「次の方、どーぞー」
「…はぁい」


ある冬の日の出来事である。もうすぐ受験を控えている私は、この冬だけは体調を崩す訳にはいかない。と意気込んで、とある病院に かの有名なインフルエンザあんちきしょう(毎年かかるのだ)の予防接種に来ていた。正直、病院は苦手だ。病院に来るだけでなんだか病気にかかったような鬱な気分になってしまうのだ。歯医者においても、皮膚科においても、形成外科においても。そして、この内科においても。診察されるまでの待ち合い時間は 大袈裟かもしれないが、私を地獄へと誘うまでの焦らしプレイのように感じる。いくら私がややMだからといって、そんなプレイは不要なのだ。


「はーい、じゃここ座って。」
「…よ、よろしくお願いしままます」
「盛大に噛んだねー。ほいほいよろしく」


今回の担当医は、なんというか、意外に若かった。白衣を着て、カルテを持って、少しだぼっとした服を白衣の中に着ているので、顔を見るまでは“どんな廃れたじい様か”と思っていた。が、なんということでしょう。そこに居たのは、ただの銀髪のイケてるメンズであったのです。時々ずれ落ちる眼鏡を、鼻筋に沿ってかけ直す姿すら凛々しい。


「えーっと、なんだっけ?あ、予防接種?」
「…」
「おーい聞いてる?」
「へ、へいッ!」
「へいって何だよさっきから元気良いなアンタ。じゃあ、あーんして」
「?!」
「一々反応良すぎだよお嬢チャン。おら、口開けろー」


しまった、さっき抹茶オレ飲んだから舌が緑色だ。内科のお医者さんがよく持っている、喉の検査?か何かをする医療道具を、やや乱暴に口に突っ込まれる。これ、イケメンじゃなかったら文句言ってた。んー緑。とか、おー緑。とか言いながら、じーっと口の中を覗き見られて、大した時間ではなかったが少し気恥ずかしく頬に熱が集まった。「嬢チャン口ちっせーなー。抹茶オレ飲んだ直後、と。」とか無駄な内容をカルテに書き込むイケメンさんの横顔を、顔の熱が引くまで眺めていようと思ったら、更に赤面してしまった。そうだ、この人はイケメンであった。白衣の名札には“坂田”と記されている。さかたさん。勿論インプットした。


「じゃ、異常ねーから注射すっぞー」


インプット完了した直後に地獄が訪れた。注射だ。しかも、インフルエンザの注射。病院によるかも知れないが、正直少し痛い。ガクガクブルブル。音が聞こえそうなくらい震えだす私に、坂田さんは ぶはっと吹き出した。注射したくてしたくて震えてんのか。と笑いながら言われた。分かって言ってるだろアンタ。逆だ逆。


「ほら嬢チャン、腕出して」
「ひっ」
「ひっじゃない。痛くしねーよ?俺注射上手いから」
「ほんとですか…?」
「おう、任せろ」
「…じゃあ。優しくお願いします」
「…お、おう」


二の腕まで服を捲り、ぎゅっと目をつむっていたら「おーい力抜けー」と二の腕を抓られた。その痛みに軽く睨んだら、無邪気に坂田さんは笑った。そして、ここらへん見とけ、と 自分のくだびれた白衣の胸ポケットに入っている犬のキーホルダー付きの可愛らしいシャープペンを指差した。犬のキーホルダーが本当に可愛くて、それをまじまじ見つめていたら、あっという間に注射は終わった。


「痛くなかったろ」
「…へい」
「へいって何だよ。ガーゼ貼るからもうちょい待ってな。あ、注射したとこ、あんまいじったりすんなよ。詳しくはこの紙見とけ」
「へい」


あれ、注射した傷口が見えねェどこ?とか慌てながらもガーゼを貼り終え、こんなイケメンが居るなら またこの病院に来よう。と決心して立ち上がった私と同時に、坂田さんも立ち上がった。背が高くて見上げる。スタイルも良いのか。鍛えられた胸板に思わず目が行った。


「嬢チャン今年受験?」
「?はい」
「そか、がんばれよ」


受験終わるまでは、病気になんなよ。受験終わったらまた来い。と坂田さんは胸ポケットのシャープペンから 犬のキーホルダーだけを取り外し私の頭を撫でた。どきどきした。また顔が赤くなり下を向いていると、おでこにコツンと何かをぶつけられた。


「これ貸してやるから、受験終わったらまた返しに来いよ」


犬のキーホルダーをプラプラ揺らしながら私の手の平に落とし、坂田さんは じゃあな と、真っ赤な顔の私を残して、診察室の奥へ姿を消した。

これが、私と銀時の 出会いである。







20121213





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テーマ「人外ファンタジー」
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