の領土ではリスクが高すぎる。そう、これは怠慢ではない。少し考え直すだけ。優秀な奴には冷静な思考と判断力が重要、つまりはそういう事なのだ。






……ふ、と。

感じる違和感。


明確に何があったとか、何をされとかいうわけではないのに足を止めたくなる感覚。何がかは分からないが、これが本能で感じる、という事なのだろうか。

あと数歩で彼の隣へ行けるのに、暖かな光の中へ行けるというのに。どうした事か、足が動かない。


「うん?どうしたの?早くおいでよ。ずっと暗闇にいたんだ、そろそろ光が恋しいだろう?」


彼が再びこちらへ顔を向け、小さく手を招いて、くすくすと小さく笑う。同時にふわりと香ってきたのは、嗅いだことのある香り。

そしてちらりとコートから覗いた白い制服の袖が、嫌に黒く、…きっと元は赤だったのだろう、暗い色に不自然に染まったのが見えてしまって。




喉が鳴る、眼球が揺れる、頭の中がガンガンと喧しい。警報が鳴る、喧しく鳴り響く。
こちらの不自然な様子に、視線を追って自身の袖に目を向けた優男が、柔らかく息を吐くように笑って見せた。



「……あぁ、汚れちゃってたのか。気付かなかった。ありがとうね。」

「……なん、で。」

「うん?…戦争に参加してるんだ、血くらいつくさ。それとも何、そんなに戦闘向きに見えない?」


あはは、と声をあげて笑う彼が、なぜか酷く恐ろしく見えて。
柔らかく温かい月の光が、雲に遮られて、少しずつ闇に侵食されていく。

闇から逃げるように一歩、一歩、後ろへ後ずさって、

吐く息すら凍っていくような感覚。




「なんで、さっき。アンタ、言ったな。俺に、……ずっと暗闇にいた、と。」



カタカタと小さくなる奥歯と早鐘を打ち鳴らしたような心臓、自身の喉奥から出てくる荒い息の音しか聞こえない静寂。



永遠にも感じる数秒の間の後。

あは。小さな笑い声。重いコートの擦れる音。



立ち上がる男のコートの中から、不自然に色に染まり曇った銀の刃がのぞく。


重く物騒なモノを片手で揺らしながらも、隠れかけた月の光で照らされた男の顔は。



「お月見、出来なくなっちゃったね。」



酷く優しく穏やかな笑み。






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