キャバクラで働く同僚は、息を弾ませ興奮しながら私に耳打ちした。あれが噂の土方十四郎さんよ、と。
噂もなにも、私は表で客に酒を酌する彼女たちとは職場が違い、裏方で働いているので、彼女たちの間の噂はちらほらとしか耳にしたことがない。
キャバクラの仕事を紹介された時、男性が苦手な私は発狂するかと思った。しかし紹介してくれた方は、そのことをちゃんと考慮していた。考慮した上で、 キャバクラの裏方 という仕事を私に与えてくれたのだ。
裏方という名の通り、仕事内容は店内の掃除を始め、食器洗い、送迎の車呼びなど 本当に地味な作業ばかりで 有り難いことに苦手な男性とも必要最低限しか関わらなくても良い 私にとってまたとない職場だった。
だから、同僚の男性でさえ 最近になって名前を覚えた程だ。
客の名前など、覚えている筈がない。分かったらその手を離せ仕事に戻りたいんです離してください

「屁理屈こねてないでまあちょっと見てみなさいよ!すっごいイケメンだから!」
「イケメンなんかに興味ない!むしろ男に興味ない!離してよー!」
「あんたそのまま独り身、貫くつもり?!彼氏の1人や2人そろそろ作りなさいよ何歳よ!」
「ひ、独り身ってねえ…まだ18歳だからいい…っていたたたた!」


美しく着飾った同僚に痛いほど腕を掴まれ(爪!爪が食い込んでる!)滅多に出ない表舞台であるホールに連行される。きらびやかなシャンデリアやお酒の匂いに、一瞬ふらりとした。あぁ、彼女たちは毎日ここで働いているのか。すごいなあ。
このキャバクラの客の中には政府の方から天人、挙げ句攘夷志士(もちろん変装して来店しているらしい)と、様々なジャンルの客がいる。今日の客も、真選組という警察らしい。どうもそこの副長さんが彼女をここまで興奮させた元凶のようだ。

ほら、あそこの奥に座ってる、お妙さんの隣の人!と指差す同僚に苛立ちながら、その方向を見据えると なるほど納得、ここキャバクラに似つかわしくないほどの色男がそこにはいた。お妙さんの隣で無表情にタバコをふかしているその姿は、年頃の女の目にはさぞかし魅力的に映るだろう。しかし私は興味がない。真選組の副長さんに見惚れる同僚を残して、くるりと踵を返し調理場に戻った。




「おい、お前。マヨネーズねェか」

それから数分もしない内である。真選組の副長さんが調理場に顔を出し、鋭い目を光らせながら質問してきた。あの、ここ禁煙です。男性が苦手な私はただただ目を白黒させ冷や汗を垂らしながら冷蔵庫を漁り首を横に振った。すみませんすみませんすみません。しかしマヨネーズ単品目的で、しかも調理場にまで乗り込んでくる客は始めてだな。なんて変なひとだろう。しかしキャバクラと言えど、つまみ程度の料理は必要だ。マヨネーズが無いなら買い出しに行かなければ。これも裏方の仕事の一つである。ついでに他にも足りないものは無いだろうか、確認しよう。


「果物もあと少し…マヨネーズと果物と…あと何がいるかな」
「おいお前、買い出しにでも行くのか」
「わああ」

まだいたのかこの人!冷蔵庫を漁る私の真後ろに立って、その中身を凝視している。そんなに見てもマヨネーズは出てきませんよ。こくりと頷き買い出しに行く旨を伝えると、分かった と一言残して調理場から去って行った。何だあの人。唖然としながら、副長さんの後ろ姿をぼんやりと見つめた。






20120818
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テーマ「人外ファンタジー」
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